2024年03月27日

今日聴いた音楽から@(2024/3/27)

 ガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したブラームスの交響曲第1番<WARENER>を聴く。
 1996年11月8日、カールスルーエ州立劇場でのライヴ録音とクレジットされている。
 このところずっと聴いてきたベルティーニとシュトゥットガルト放送交響楽団の録音もこれで最後だ。
 ここでも、ベルティーニはしまりのよい音楽を聴かせる。
 速いテンポで重さを感じさせないブラームス。
 第2楽章では過度にならない抒情性が美しい。
 そして、終楽章のコーダでは大いに盛り上げる。
 ベルティーニという指揮者の音楽づくりの巧さが感じられた。
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2024年03月26日

今日聴いた音楽から(2024/3/26)

 ガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したベルリオーズの幻想交響曲<SWR>を聴く。
 1978年4月14日、シュトゥットガルトのリーダーハレでのライヴ録音とクレジットされている。
 一連の録音の中ではもっとも古いものの一つだが、オーケストラをよくコントロールして音楽のつくりを明確に示すという点ではその他の演奏と共通している。
 幻想交響曲が当時としては画期的な内容であるとともに、ベートーヴェンから多大な影響を受けていたことを改めて感じる演奏である。
 それに加えて、ベルティーニが音のドラマづくりの名手であることもよくわかる。
 第1楽章の募った感情が爆発する様や第2楽章の華々しさと悲劇の予感、第4楽章以降の圧倒的な迫力。
 ただ、中でも印象に残ったのは、第3楽章の寂寞感であり第4楽章の予告ともなるティンパニの一閃だった。
 会場の音響特性に経年劣化もあってか、音がもやつくのが少々残念。
 できれば、よりクリアな音質で聴きたい。
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変化を怖れないようにしないと(CLACLA日記)

 昨夜から朝にかけて激しい雨。
 雷鳴も轟く。
 ようやく小降りにはなったが、どんよりとしたお天気が一日中続く。

 じめじめとじめ寒い。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 気圧と湿度と花粉のトリプルパンチ!!!
 こんなに雨が降っているにもかかわらず、くしゃみを連発する。
 偏頭痛と強い耳鳴りも続く。
 胃痛腹痛も続く。


 戦争反対!
 火事場泥棒にも反対!
 改憲にも反対!

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、23時50分過ぎに寝床に就く。

 激しい雨に5時頃目が醒め、そのままうつらうつらしながら考えごとをする。

 6時台に起きて、amazon music unlimitedでアルド・チッコリーニが弾いたセヴラックのピアノ集を聴いたりしながら準備をすませたあと、ジャン・フルネ指揮東京都交響楽団が演奏したモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』序曲を聴き、8時19分に外出する。


 で、夕方まで仕事に勤しみ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
 それは当然そうなるだろうと感じることあり。


 夕飯後、amazon music unlimitedでフィリップ・アントルモンが弾いたムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』、ラヴェルの道化師の朝の歌と亡き王女のためのパヴァーヌを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、山尾悠子の『迷宮遊覧飛行』<国書刊行会>を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したベルリオーズの幻想交響曲を聴き、メゾソプラノのクリスタ・ルートヴィヒがピアノのジェフリー・パーソンズ他の伴奏で歌ったブラームス、シューベルト、ラヴェル、サン・サーンス、ラフマニノフの歌曲集を聴いたりしながら仕事関係の作業を進める。


 今日も、仕事先でいただいたお菓子を食す。
 実に実に美味しうございました。
 ごちそうさま!


 変化を怖れないようにしないと。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2024年03月25日

今日聴いた音楽から(2024/3/25)

 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したウェーバーの歌劇『魔弾の射手』序曲と歌劇『オベロン』序曲<WARENER>を聴く。
 いずれも1960年の録音。
 『魔弾の射手』はドイツ民話を、『オベロン』はヴィーラントの詩にシェイクスピアの『夏の夜の夢』と『テンペスト』を織り込んだものを題材にしたオペラで、ロマンティックでメルヘンティックな音楽を多分に含んでいる。
 そして、その旋律を巧みに繋ぎ合わせて人気が高いのが、この二つの序曲だ。
 ただし、一つ間違うと軽々しく安い音楽に聴こえてしまう危険性を秘めていることも残念ながら事実である。
 しかし、クレンペラーであればそのような心配は無用だった。
 しかも、1960年のクレンペラーはまだまだ若い。
 例えば、『オベロン』はその物語からもメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』に与えた影響が色濃くうかがえるが、重心は腰から下にあるごとくしっかりとして構えも大きいものながら、弦楽器の歯切れのよさに比較的速いテンポのクレンペラーの音楽づくりだと、ウェーバーの二つの序曲がまるでワーグナーの初期の作品かのように立派に聴こえてくる。
 事実、ワーグナーの一家はウェーバーと親交があり、ワーグナー自身、ウェーバーから多大な影響を受けていた。
 フィルハーモニア管弦楽団もクレンペラーによくそって間然としない音楽を生み出している。
 聴き応え十分だ。
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まだまだ知らないことだらけ(CLACLA日記)

 朝から雨降り。
 どんよりとしたお天気が今日も続く。
 明日もまた雨らしい。

 じめじめとして快ならず。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 気圧と湿度のダブルパンチ!!
 偏頭痛と強い耳鳴りが続く。


 戦争反対!
 火事場泥棒にも反対!
 改憲にも反対!

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、23時40分過ぎに寝床に就く。


 7時に起きて、amazon music unlimitedでアルド・チッコリーニが弾いたロッシーニの老いの過ちを聴いたりしながら準備をすませたあと、ジェイムズ・ジャッド指揮ニュージーランド交響楽団が演奏したエルガーの威風堂々第1番を聴き、8時18分に外出する。


 で、夕方まで仕事に勤しみ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
 面倒な案件に当たって、骨が折れる。
 月曜から疲れてしまった。


 途中夕飯を挟み、YouTubeの東映時代劇公式アカウントで『遠山の金さん2』第21話の拾い観をする。
 メインのゲストは、ピンキー今陽子。
 ほかに、須賀不二男、山本豊三、原田潤らが出演していた。
 原田潤は当時人気のあった子役である。
 水谷豊主演の『熱中時代』のテーマ曲を歌っていたのも彼だ。


 夕飯後、amazon music unlimitedでヨハネス・クルンプ指揮ハイデルベルク交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第22番「哲学者」と第23番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、山尾悠子の『迷宮遊覧飛行』<国書刊行会>を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したウェーバーの歌劇『魔弾の射手』序曲と歌劇『オベロン』序曲を聴き、クラリネットのピエール・ジェニソンとカルテット212が演奏したモーツァルトのクラリネット5重奏曲とウェーバーのクラリネット5重奏曲、レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィル他が演奏したバーンスタイン自身の交響曲第2番「不安の時代」を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりし、花岡千春が弾いたドビュッシーの亜麻色の髪の乙女と月の光を聴く。


 今日は、仕事先でいただいたお菓子を食す。
 実に実に美味しうございました。
 ごちそうさま!


 まだまだ知らないことだらけ。
 いろいろと教えてもらえて本当にありがたく、本当にうれしい。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月24日

今日聴いた音楽から(2024/3/24)

 ガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したブラームスの交響曲第3番<SWR>を聴く。
 シュトゥットガルト・リーダーハレでの1985年1月25日のライヴ録音。
 この曲は少し前にグイド・カンテッリ指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏を聴いたばかりだが、あちらが言いたいことがあり過ぎて、どうしても口ごもってしまう、といった風な演奏だとすれば、こちらは言いたいことは言うべきときに言うといった感じ。
 ここでもベルティーニはシャープな音楽づくり。
 音の歯切れがよくて、テンポも速めで、全く粘った感じがしない。
 カンテッリでも記したこの曲の音楽のつくりがよくわかることがもちろんだが、それに加えて、そうした音楽のつくりが結果としてどのような音のドラマを生み出すかもはっきりと聴かせてくれる。
 第1楽章の後半、感情が爆発する部分での迫力や、終楽章での運命そっくりのテーマが鳴り響いたあとの追い込みなどベルティーニの劇場感覚がよく発揮されている。
 一方で、第2楽章や有名な第3楽章では決然として前進するといった意志がうかがえ、終楽章の終結部でも明るいというか、希望の見える終わり方をしていた。
 実演を聴けば感嘆しただろうし、こうした録音媒体であれば繰り返し触れたくなるような演奏である。
 録音も見通しがよい。
posted by figarok492na at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

また雨降り(CLACLA日記)

 また雨降り。
 どんよりとしたお天気が続く。

 気温は上がるも、じめじめとして快ならず。
 しかも、花粉は飛んでいる。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 気圧と湿度と花粉のトリプルパンチ!!!
 偏頭痛と耳鳴りもひどし。
 やんなっちゃうなあ、もう。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団が演奏したモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』序曲を聴き、アリシア・デ・ラローチャが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」と第16番、ディミトリ・ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルが演奏したスカルコッタスの4つのギリシャ舞曲、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたのち、3時過ぎに寝床に就く。


 9時過ぎに起きる。

 午前中から午後にかけて、amazon music unlimitedでマウリツィオ・ポリーニが弾いたシェーンベルクのピアノ曲作品33のaとb、ウェーベルンのピアノのための変奏曲を聴き、エミール・グリューステンが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」、テノールのピョートル・ベチャワがマルコ・ボエミ指揮バレンシア自治州管弦楽団の伴奏で歌ったイタリア・オペラ・アリア集を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、山尾悠子の『迷宮遊覧飛行』<河出書房新社>を読み進めたりする。


 12時台に外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、CDでアンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルが演奏したリヒャルト・シュトラウスの歌劇『カプリッチョ』から序奏と月の光の音楽、楽劇『ばらの騎士』組曲、amazon music unlimitedでポリーニが弾いたドビュッシーの前奏曲集第2巻と『白と黒で』(子息でピアノのダニエレ・ポリーニの共演)を聴き、ポリーニ指揮ヨーロッパ室内管弦楽団他が演奏したロッシーニの歌劇『湖上の美人』を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりする。


 途中夕飯を挟み、ABCラジオの『サニー・フランシスのマサララジオ』を聴く。
 今日は「よなすい」の特番があるため、1時間の短縮バージョン。


 夕飯後、amazon music unlimitedでナチュラル・トランペットのクリスピアン・スティール=パーキンスとターフェルムジークが演奏したヘンデルのオラトリオ『ユダス・マカベウス』から「見よ、勇者は還る」と歌劇『アタランタ』序曲を聴き、ベンジャミン・ホックマンがイギリス室内管弦楽団を弾き振りしたモーツァルトのピアノ協奏曲第17番と第24番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したブラームス:交響曲第3番を聴き、レナード・スラットキン指揮セントルイス交響楽団が演奏したプロコフィエフのバレエ音楽『シンデレラ』組曲を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりし、ポリーニが弾いたシェーンベルクの6つのピアノ小品と5つのピアノ曲を聴き、MBSラジオのヤンタン日曜日を聴いたりしながら雑件を片付ける。


 今日も、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マウリツィオ・ポリーニを偲んで

 昨日、マウリツィオ・ポリーニが亡くなった。82歳。
 1942年にイタリアのミラノで生まれ、ヴェルディ音楽院で音楽を学び、僅か18歳のときにショパン国際ピアノ・コンクールで優勝して一大センセーションを巻き起こしたが、その後しばらくは世界的な音楽活動を自粛し、1968年になってようやく復帰。
 その後は、コンサート・レコーディングの双方で大活躍し、昨年10月末まで演奏を続けていた。
 そうそう、ポリーニといえば盟友クラウディオ・アバド同様、かつてイタリア共産党員であったという情報も伝わっていて、だからばりばりの活動家であるノーノの作品を積極的に取り上げるのかと腑に落ちたものだ。
 僕がクラシック音楽を聴き始めた1980年代半ばは、ホロヴィッツやリヒテルがまだ存命だったとはいえ、勢いという意味ではポリーニとマルタ・アルゲリッチがピアニストの頂点に立っていた。
 実際、ドイツ・グラモフォン・レーベルのピアニストの二大看板もこの二人だった。
 先日亡くなった同年生まれの寺田農や山本陽子と同じく、自分自身がちょうど芸術芸能に慣れ親しみ始めた頃に輝かしい存在であった人だけに、ポリーニの死は本当に残念でならない。

 などと書きながら、実は僕は彼のあまり良い聴き手ではなかった。
 そうする機会が皆無でなかったにもかかわらず、結局ポリーニの実演に接したことはなかったし、今手元に一枚も彼のCDを持っていない。
 ずいぶん昔、名盤として有名なショパンの練習曲集を買いはしたが、LP時代にサンソン・フランソワの歌い崩したショパンにどっぷりつかった人間には、ポリーニのショパンは辛口硬派に過ぎた。
 しかも、そもそもオーケストラ音楽が好きだった上に、JEUGIA四条店のクラシック音楽担当になって他のジャンルに手を伸ばしだしたときも、フォルテピアノにはまってモダン楽器のピアノを聴く機会はそれほど増えなかった。
 加えて、ちょうど30年前のケルン滞在中、同地に暮らすピアニストとギタリストの日本人夫妻と会食した際、「録音はもちろんのこと、来日公演でもポリーニはミスしないように気をつかっている。こっちで実演を聴いておいたほうがいい」という言葉をいただいたのも大きかった。
 それで、ポリーニを積極的に聴く機会はこれまでほとんどなかったと言っていい。
 返す返すも実演に接することができなかったことを悔やむ。

 けれど、今となってはポリーニを偲ぶには録音に触れるしかない。
 協奏曲をひとまず置くと、ポリーニの録音上のレパートリーはバッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、リスト、シューベルト、シューマン、それからシェーンベルクやベルク、ウェーベルンらを含む20世紀に作曲された作品あたりに限られるのではないか。
 一つには、上述したアルゲリッチとの兼ね合いもあったかもしれないが、やはりポリーニ自身の好み、強い意志の反映であることも確かだろう。
 レーベルでは、初期のEMI以外では、正規のリリースはほとんどドイツ・グラモフォン。
 ただ、ペーザロのロッシーニ音楽祭でロッシーニの歌劇『湖上の美人』という超マイナーなオペラを指揮したことがあって、そのライヴ録音*がCBS(現SONY)からリリースされたことがあった。
 今、それをながら聴きしている。

 午前中、シェーンベルクのピアノ曲作品33のaとb、ウェーベルンのピアノのための変奏曲を聴き、今さっきシューベルトのアレグレット、シューマンのアラベスク、そしてドビュッシーの前奏曲集第2巻と『白と黒で』<いずれもDG>を聴いた。
 ドビュッシーの前奏曲集第2巻は、2016年の録音。
 第1巻他が録音されたのは1998年なので、約20年後の録音ということになる。
 74歳だからポリーニにとっては晩年の演奏だが、若い頃に比べれば当然技術的な面で多少の変化は否めないものの、それでも高いテクニックを維持している。
 ドビュッシーというと、印象派云々という言葉が付き物だけれど、ポリーニの演奏だと、単なる気分頼みではなく、音の組み合わせによる音色の変化であるとか、リズム進行であるとか、そうした印象を与えるプロセスが的確に把握され、結果明快に示されている。
 それとともに、この前奏曲集第2巻では、第5曲の「ヒース」のように耳なじみのよい音楽はありつつも、ポリーニが得意とした同時代、「現代音楽」の先駆者としてドビュッシーが位置づけられるべきであることも改めて教えられる。
 それでいて、これはアラベスクにも通じるが、音楽の持つ情感、美しさが退けられるわけではない。
 非常に聴きがいのある演奏だ。
 なお、ピアノ2重奏のための『白と黒で』は、子息のダニエレ・ポリーニとの共演。
 第一次世界大戦中に作曲されたこの作品の時局性について、前奏曲集第2巻でのイギリス国歌やラ・マルセイエーズの引用とも絡めて、NHK・FMの『クラシックの迷宮』で片山杜秀が語っていたはずである。
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2024年03月23日

今日聴いた音楽からA(2024/3/23)

 ヘルシンキ・フィルと昨シーズンで首席指揮者を退任したスザンナ・マルッキが録音した、シベリウスの管弦楽曲集<BIS>を聴いたが、これは掛け値なしに素晴らしかった。
 収録されているのは、カレリア組曲、組曲『恋人』、レンミンカイネン組曲の3曲。
 マルッキは、アンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督をつとめていたことからでもわかるように、現代音楽「も」得意とする楽曲把握とアンサンブルのコントロールに秀でた指揮者で、このアルバムではそうした彼女の特性がよく示されている。
 とともに、長年シベリウスと向き合い続けてきた自信や自負も含むヘルシンキ・フィルの蓄積も十分に発揮されていた。
 お国物であるとか伝統であるといった言葉を軽々に使うのには躊躇するし、同じフィンランド人といえど、シベリウスの生きた時代と現代とでは様々な点で大きく異なっている。
 それどころか、今時、ヘルシンキ・フィルだろうがどこだろうが、世界のメジャー・オーケストラの大半は多様な国籍の人々によって構成されている。
 けれど、個々のオーケストラが積み上げてきた経験をもとにした解釈や演奏方法の蓄積は、たとえ世代が変わろうと一朝一夕に失われるものでもあるまい。
 このアルバムでは、はまるべきものがしっかりはまったというか、マルッキとヘルシンキ・フィルの擦り合わせがとてもバランスよく成立している。
 強弱の均整のとれたカレリア組曲や弦楽器による抒情性に満ちた恋人を聴いた段階ですでに理解していたことだが、メインのレミンカイネン組曲を聴いてそれは大きな感嘆に変わった。
 第1曲「レンミンカイネンと島の乙女たち」での管楽器の掛け合いとわくわくするような感じ、有名な第2曲「トゥオネラの白鳥」の静謐な美しさ、第3曲「トゥオネラのレンミンカイネン」での強弱の振幅の大きさとみゅわみゅわとする弦楽器の切迫感、終曲「レンミンカイネンの帰郷」の前へ前へとのめっても崩れることのないアンサンブル。
 民族叙事詩『カレワラ』をもとにしたこの曲の持つ物語性と劇性が的確に捉えられるばかりでなく、シベリウスが国民楽派、ロマン主義の枠に留まらない音楽の書き手であることも明示されている。
 知情意揃った演奏で、多くの方に大いにお薦めしたい。
 録音も非常にクリアだ。

 それにしても、マルッキは僕と同じ1969年の生まれ。
 今月13日が誕生日なのですでに55歳、日本でいうと学年が一つ上になるが。
 彼女と我のあまりの違いに愕然となる。
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寺田農が亡くなった(CLACLA日記)

 雨降り。
 どんよりとした感じの一日。

 じめじめとじめ寒い。
 その分、花粉の飛散は少なし。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 気圧と湿度のダブルパンチ!!
 花粉症の出が少ないのはいいとして、偏頭痛と耳鳴りが続くのはきびしい。
 身体も重たし。


 若い頃はそうでもなかったのに、年を重ねてから好きになった役者さんがいる。
 14日に81歳で亡くなった寺田農もその一人だ。
 画家の寺田政明の長男として東京に生まれ、文学座の研究所に一期生として入る。
 演劇活動の傍ら、映像の世界でも活動を始め、岡本喜八監督の『肉弾』の主役に抜擢されたことで一躍注目を浴びる。
 岡本監督や相米慎二監督もそうだが、ことに実相寺昭雄監督との関係が深く、その縁で特撮ドラマやAVに出演したり、自らAVの監督をつとめたり、クラシック音楽の演奏会でナレーターをつとめたりもした。
 渋くて通りのよい声の持ち主で、ナレーションをはじめ、洋画の吹き替えなども行い、特に『天空の城ラピュタ』のムスカ役で有名。
 ただし、宮崎駿監督と衝突した結果、長年映画自体目にしたことがなかったことは、最近では巷間にも伝わるエピソードだ。
 また新劇の枠内に留まることに飽き足らず、親友の先代古今亭志ん朝の後押しもあって三木のり平の付き人を経験してもいる。
 善悪両方達者だったが、中でもその二つの要素が絡み合った複雑な役回りがもっともぴったりだった。
 寺田さんがいる限り、岸田森や草野大悟(研究所の同期)も生きている気がしていた、それが寺田さんが亡くなったことでほかの二人も一気に消えてしまったとXでどなたかが書いているのを目にした。
 まさしくその通りだ。
 まだまだ寺田さんの演技を目にすることができると思っていたのだが。
 残念でならない。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでエンシェント・コンソート・プラハが演奏した弦楽4重奏版のベートーヴェンの歌劇『フィデリオ』序曲とバレエ音楽『プロメテウスの創造物』序曲、ゲルト・アルブレヒト指揮読売日本交響楽団が演奏した同じ曲とブラームスの大学祝典序曲を聴き、ローランド・クルティヒ指揮カンマーアンサンブル・ノイエ・ムジーク・ベルリンが演奏したモートン・フェルドマンのサミュエル・ベケットのためにを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたのち、3時少し前に寝床に就く。


 9時過ぎに起きる。

 午前中から午後にかけて、CDでクリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック他が演奏したテレマンの2重・3重の協奏曲集、amazon music unlimitedでジェイムズ・レヴァイン指揮ベルリン・フィルが演奏したシベリウスの交響曲第4番と第5番、ジュゼッペ・シノーポリ指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したブルックナーの交響曲第3番、ヨハネス・クルンプ指揮ハイデルベルク交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第16番、第72番、第12番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、山尾悠子の『迷宮遊覧飛行』<河出書房新社>を読み進めたりする。


 14時台に外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、amazon music unlimitedでガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したベートーヴェン:交響曲第7番とシューベルトの交響曲第7番「未完成」を聴き、ソプラノのサラ・ヴェゲナーがゲッツ・ペイヤーのピアノ伴奏で歌ったリヒャルト・シュトラウスの歌曲集、クルンプ指揮ハイデルベルク交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第13番と第21番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、過去の作品に関する作業を行ったり、『迷宮遊覧飛行』を読み始めたりする。


 夕飯後、NHK・FMの『クラシックの迷宮』を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりする。
 『クラシックの迷宮』は、「リスナー大感謝祭〜片山杜秀がリクエストに応える!〜」。
 そこはこの番組のリスナーの皆さん、一筋縄ではいかぬ選曲ぶりが面白い。

 入浴後、amazon music unlimitedでスザンナ・マルッキ指揮ヘルシンキ・フィルが演奏したシベリウスのカレリア組曲、組曲『恋人』、レンミンカイネン組曲を聴き、ヴァインベルク・トリオが演奏したヴァインベルクのピアノ3重奏曲、タンスマンのピアノ3重奏曲、アンジェイ・チャイコフスキーのトリオ・ノットゥルノを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりする。


 今日も、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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今日聴いた音楽から@(2024/3/23)

 ガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第7番とシューベルトの交響曲第7番「未完成」<SWR>を聴いた。
 ベートーヴェンは1995年4月13日、オーケストラの本拠地シュトゥットガルトのリーダーハレでの、シューベルトは1996年11月8日、カールスルーエ州立劇場での、それぞれライヴ録音だ。
 ここでもベルティーニはフォルムがはっきりして流れのよい音楽を生み出している。
 ベートーヴェンの第7番といえば、ワーグナーの「舞踏の聖化」という言葉もあるようにリズムが肝の作品だが、当然ベルティーニも躍動性があって前に進む感じを明確に表す。
 『のだめカンタービレ』でおなじみになった第1楽章は、音楽が進むうちにどんどん熱量も高まっていく。
 終楽章も同様。
 それでいて、音楽は崩れない。
 第2楽章は第3番「英雄」の同じ楽章と同様、ゆっくりとした歩みで暗鬱とした表情を醸し出す指揮者も少なくないが、ベルティーニは速めのテンポを保つ。
 それによって、ベートーヴェンという作曲家がすでにロマン派へと足を踏み入れていたこと、ベートーヴェンのロマン派的感情が伝わってきた。
 第3楽章では、トリオの部分の雲がもこもこと拡がっていくような感じが印象深い。

 未完成交響曲も粘ることなく、速いテンポで音楽が進む。
 表現は甘くないが、といって冷血でも冷淡でもない。
 シューベルトの音楽の持つ歌謡性や感傷性が裂け出てきて、強く魅了された。
 ベートーヴェンでは若干もやついていたが、こちらはクリアな音質で、ベルティーニの解釈によくあっている。
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2024年03月22日

今日聴いた音楽からA(2024/3/22)

 フランス音楽を続ける。
 今度は、シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団が演奏したドビュッシーの牧神の午後への前奏曲、ラヴェルのスペイン狂詩曲、ボレロ、ラ・ヴァルス<RCA>を聴いた。
 ラ・ヴァルスのみ1955年12月の録音で、残りの3曲は1956年1月の録音。
 ドビュッシーは置くとして、ラヴェルはエネルギッシュでパワフルな演奏、が、裏返せば力任せでとっちらかった演奏ということにもなる。
 まずもってテンポが速い。
 そして、強い部分ではこれでもかと音が強く鳴らされる。
 スペイン狂詩曲では、その歯切れのよさ、強弱のはっきりとした演奏がスペイン風情を思い起こさせもした。
 ボレロは、冒頭から太鼓がしっかりと鳴り、予想の通りどんどんボルテージが上がっていく。
 途中までは、ぐいぐい進むミュンシュの行き方に引っ張られていたのだが、トランペットがなんとも安っぽい雄叫びを上げるにいたって、いやいやちょっと待ちいなと醒めてしまった。
 それでもミュンシュは懲りずにラ・ヴァルスも飛ばす。
 そして、案の定、ここでも安っぽい金管の響き。
 なんともげんなりしてしまった。
 そうそう、今から70年近く前のステレオ録音だが、その分離のよさ、鮮明さには驚いた。
 吉田秀和の『世界の指揮者』<ちくま文庫>を読むと、来日時にミュンシュとボストン交響楽団が聴かせたベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の分離のはっきりした演奏への苛立ちを吉田さんが事あるごとに記しているので、録音に加えてミュンシュの音楽性もあるのかもしれないが。
 いずれにしても、この音質でカンテッリとフィルハーモニア管弦楽団の演奏を聴いてみたかった。
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今日はあちこち回った(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空が見えた一日。

 気温はまだ低い。
 日中は陽光のおかげで、少ししのげたが。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 まだ花粉症の出は少ない。
 偏頭痛と耳鳴りは続く。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでヴァイオリンのジョシュア・ベルとチェロのスティーヴン・イッサーリス、アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズが演奏したブラームスのヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲、ベル、イッサーリスとピアノのジェレミー・デンクが演奏したブラームスのピアノ3重奏曲第1番、エミール・グリューステンが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第28番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたのち、3時20分過ぎに寝床に就く。

 寝る前に、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読了する。
 ああ、面白かった!!!


 8時台に起きて、近くのコインランドリーで洗濯をすませる。
 その間、amazon music unlimitedでラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したウェーバーの歌劇『アブ・ハッサン』序曲と祝典序曲『歓呼』、ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団他が演奏したブリテン自身の編曲によるイギリス国歌『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』を聴く。

 その後、午前中から午後にかけて、ABCラジオの『きっちり!まったり!桂吉弥です』を聴きながら朝昼兼用の食事をすませ、amazon music unlimitedでヴァイオリンのダニエル・ドッズ&ルツェルン祝祭弦楽合奏団が演奏したモーツァルトの行進曲ニ長調K.249とセレナード第7番「ハフナー」、リギーニの歌劇『救われたエルサレム』によるヴァイオリンと管弦楽のためのアルモニア・コン・カプリッチョ、小林研一郎指揮チェコ・フィルが演奏したチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」と小林自身のパッサカリアを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 13時台に外出して仕事関係の予定をすませたのち、下京図書館へ。
 借りていた本を返却し、予約しておいた山尾悠子の『迷宮遊覧飛行』<国書刊行会>と安堂ホセの『ジャクソンひとり』<河出書房新社>を新たに借りる。
 そのまま、京都駅近くのヨドバシカメラ・マルチメディア京都に行って、USBメモリやシェーバーの替刃、ボールペンを買ったりする。
 で、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、amazon music unlimitedでグイド・カンテッリ指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したドビュッシーの交響詩『海』を聴き、沼尻竜典指揮トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズが演奏したベートーヴェンの交響曲第1番、ゲルト・アルブレヒト指揮読売日本交響楽団が演奏したブラームスの交響曲第2番と第3番、ウラディーミル・アシュケナージさん指揮シドニー交響楽団が演奏したプロコフィエフの交響曲第1番「古典」と第7番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、過去の作品に関する作業を行ったり、『迷宮遊覧飛行』を読み始めたりする。


 夕飯後、amazon music unlimitedでエンシェント・コンソート・プラハが演奏した弦楽5重奏版のベートーヴェンの交響曲第5番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでシャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団が演奏したドビュッシーの牧神の午後への前奏曲、ラヴェルのスペイン狂詩曲、ボレロ、ラ・ヴァルスを聴き、アシュケナージさん指揮シドニー交響楽団が演奏したプロコフィエフの交響曲第5番、ニコライ・アレクセーエフ指揮アーネム・フィルが演奏したショスタコーヴィチの交響曲第5番と室内交響曲作品110aを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『迷宮遊覧飛行』を読み進めたりする。


 今日も、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日明後日とお天気が崩れるらしいので、今日はあちこち回った。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日聴いた音楽から@(2024/3/22)

 グイド・カンテッリ指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したドビュッシーの交響詩『海』<WARENER>を聴いた。
 1954年9月のモノラル録音。
 あまりにも陳腐な言葉だが、それこそ波が押し寄せたり引いたりするようなこの作品の持つ躍動性、リズムとともに、そのリズムと強弱の変化が分かち難いものであることも的確に捉えられた演奏だ。
 フィルハーモニア管弦楽団の機能性の高さは改めて言うまでもないだろう。
 良質のステレオ録音だったらと思わずにはいられない。
posted by figarok492na at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月21日

今日聴いた音楽から(2024/3/21)

 ガリー・ベルティーニとシュトゥットガルト放送交響楽団のアルバム<SWR>から、ハイドンの交響曲第53番「帝国」と第95番、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』第1幕への前奏曲と愛の死を聴いた。
 ハイドンの第53番は1985年1月25日、第95番は1983年2月3日のそれぞれシュトゥットガルト・リーダーハレでのライヴ録音、ワーグナーのほうは1996年11月28日の東京芸術劇場でのライヴ録音と表記されている。

 昨夜聴いたモーツァルト同様、ハイドンはインテンポを保ってきっちりと角を押さえたような演奏。
 最近のピリオド奏法に慣れた耳からすると若干物足りなさも感じないではないが、作品の構造をよく見据えた的確な解釈ではある。
 特に、ロンドンの多数の公衆のために書かれた第95番には、聴き手を飽きさせないための手数の多さや音楽的な構えの大きさがよくわかった。

 一方、『トリスタンとイゾルデ』の前奏曲と愛の死は、冒頭から濃密な音楽。
 もちろん見通しのよさは失わないが、ハイドンに比して流れが柔軟で、音楽が進むにつれて感情のうねりが増していく。
 そして、終結部の静謐な美しさが強く印象に残る。
 今から30年近く前、東京でこんなコンサートが行われていたとは。
posted by figarok492na at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

謙虚にあらねば(CLACLA日記)

 青空は見えるも、どんよりとした感じも強い。
 昨夜遅くか、明け方か、雪も降っていたようだ。
 近所の屋根にうっすらと積もっていた。

 気温は上がらず、寒さが強い。
 それでも、花粉は飛んでいた。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 花粉症に寒暖差。
 偏頭痛と強い耳鳴りが今日も続く。
 うんざり。


 戦争反対!
 火事場泥棒にも反対!
 改憲にも反対!

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、ばたばたしていて日付変わってから寝床に就く。


 6時台に起きて、amazon music unlimitedでレナード・スラットキン指揮セントルイス交響楽団が演奏したマーチ集を聴いたりしながら準備をすませたあと、8時20分に外出する。


 で、夕方まで仕事に勤しみ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 途中夕飯を挟み、YouTubeの東映時代劇公式アカウントで『天を斬る』第18話の拾い観をする。
 若き日の鷲尾真知子がメインのゲストだった。


 夕飯後、amazon music unlimitedでコダーイ・カルテットが演奏したベートーヴェンの大フーガを聴き、ソプラノのカリーヌ・ティニーとアンサンブル・フォイエルフォ-ゲル他が演奏した『女王の仮面』を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、過去の作品に関する作業を行ったり、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第53番「帝国」と第95番、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』第1幕への前奏曲と愛の死を聴き、ラファエル・クーベリック指揮ウィーン・フィルが演奏したシューベルトの交響曲第3番と第4番「悲劇的」を聴いたりしながら仕事関係の作業を進める。


 今日も、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 謙虚にあらねば。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月20日

今日聴いた音楽からA(2024/3/20)

 度々来日して東京都交響楽団やNHK交響楽団とよく共演していたガリー・ベルティーニだが、僕は彼の実演には二度しか接したことがない。
 いずれもケルンの放送交響楽団を指揮したコンサートで、一度目は1990年11月28日のフェスティバルホールでのマーラーの交響曲第5番。
 ただこのときは、ホールの上のほうに座ってオーケストラを眺めている情景は記憶しているものの、音楽についてほぼ覚えていない。
 しかし、二度目の1993年11月6日のケルン・フィルハーモニーでのコンサートのことは未だに忘れられない。
 前半がドビュッシーやラヴェル、後半のメインがチャイコフスキーの交響曲第5番というプログラムで、よくコントロールされて無駄な部分のない、それでいて音楽の頂点がはっきりとわかるドラマティックな内容だった。
 当時ケルン放送交響楽団のシェフだったハンス・フォンクがどこか緩い音楽づくりに終始していた上に、ベルティーニのコンサートの翌日、アルミン・ジョルダンとスイス・ロマンド管弦楽団とやって来て、前半と後半の違いはあれど、同じドビュッシーの海とラヴェルのラ・ヴァルスをほわんほわんした響きで聴かせたものだから、ますますベルティーニの指揮の締まり具合が強く印象に残ったのだ。
 そのベルティーニがシュトゥットガルトの放送交響楽団と遺したライヴを中心とする録音が、今年になってまとまってリリースされた。
 ここのところ、それをちょこちょこ聴いていたが。中ではワーグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』序曲の丹念で濃密な音楽に感心した。
 今夜は、その組み合わせでモーツァルトの交響曲第40番を聴いた。
 1996年12月1日の東京芸術劇場でのライヴ録音である。
 非常に速いテンポ、そしてよく引き締まったベルティーニらしい演奏だ。
 細部までよく考え抜かれているから、淡々と進んでも素っ気なさまでは感じない。
 実にクリアな音楽で、聴きやすい。
 この曲につきまとうロマンティックな感傷、というかデモーニッシュさは一切感じず、古典派の短調の交響曲のよくできた演奏を聴けたといった感想になるが。
 それはそれで悪くない。
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春分の日 激しく風が吹く(CLACLA日記)

 春分の日。


 晴天からどんよりとしたお天気へ。
 雨も降る。
 そして、激しく風が吹く。

 
 その代わり、花粉の飛散は少なかったが。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 気圧と湿度と花粉のトリプルパンチ!!
 花粉症の出が少ないのは助かるものの。
 偏頭痛と耳鳴りは続く。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでチェンバロのバンジャマン・アラールが弾いた『クープラン一族のクラヴサン音楽』、アリシア・デ・ラローチャとゲオルク・ショルティ指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第26番「戴冠式」を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読み進めたりしたのち、エリアフ・インバル指揮フランス国立管弦楽団が演奏したラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌを聴き、2時40分過ぎに寝床に就く。


 朝早くからいくつか予定をすませる。

 その後、午前中から午後にかけて、CDでデイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズが演奏したワーグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』序曲を聴き、ABCラジオの『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』、amazon music unlimitedでヨハネス・クルンプ指揮ハイデルベルク交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第107番、第11番、第32番、第15番、ラローチャが弾いたモーツァルトのロンドニ長調K.485、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも』を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読み進めたりする。


 午後、仕事関係のをすませる。


 その後、CDでミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団が演奏したグリンカの歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲、プロコフィエフの歌劇『セミョーン・コトコ』序曲、カバレフスキーの歌劇『コラ・ブルニョン』序曲、amazon music unlimitedでヤン・ヴィレム・デ・フリーント指揮スタヴァンゲル交響楽団が演奏したシューマンの交響曲第1番「春」と第2番を聴き、ティファニー・プーンが弾いたシューマンの子供の情景、アラベスク、ダヴィッド同盟舞曲集、パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団が演奏したグリーグの4つの交響的舞曲を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。


 夕飯後、amazon music unlimitedでジャン・マルティノン指揮ロンドン・フィルが演奏したエロールの歌劇『ザンパ』序曲を聴き、KBS京都の『角田龍平の蛤御門のヘン』を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。
 今夜の『角田龍平の蛤御門のヘン』は、「“不沈艦”スタン・ハンセンスペシャル」。
 なんとあの、スタン・ハンセンがゲスト!
 そして、プロレス浪漫回の藤井敏之さんと松並修さんもご出演。

 入浴後、amazon music unlimitedでガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第40番を聴き、ラローチャとショルティ指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第24番、飯森範親指揮パシフィック・フィルハーモニー東京が演奏したモーツァルトの交響曲第31番「パリ」、第23番、第16番、第17番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりしたのち、ブルーノ・リグットが弾いたショパンのワルツ第6番「小犬のワルツ」と第1番「華麗なる大円舞曲」を聴く。


 今日も、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日聴いた音楽から@(2024/3/20)

 春分の日だからというわけではないが、シューマンの交響曲第1番「春」と第2番<Challenge Classics>を聴いた。
 演奏は、4月から京都市交響楽団の首席客演指揮者となるオランダ出身のヤン・ヴィレム・デ・フリーント(フリエンド)の指揮するノルウェーのオーケストラ、スタヴァンゲル交響楽団。
 北欧音楽好きはひとまず置くとして、ある程度のオーケストラ好きでないとスタヴァンゲル交響楽団のことを知らないのではないか?
 僕がこのオーケストラの存在を知ったのは、ちょうど30年ほど前のヨーロッパ滞在中に、同じ院の研究科だった大塚陽子さん(現立命館大学政策科学部教授)を訪ねてイギリスのウォーリック大学に遊びに行ったときだ。
 大学のアーツセンターのオーケストラコンサートの年間プログラムの中に、Stavanger Symphony Orchestraも名前を連ねていた。
 確か指揮は当時の首席指揮者のアレクサンドル・ドミトリエフで、お得意のチャイコフスキーかショスタコーヴィチがメインだったような記憶がある。
 ただ、そのときはStavangerを日本語でどう読んで、どう表記するのがよいのかわからなかった。
 スタヴァンゲル交響楽団は1990年からフランス・ブリュッヘンを古楽の音楽監督に迎え、その後も同じポストにフィリップ・ヘレヴェッヘやファビオ・ビオンディを招くなど、比較的早いうちからモダン楽器の演奏にいわゆるピリオド・スタイルを取り入れてきたオーケストラでもある。
 同じくピリオド畑出身のフリーントとのこのアルバムでも、そうしたこれまでの蓄積が大きく生きているように感じた。
 例えば、シカゴ交響楽団のような圧倒的な音の力はないけれど、その分、隅々まで丹念に音楽を磨き込んでいく細やかさではスタヴァンゲル交響楽団に軍配を上げたくなる。
 まず、第1番の「春」から。
 流れのよさ、歯切れのよさはもちろんだが、弦楽器ではあえて角を立てることなく穏やかな響きを生み出す。
 結果、狂瀾よりも春の穏やかさを存分に感じて、愉悦感というのか、最後までリラックスして音楽を聴くことができた。
 続く第2番は一転、この曲の持つ前へ前へ進もうとする前のめり感にわくわくする。
 こちらには「春」というニックネームはないけれど、強い風が吹き荒れている今日の京の春のような趣。
 強弱緩急のメリハリもきいているが、音がいぎたなくならないのは、フリーントの音楽性とともに人柄のあらわれのように思わずにはいられない。
 第1、第2、終楽章と運動性、躍動性が前に出る分、第3楽章の抒情性、夢見るような情感がひときわ印象に残った。
 スタヴァンゲル交響楽団もフリーントの解釈によく応えて、充実したアンサンブルを創り上げていた。

 ちなみに、2025年の1月28日に開催予定の京都市交響楽団第696回定期演奏会では、フリーントがシューマンの交響曲第2番を指揮する予定だ。
 来年のことを言えば鬼が笑うというが、なんとか聴きたいものだなあ!
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2024年03月19日

今日聴いた音楽から(2024/3/19)

 ジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したニールセンの序曲『ヘリオス』と交響曲第4番<RCA>を聴いた。
 LPのオリジナルのカップリングもこの2曲である。
 北欧の交響曲の創り手といえば、何はなくともフィンランドのシベリウスということになるだろうが、デンマークのニールセンも忘れてはなるまい。
 ただ、シベリウスよりも少し晦渋というのか、「現代音楽」に寄った構造と響きが一層はっきりしているので、いくぶん人気の面では落ちる。
 序曲『ヘリオス』は、エーゲ海の日の出をモチーフにした作品とされるが、イタリア滞在中に作曲が開始されたシベリウスの交響曲第2番同様、北欧らしさ(北欧の民謡などと同じ旋律のパターンであるとか)が色濃く表れている。
 一方、交響曲第4番「不滅」は1914年から1916年にかけて作曲された4つのパートを持つ単一楽章の交響曲。
 第一次世界大戦という直面する未曽有の破滅的危機に対峙した作品でもある。
 この曲は、もう40年近く前にヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団のCDを愛聴していたのだけれど、人に譲って輸入盤の中古を改めて買おうと思ったきりそうできず、今に至るまで手元にCDがない。
 この間、FM放送だとかネットラジオで耳にしたことはあるが、ながらでなくしっかりと聴いたのは本当に久しぶりになる。
 で、先に晦渋などと書いたが、改めて聴いてみてどこが晦渋なものかとすぐに思ってしまう。
 ぐいぐいと進む第1パート、管楽器のソロとピッツィカートの掛け合いが耳になじむ第2パート、真摯で終盤の弦楽器の追い込みが強く印象に残る第3パート、そして無法松もびっくりの2群のティンパニの乱れ打ちが凄まじい最終パート。
 聴きどころ満載である。
 マルティノンは線のはっきりした明快な解釈で、この交響曲の要所急所をしっかりと表現していく。
 そして、ことさら北欧らしさを強調していないにもかかわらず、それが作品のあちらから浮き出されてくる。
 シカゴ交響楽団はここでも高い技量を聴かせてくれる。
 特にティンパニの迫力!
 それにしても、クラウディア・キャシディという評論家は一体何を聴いていたのだろうか?
posted by figarok492na at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明日の風は相当強くなりそうだ(CLACLA日記)

 晴天からどんよりとしたお天気へ。

 気温は今日も低く、寒さが厳しい。
 花粉の勢いは少しだけ弱いか。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 偏頭痛と強い耳鳴りが続く。
 やだやだ。


 戦争反対!
 火事場泥棒にも反対!
 改憲にも反対!

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、ばたばたしていて日付変わってから寝床に就く。


 6時台に起きて、amazon music unlimitedでスティーヴン・ハフが弾いたピアノ小品集の続きを聴いたりしながら準備をすませたあと、ヴァイオリンのマイケル・バレンボイムとピアノのナタリア・ペガルコヴァ=バレンボイムが演奏したメンデルスゾーンの無言歌作品62―6「春の歌」、エリアフ・インバル指揮フランス国立管弦楽団が演奏したラヴェルのバレエ音楽『ジャンヌの扇』からファンファーレを聴き、8時17分に外出する。


 で、夕方まで仕事に勤しみ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 夕飯後、CDでデヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』、『ツァラトゥストラはかく語りき』、『死と変容』を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、過去の作品に関する作業を行ったり、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したニールセンの序曲『ヘリオス』と交響曲第4番「不滅」を聴き、メゾソプラノのヴァレリー・アイクホフがエリック・シュナイダーのピアノ伴奏で歌ったアイスラーのハリウッド・ソングブックを聴いたりしながら仕事関係の作業を進める。


 今日も、仕事先でいただいた甘いものを食す。
 実に実に実に美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日は明日の風が吹くというが。
 明日の風は相当強くなりそうだ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2024年03月18日

今日聴いた音楽から(2024/3/18)

 ジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』の音楽のハイライト<RCA>を聴く。
 ここでは、個別に作曲された序曲と劇音楽の中からスケルツォ、夜想曲、結婚行進曲の4曲が演奏されている。
 序曲は冒頭からとばすとばす。
 最初の和音の美しさなどなんのその、ロマンティックな雰囲気など知ったこっちゃない、それこそロバの頭を被せられるニック・ボトムら職工たちのどたばたじたばたあちゃらか劇のような速いテンポで音楽は進む。
 マルティノン、シェイクスピアに興味がないのかね…。
 ところが、冒頭の部分が再びあらわれる直前、テンポがぐっと遅くなり、まるで葬送の音楽のように暗然とする。
 そこにはっと驚いた。
 本当に驚いた。
 スケルツォは、標準体重よりずっと重たい体格の人が細やかにステップを刻んでいるというのか、重心が低いにも関わらず小回りのきく演奏。
 夜想曲は、名手テイル・クレヴェンジャーだろうか(1966年の入団でこれは1967年の録音)、ホルンのソロをはじめとした管楽器と弦楽器が美しい掛け合いを聴かせる。
 そして、おなじみ結婚行進曲ではトランペットら金管群や打楽器群が大活躍し、壮麗華美にしめる。
 当時のRCAの録音傾向もあって音がドンシャリ気味なのは仕方あるまい。
 しかし、この演奏でやはり一番忘れ難いのは、序曲のあの奈落の底を目にするような、『マクベス』の「人生は歩き回る影法師、哀れな役者だ」という言葉を音楽にしたかのようなあの部分だ。
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寒さが厳しくとも、花粉の勢いは強い(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空の一日。

 気温は上がらず、寒さが厳しい。
 しかしながら、花粉の勢いは強い。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 花粉症の症状もだが、偏頭痛と耳鳴りがひどい。
 うんざり。


 戦争反対!
 火事場泥棒にも反対!
 改憲にも反対!

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、23時40分過ぎに寝床に就く。


 6時台に起きて、amazon music unlimitedでスティーヴン・ハフが弾いたピアノ小品集を聴いたりしながら準備をすませたあと、8時17分に外出する。


 で、夕方まで仕事に勤しみ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 夕飯時、YouTubeの東映時代劇公式アカウントで『遠山の金さん』第20話の拾い観をする。
 清水めぐみ、左右田一平、玉川伊佐男らのゲスト出演。


 夕飯後、amazon music unlimitedでソプラノのマーガレット・プライスとクラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団が演奏したベルクの『ルル』組曲とアルテンベルク歌曲集を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、過去の作品に関する作業を行ったり、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したメンデルスゾーンの劇音楽『夏の夜の夢』ハイライトを聴き、ヴァイオリンのマイケル・バレンボイムとピアノのナタリア・ペガルコヴァ=バレンボイムが演奏したメンデルスゾーンの無言歌集、ピアノのアリシア・デ・ラローチャとウリ・セガル指揮ウィーン交響楽団が演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第19番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、過去の作品に関する作業を行ったりする。


 今日は、仕事先でいただいた甘いものを食す。
 実に実に実に美味しうございました。
 ごちそうさま!


 パソコンがとうとういかれたようだ。
 新しいものをすぐに買わないといけないが、お金がねえ…。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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2024年03月17日

今日聴いた音楽からA(2024/3/17)

 ジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したビゼーの『アルルの女』組曲第1番と第2番、交響曲ハ長調<RCA>を聴いた。
 ここでも、マルティノンは緩急強弱のコントラストを強調した、線のはっきりした音楽づくりを行っている。
 例えば、組曲第2番の1曲目パストラルでは穏やかな管楽器の掛け合いと強奏と、また3曲目のメヌエットでは美しいフルートのソロと強奏との対比が非常にはっきりとしている。
 そして終曲、おなじみのファランドール。
 第1番の前奏曲冒頭の「三人の王様が」という旋律が再び登場したあと、太鼓にあわせて音楽がリズミカルになる部分、はじめはちょっと遅めだなと思っていたら、最後になって煽る煽る!
 これがライヴだったら大興奮間違いなしだろう。
 交響曲でも、マルティノンの音楽の進め方は基本的に同じだ。
 第1楽章は概して軽快だけれど、中間部、オーボエのソロのあたりではいくぶんテンポをおとし、僅かな気分の変化を明示する。
 もちろん、終楽章はノリがいい。
 まるで澄んだ青空を見ているかのような、明るい音楽だ。
 音色という点で粗さを感じる部分はあるものの、シカゴ交響楽団はやはり充実していた。
 管楽器は言わずもがな、交響曲の第2楽章ではアンサンブルとしての弦楽器の力量の高さがよくわかる。
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雨で花粉の飛散は少なかった(CLACLA日記)

 雨降り。
 どんよりとしたお天気の一日。

 じめじめとして快ならず。
 その代わり、花粉の飛散は少なかったが。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 気圧と湿度のダブルパンチ!!
 花粉症の出が少ないのは助かるものの。
 偏頭痛と耳鳴りは続く。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでギターのパブロ・ガリバイが弾いたドメニコ・スカルラッティのソナタホ長調K.380を聴き、クラリネットのリュウタ・コバヤシとピアノのユリアン・エマニュエル・ベッカーが演奏したブラームスのクラリネット・ソナタ第1番、ヴィトマンの5つの断章、シューマンの幻想小曲集、アイセルのイスラエル組曲メドレー、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたのち、3時少し前に寝床に就く。


 9時直前に起きる。

 午前中から午後にかけて、amazon music unlimitedでバラーシュ・ソコライが弾いたドメニコ・スカルラッティのソナタホ長調K.380を聴き、ニコライ・ポチェキンとダニエル・ライスキン指揮スロヴァキア・フィルが演奏したドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲、ロマンス、マズルカ、クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団が演奏したバルトークの2つの肖像、アバド指揮ロンドン交響楽団が演奏したベルクの管弦楽のための3つの小品を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を読み進めたりする。


 正午過ぎに外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、CDでアルフレッド・ブレンデルが弾いたシューベルトのハンガリー風のメロディ、山田一雄指揮大阪センチュリー交響楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とモーツァルトの歌劇『クレタの王イドメネオ』のバレエ音楽からガヴォット、amazon music unlimitedでフィラデルフィア木管5重奏団他が演奏した『パストラーレ』、バリトンのジョアン・マルティン=ロヨがルベン・フェルナンデス・アギーレのピアノ伴奏で歌ったペドレルの歌曲集、レナード・スラットキン指揮セントルイス交響楽団他が演奏したプロコフィエフのカンタータ『アレクサンドル・ネフスキー』と組曲『キージェ中尉』、アバド指揮ウィーン・フィルが演奏したベルクの抒情組曲から3つの楽章を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。
 山田一雄のCDは1991年3月の第4回定期演奏会のライヴ録音。
 実は、このコンサートに足を運んでいたのだけれど、今回ながらでなく聴き直して、ここまで凄い演奏だったのかと改めて感嘆した。


 途中夕飯を挟み、ABCラジオの『サニー・フランシスのマサララジオ』を聴く。


 夕飯後、amazon music unlimitedでアタウルフォ・アルヘンタ指揮ロンドン交響楽団が演奏したシャブリエの狂詩曲『スペイン』を聴き、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したシベリウスのレミンカイネン組曲(1951年録音)を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したビゼーの『アルルの女』組曲第1番と第2番、交響曲ハ長調を聴き、ニキータ・ムンドヤンツが弾いたプロコフィエフのピアノ・ソナタ第4番、交響曲第5番から第2楽章(ムンドヤンツ編)、ムンドヤンツの夜想曲、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第8番、MBSラジオのヤンタン日曜日を聴いたりしながら仕事関係の作業を進める。


 今日も、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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今日聴いた音楽から@(2024/3/17)

 CDで山田一雄指揮大阪センチュリー交響楽団が演奏したとても密度の濃いベートーヴェンのエロイカ交響曲のライヴ録音を聴いたので(ちなみに、この日のコンサートに僕も足を運んでいた。ここまで凄い演奏とはあのときは思ってもいなかった。そして、ヤマカズさんの実演にもっと接することができると思っていた)、息抜きが欲しい。
 ということで、フィラデルフィア木管5重奏団が演奏した『パストラーレ』というアルバム<SONY>を聴く。
 収録曲は、グレインジャーのウォーキング・チューン、ポール・デ・ウェイリーのオーバード、パーシケッティのパストラル、シューベルトの『ロザムンデ』から、ストラヴィンスキーのパストラーレ(1923年版と1933年版)、ピエルネのパストラーレ、ジョリヴェのクリスマスのパストラル、ミヨーの2つのスケッチ。
 録音当時の「現代音楽」が大半を占めているが、いずれも耳なじみは悪くない。
 フィラデルフィア木管5重奏団は、フィラデルフィア管弦楽団のメンバーによる腕扱き集団だけど、1950年代末から60年代初頭にかけての録音ということで、リマスタリングを経てもなお若干音の古さが気になるか。
 音がへなっとしたというか、ちょっとへっぽこな感じになってしまうのだ。
 ストラヴィンスキーの23年版にソプラノのジュディス・ブレゲンが加わっているほか、同じ曲の33年版には弦楽器、別の曲ではハープも加わっているが、こちらは記載がなかった。
 十分な息抜きにはなった。

 それにしても、桂枝雀師匠じゃないが、緊張と緩和は大事だなあ。
 メリハリはきちんとつけていかないと。
posted by figarok492na at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月16日

今日聴いた音楽からA(2024/3/16)

 ジャン・マルティノンがシカゴ交響楽団を指揮した一連の録音の中から、ラヴェルのラ・ヴァルスとボレロ<RCA>を聴く。
 悪名高い音楽評論家クラウディア・キャシディによるネガティヴ・キャンペーンや、楽団とのトラブルもあって任期途中に音楽監督を退任せざるを得なかったシカゴ交響楽団時代は、マルティノンにとって最低最悪だったと言われている。
 前任者である偉大なフリッツ・ライナーとの比較もあったのだろうが、残された録音を聴くかぎり、実際の演奏の面ではマルティノンとシカゴ交響楽団のコンビネーションは最低でも最悪でもなかったように感じられる。
 マルティノンは幅広いレパートリーの持ち主であり、シカゴ交響楽団との録音でもその一端をうかがうことができる。
 できるけれど、今日聴いたのは得意中の得意と呼ぶべきラヴェルの、それも両看板とでも呼ぶべきラ・ヴァルスとボレロである。
 相手がシカゴ交響楽団に限らず、マルティノンは線のはっきりとした音楽を創り出す。
 ラ・ヴァルスとボレロでもそれは変わらない。
 ラ・ヴァルスは、ウインナ・ワルツへのオマージュであり、パロディであり、挽歌でもあるのだが、ぐいぐいとテンポを上げていく終盤の追い込みがやはり忘れ難い。
 一方、ボレロは一貫して速いテンポ。
 しかしながら、素っ気なさとは無縁で、おなじみの旋律が何度も繰り返されて楽器が増えていき、遂にクライマックスを迎えるあたりには興奮した。
 ソロ、アンサンブルの両面でシカゴ交響楽団も実に達者である。
posted by figarok492na at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

花粉症がひどい(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 日中、気温はさらに上がる。
 花粉も飛んでいる!
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 花粉症がひどい。
 たぶん、花粉に加えてPM2.5だの黄砂だのもまじっているのではないか。
 鼻水は出るし、くしゃみは連発するし、目は痒いし。
 偏頭痛も耳鳴りもひどいまま。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでモニク・アースが弾いたショパンの練習曲集作品10−3「別れの曲」を聴き、ソプラノのハリエット・バーンズがイアン・ティンデイルのピアノ伴奏で歌ったシューベルトの歌曲集、TBSラジオ『ハライチのターン』アフタートークのポッドキャストを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたのち、ギターの益田正洋が弾いたソルのモーツァルトの『魔笛』の主題による変奏曲、フォルテピアノの平井千絵が弾いたゲリネクのモーツァルトの『魔笛』の主題による6つの変奏曲を聴き、3時少し前に寝床に就く。


 9時過ぎに起きて、近くのコインランドリーで洗濯をすませる。
 その間、下京図書館へ。
 借りていた本を返却し、予約しておいた町田康の『ギケイキ3』<河出書房新社>を新たに借りる。

 午前中から午後にかけて、amazon music unlimitedでガリー・ベルティーニ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団が演奏したワーグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』序曲を聴き、ハンブルク・チェンバー・プレイヤーズが演奏したティエリオの室内楽作品集、トリオ・リリコが演奏したイザイの弦楽3重奏曲「シメイ」、エトヴェシュの弦楽3重奏曲「クリストフ・デジャルダンへの追悼」、コダーイの間奏曲、ドホナーニのセレナード、ギルバート・ジョンソンとユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したハイドンのトランペット協奏曲を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。
 ライヴゆえの傷はあるが、『さまよえるオランダ人』序曲は非常に密度の濃い演奏で、とても聴き応えがあった。


 14時半過ぎに外出して、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、amazon music unlimitedでソプラノのアスミク・グリゴリアンがミッコ・フランク指揮フランス放送フィルの伴奏とマルクス・ヒンターホイザーのピアノ伴奏で歌ったリヒャルト・シュトラウスの4つの最後の歌を聴き、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・キホーテ』、グラン・トリオ・ヴィリニュスが演奏したピアノ3重奏版のブラームスの弦楽6重奏曲第1番と第2番を聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。


 夕飯後、amazon music unlimitedでラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルが演奏したストラヴィンスキーのロシア風スケルツォとサーカス・ポルカを聴き、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズが演奏したヘンデルの歌劇『アグリッピナ』序曲、2重協奏曲第1番と第3番、リコーダー協奏曲(デヴィッド・マンロウの独奏)、NHK・FMの『クラシックの迷宮』の最後のほうを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、『ギケイキ3』を読み進めたりする。

 入浴後、amazon music unlimitedでジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団が演奏したラヴェルのラ・ヴァルスとボレロを聴き、アレクサンダー・シェリー指揮カナダ・ナショナル・アーツ・センター管弦楽団が演奏したショスタコーヴィチの交響曲第9番、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲(ジェームズ・エーネスの独奏)、フィリップ・グラスの交響曲第13番、クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団が演奏したバルトークのバレエ音楽『中国の不思議な役人』組曲を聴いたりしながら仕事関係の作業を進める。


 今日は、甘いものは少しだけ食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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今日聴いた音楽から@(2024/3/16)

 リヒャルト・シュトラウスが最晩年に作曲した4つの最後の歌を、ソプラノのアスミク・グリゴリアンがオーケストラ伴奏とピアノ伴奏で2回歌ったアルバム<α>を聴いた。
 オーケストラはミッコ・フランク指揮フランス放送フィルで、ピアノはマルクス・ヒンターホイザー。
 アスミク・グリゴリアンはアルメニア系のリトアニア人。
 オペラでの活躍が知られている。
 前々から書き続けているけど、声の好みのストライクゾーンが極端に狭い人間なので、案の定というか、彼女の声質自体はちっとも好みじゃない。
 もやもわとして重たく感じてしまうのだ。
 ただし、中音域の響きの豊かさや表現力の高さは十分にわかる。
 このアルバムでは、そうした彼女の特質がよく発揮されていた。
 第1曲の「春」では、無理に声を振り絞るものだから、そのあと音が下がる際にほんの少し不安定に聴こえるなど、どうしても高音域に急所があるように感じたことも事実で、初めのうちはあれあれと思いながら聴いていたが、後半の2曲、ことに終曲の「夕映えの中で」の詩にあわせての表現の細やかな変化には大いに感嘆した。
 管弦楽、ピアノ、ともにグリゴリアンをよく支えていたが、強く印象に残ったのは「夕映えの中で」の消え入るようなヒンターホイザーのピアノだ。
 明度の高いミッコ・フランクとフランス放送フィルととても対照的だった。
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2024年03月15日

今日聴いた音楽からA(2024/3/15)

 密度の濃いブラームスを聴いたので、ちょっと気楽に聴ける音楽をということで、フランス出身のピアニスト、ジャン=イヴ・ティボーデとアメリカのミュージシャン、マイケル・ファインスタインによるアルバム『ガーシュウィン ラプソディ』<DECCA>を選ぶ。
 先月リリースされたばかり。
 トラック1〜11は、ティボーデとファインスタインが2台のピアノで弾くガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーの冒頭部分で始まり、途中ファインスタインの弾き語りをまじえつつラプソディ・イン・ブルーのラストで〆るというノンストップ風。
 以後も、ガーシュウィン・スタイルにアレンジされたユーマンスの『二人でお茶を』やおなじみのナンバーのアレンジなど、耳なじみのよい音楽が続く。
 これまでにもビル・エヴァンスやデューク・エリントンのアルバムをつくっているティボーデだけに、いわゆるクラシック的なノリの重さはない。
 ただ、パリのアメリカ人ならぬニューヨークのフランス人的な上品さというのか、雰囲気の違いをちょっと感じないでもなかった。
 もちろん、それで醒めてしまうようなこともなかったが。
 ファインスタインは少ししゃがれた感じの声質で、なんとも艶っぽいボーカル。
 気分転換にぴったりだ。
posted by figarok492na at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする