*犬神家の末裔 第30回
「実はね、具体的な証拠もいくつかあるんですよ」
「証拠があるんですか」
「そうです。まず犬神佐兵衛の長女の名前は松子、谷崎夫人の名前も松子。って、これは少しこじつけっぽいかな。あと、犬神家の一族では琴が重要な役割を果たしますが、細雪でも琴が効果的に使われています」
早百合は、『細雪』を思い返しながら頷いた。
確かに、次女の幸子は琴を嗜んでいた。
「そして、なんと言っても菊畑。犬神家の一族の中に、犬神佐武の首が置かれる菊人形の場面があるでしょう」
「ありますね」
映画では、地井武夫を模した見るからに造り物っぽい首が、ごとんと菊人形の上から転げ落ちるのだ。
「あれって、歌舞伎の鬼一法眼三略巻三段目菊畑の場面をあしらったものなんですが、雪子が結婚相手の御牧たちと行った歌舞伎座でかかっているのも菊畑なんですよ」
「えっ、それは気づかなかった」
「でしょう。細雪ではさらっと書いてあるだけですからね。ここで菊畑を演じているのが、六代目の尾上菊五郎。細雪の姉妹たちは、音羽屋がひいきなんですよ。まあ、谷崎自身、六代目を意識していた節もあるので、それこそ楽屋落ち的な意味合いもあったのかもしれませんが」
経康が活き活きとした表情をしている。
「そして、犬神家の一族の斧、琴、菊」
「犬神佐兵衛の全遺産を象徴する、三種の神器ですよね」
「そうです。で、その斧琴菊、よきこときくというのは、音羽屋の役者文様ですからね、これはもう決まりじゃないかと僕は思うんです」
「すごい」
思わず早百合は拍手をしてしまった。
「まあ、あくまでも僕の推理です。それに、万一犬神家の一族に細雪の影響があったとしても、トリビアルなことに違いはないわけで」
「そんな、すごいですよ。私、両方とも読んでたけど、全然気がつかなかったもの。市川崑さんだって気づいてなかったんじゃないですか」
「市川監督は、犬神家のあとに細雪を撮ってますからね」
「経康さん、やっぱりすごいですよ」
「いやあ、早百合さんに誉められると、照れちゃいますね」
経康は、絹のハンカチで眼鏡を拭き始めた。
2016年05月01日
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