*犬神家の末裔 第8回
点滴で投与されている薬剤もあってか、母は小さい呼吸を繰り返しながら眠っていた。
和俊の話では、少なくとも一週間から二週間は安静状態で様子を見た上で、その後改めて精密検査を行い、腎臓の治療に入るとのことだった。
二年ぶりに目にした母の顔は、ますます小さくなっていた。
夏目のことに、作家として早百合がデビューしたことも加わって、早百合と母との間には一層深い溝ができていた。
あんたこれからどうするの、そんなんでちゃんと生きていけるの、世間様に恥ずかしい生き方だけはせんといてな。
という母の言葉に、早百合は反発した。
なんにもわからんくせに、えらそうなこと言わんで。
そう言って電話を切ったことも度々だったし、携帯電話を持つようになってからは、母の着信番号を目にすると無視を決め込むようにもなった。
だが、こうやって静かに眠り続ける母の姿を目にしたとき、早百合は頑なだったのは、母よりも自分のほうではなかったかと反省するのだった。
父が亡くなったあと、小枝子をはじめとした親類縁者や友人知己の助けを借りつつも、最悪の事態を避ける形で戌神家の事業の一切を整理したのは母だった。
プロの作家となったばかりの早百合は、戌神家と自分とを重ね合わせられたくないために、全てを母に任せたきり我関せずを通した。
そういえば、ちょうどその頃だった。
お義母さんが羨ましい。
と、何かの拍子に母がこぼしたのは。
祖母は、祖父が亡くなったちょうど二年後、日課の墓参りに出かけたまま還らぬ人となった。
祖母は祖父の墓前で心臓発作のため亡くなっていたのだ。
母には、父のあとを追うことなどできるはずがなかった。
あのときは、母の言葉を冷ややかに受け止めていた早百合だったが、今となって母の想いが強く深く伝わってくる。
涙が零れそうになった早百合は、ごめんなさいと呟くと母を残して部屋をあとにした。
2016年04月11日
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