2018年11月25日

THE GO AND MO'S第26回公演『岡本の耳』

☆THE GO AND MO’S第26回公演『岡本の耳』

 脚本・演出・出演:黒川猛
 構成:黒川猛、中川剛
 制作・他:丸井重樹
(2018年11月25日13時開演/京都市東山青少年活動センター創造活動室)


 ここのところご無沙汰していたTHE GO AND MO’Sの第26回公演『岡本の耳』に足を運んだんだけれど、これぞまさしく視聴者参加番組ならぬ観劇者参加公演。
 というか、体験型脱出ゲームにすら近い趣向もあって、大いに愉しんだ。

 で、受付で丸井さんから白のチケットを選ぶか赤のチケットを選ぶかと尋ねられて、んん??と首を捻ったら(赤を選択。そりゃ赤でしょ。これでも学生時代は立命館大学で…以下自粛。粛清じゃないよ)、舞台や客席を目にしてまたびっくり。
 舞台の真ん中にランウェイ、ほらファッションショーでモデルが歩いて来る岬の突端みたいなやつ、が設けられていて、客席はといえば、そのランウェイに並行するように、上手下手各2列計4列が、見切りの配慮も行われた上で整然と置かれているのだ。
 ますます首を捻っていると、開演時刻になって黒川さんが登場、片手には拳銃、片手にはバッグを持っている。
 俺はバスジャックだ、お前たちは言うことを聴け!
 すかさず黒川さんが声を上げた。
 つまるところ、客席はバスの座席って設定。
 スマホ携帯の電源を切れではなく、切ってくださいなんて語尾が丁寧になっているのもおかしい。
 さらに、お菓子など差し入れを要求されたので、さっき半額引きクーポンを使って買い込んだピーナッツブロックチョコ一袋を投げ込んだ。
 こうして前説を兼ねた『バスジャック』は終わった。

 ちなみに暗転中は、運転手という設定の丸井さんの突っ込み風のナレーションが入る。
 内容もあってだろうが、それにしても今回はいつにも増して丸井さんが大活躍だったなあ。

 続いては、黒川さんがファッションモデルよろしくランウェイを練り歩く『何コレ』。
 録音撮影、どんどんやってくださいと、黒川さんが煽る煽る。
 一回目は、あっ一発落ち?と思っていたけど、そこは笑いにひつこい黒川さん、二回三回とブリッジ風の『何コレ』があった。
 三回目など、絶賛上映中の『ボヘミアン・ラプソディ』を彷彿とさせるコスチューム!

 さて、ラインナップ三本目は『講談師藤子紋之丞』。
 最近流行りのねっとりとした語り口の講談師も顔負け、張り扇ではない張り板調(落語の『東の旅』発端みたいな風に板を叩く。ただし、黒川さんは長めの板切れを使用)で、あの国民的な漫画のストーリーを強弱緩急のデフォルメをたっぷりつけながら読んでいく。
 さすがは「藤子」「紋」之丞。

 四本目は、『モグラ叩き』。
 お手伝いの西河君(ベトナムからの笑い声!)が空気を入れて机の上に立たせた紙袋には、あれやこれや世情を賑わせた出来事や人どもの名前が貼り付けてある。
 それを黒川さんがプラスチック製のバットで一刀両断叩きつけたり叩きつけなかったりするというネタで、世の炎上騒ぎ、バッシングの不毛さを…。
 って、小難しく考え過ぎる必要もないか。
 ただ、こういう黒川さんの至極真っ当さはベトナムからの笑い声の頃から続いてるなあと改めて思ったりもした。

 五本目のネタ、『ドッペルゲンガー』はドッペルゲンガーという題材をああだこうだと捻くり回しこねくり回し、結局そう落とすんかいという作品。
 今回のラインナップの中では、もっとも「演劇」寄りの内容だったかも。
 そうそう、ナレーションの女性は山方さんではないか。
 彼女の声に、再びベトナムからの笑い声のことを思い起こした。

 六本目の『旗』は、丸井さんの指示にあわせて黒川さんが赤い旗を上げたり白い旗を上げたり(赤上げて、白上げて、白下げないで赤下げないといったやつ)しているうちに、丸井さんの独り合点・ボケが強くなっていって…。
 途中、丸井さんのアゴ攻撃が炸裂。
 最後は白と赤のチケット=お客さんとの絡みが黒川さんを救った。

 が、白と赤の魔力効力はなおも続く。
 ラインナップおしまいの『炎雷球-Fire Thunder Ball』は、まず白いチケットのお客さんが上手側、赤いチケットのお客さんが下手側に移る客席移動から。
 そして、黒川さんの説明が続く。
 曰く、赤白各組一人ずつ舞台に上がって、エアボーリング(ボーリングの球を投げる真似)をしながら、例えば「阪神ファンの人」といった質問をして、自分の組のお客さんに挙手してもらう。
 つまり、お客さんがボーリングのピンということで、お客さんの数によってストライクになったりスペアになったり、挙手が0か10以上だとガーターになったりという、まさしくゲームである。
 で、全部で3フレーム計6人のお客さんが臆せず舞台に上がって、しっかりゲームに参加した。
 むろん、そこは黒川さんの巧みな誘導もあってのことだけど、ほんと盛り上がったなあ。

 と、実に盛りだくさんな内容だった。
 そして、印象深い役者さんで優れたエッセイの書き手でもあった殿山泰司の、「映画はヒトリではできない、大ぜいの人間がいる、だけどそこには孤独の影がある。芝居はヒトリでもできる、だけど孤独ではない、そうかァ、観客がいるからなんだ」(『JAMJAM日記』<ちくま文庫>より)という言葉をふと思い出したりもした。
 まあ、黒川さんは芝居やコント自体、ヒトリでやるより大ぜいでやりたいような気もするけれど。
 いずれにしても、ああ、面白かった!!!
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2018年11月04日

高間響よどこへゆく 第26次笑の内閣『そこまで言わんでモリエール』

☆第26次笑の内閣『そこまで言わんでモリエール』

 作・演出:高間響
 助演出:河井朗
(2018年11月4日15時半開演の回/京都芸術センター・フリースペース)


 かつて今は亡き三遊亭圓生は、ある藝人について天皇陛下に見せられない云々と評したという。
 昭和天皇の天覧口演を一生の誉れと感じた圓生らしい物言いではある。
 それでは、高間響率いる笑の内閣の公演はどうだろう。
 諷刺皮肉が散りばめられているし、お下劣お下品な台詞もふんだんだし、アフタートークのゲストも相当やばい人たちが多いし…。
 けれど、今回のアフタートークで劇団洒落乙のぶった斬れのベティさんが口にしていたように、高間君といえば両極端に振り切ら(れ)ないバランス感覚の持ち主、昭和天皇や今上天皇は無理にせよ、次代の天皇ならば…。
 いや、『君の名は』があるからアウトか。

 なんてことを考えてしまったのも、高間君が第26次笑の内閣で『そこまで言わんでモリエール』のタイトルの下、フランスを代表する劇作家の一人モリエール(ちなみに、江守徹って彼からきてる芸名。江戸川乱歩や谷啓みたい)に挑んだからだ。
 このモリエールという男、国王ルイ14世の庇護を受けながら、諷刺皮肉に当てこすりのオンパレード、こいつは敵だとみれば徹底的にたたきまくって争うし、大の女好き。
 京都芸術センターのプログラムという基本的な枠はありつつも、高間君が好んで取り上げたくなるのがよくわかる。
 舞台は、1665年12月、モリエール率いる劇団は…。
 といった梗概は、公演チラシをご照覧あれ。
 モリエールという一人の劇作家・演出家・座長と彼を取り巻く人々の大騒動に仮託して、高間君の演劇そのものに対しての想いや人間関係に対しての想い(ぶっちゃけて言うなら、俺は喧嘩はするけど、ほんとはそんなもんしたくねえんだよ、みんなで仲良く愉しく芝居をやって、甘えたいときは甘やかしてくれってんだ、そら我がままだろうけどさ)がストレートに描かれている。
 関西小劇場界、というか高間君周辺のあれやこれや(極私的な内輪ネタだって、モリエールならばまあありだ)を際どくぶちまいて問題提起をしていたし、ここぞというところでは真情を吐露するような台詞も用意されていたが、そこは上述した如きバランス感覚の持ち主でもあるわけで、ほどよく捻りを加えて感情過多を避けていた。
 また、モリエールの作品・台詞も効果的に引用されていたのではないか。
 学生時代に接した岩波文庫版に比して、青山学院大学の秋山伸子教授の翻訳も笑の内閣の動き(身体のみならず感情)の多い芝居にぴったりだった。
(秋山先生訳のモリエールをぜひ一度読んでおかないと)

 もちろん、そうした高間君のテキストをそれこそドラマティックな舞台に仕立て上げるにおいては、河井朗の助演出(共同演出と呼んだほうがよいか)と演者陣の存在を忘れてはなるまい。
 正直、演者陣の所作や構成等、相当な部分で河井君の手つき手さばきを感じたことも事実だ。
 加えて、モリエールを演じ切った髭だるマンを筆頭に、高瀬川すてら、澤田誠、上原日呂、アパ太郎、熊谷みずほ、しらとりまな、土肥希理子、由良真介、BANRI、岡本昇也、山下ダニエル弘之、亮介の演者陣も各々の特性魅力を発揮していたのではないか。
 踏み込んでいえば、技術技量の長短はひとまず置くとして、高間君のテキストやあり方との齟齬、河井君の演出スタイルとの齟齬、ばかりか演者間の齟齬もいろいろと垣間見えていたのだけれど、そうした部分も込みの『そこまで言わんでモリエール』なのかもしれない。

 いずれにしても、内閣初出演初参加の顔触れが増していく中で、高間君がどのような作品を生み出し、笑の内閣としてどのような人間関係を創り出していくのか。
 公演そのものを大いに愉しんだ分、その点に関して非常に気になったということを最後に付記しておきたい。

 ああ、面白かった!!!
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2018年10月21日

O land Theater『しあわせな日々』

☆O land Theater『しあわせな日々』

 作:サミュエル・ベケット
 演出・美術:苧環凉
(2018年10月21日14時開演/京都市東山青少年活動センター創造活動室)


 O land Theaterがベケットの『しあわせな日々』を上演するというので、京都市東山青少年活動センターまで足を運んだ。

 舞台上にはウィニー(坂東恭子)が地中、というよりも布を効果的に利用した苧環さんの美術を観れば強固な土中といったほうがより適切か、胸元まで埋まった状態になっている。
 開演とともに時計のベルが鳴り、ウィニーは目醒める。
 そして、歯を磨き、祈り、おしゃべりを始める。
 だが、夫のウィリー(竹ち代毬也)は、彼女に顔を見せようともしない…。

 といった展開の『しあわせな日々』は、ウィニーの一種狂躁的なおしゃべりやウィリーとのコミュニケーション/ディスコミュニケーションを軸にしながら、そこにグロテスクな滑稽さを交えつつ、人間関係の不毛さや不安定さ、ばかりではなく社会的な圧迫、危機的状況を描いた、切実で痛切な作品である。
 苧環さんは部分部分で仕掛けを施しつつも、基本的には作品の要所を丁寧に押さえてバランスのよいオーソドックスな演出を心掛けていた。
 と記すことができるのは、かつて学生時代に『しあわせな日々』を書籍で何度か読んだことがあるからだろう。
(たぶん、苧環さんが今回の公演で利用したものと同じだと思う)

 正直、僕の観た回では演者さんの技術的限界が大きく、何度も集中が途切れてしまい、ある意味いたたまれなさすら感じていたが、最終盤の竹ち代さんの激しい動きでようやく解き放たれた(むろん、そうした意味合いの演技ではないとも思いつつ)気分になることができた。
 と、こう記すと、僕がウィニーを演じた坂東さんを責めているととる向きの方もいるかもしれないが、そうではない。
 約1時間半以上しゃべりっぱなしであり続ける坂東さんの苦労は、当然想像に難くないからである。
 まずもってこの『しあわせな日々』という大きな課題に正面から向き合った坂東さんには、竹ち代さんへと同じく大きな拍手を送りたい。
 それに、どこか岸恵子っぽくて1970年代までの洋画や海外ドラマの吹き替えっぽい坂東さんの声質は、ウィニーという登場人物のあり様によく合っていたし、表情の豊かな動きも強く印象に残った。
 ただ、だからこそ、坂東さんの限界をより巧く活かす、もしくは庇う方法はなかったかと思ってしまうことも事実だ。
 例えば、いっそ台詞の「切断」をデフォルメしきって、異化効果を生み出すとか。
 もしくは、坂東さんはもちろんのこと、竹ち代さんにももっともっと「ぶち壊し」てもらって(それこそ黒澤明の『用心棒』のラストの藤原釜足のような)、ベケットの邪劇性を強調するとか。
 逆に、そうしたべたべたなやり方が苧環さんの求めるものではないとすれば、苧環さんの表現欲求が十全に発揮された上で、個々の演者の負担の少ないものを上演していくか、もしくは、テキストに見合ったシビアなキャスティングを行っていくか、という判断が必要になってくるのではないだろうか。
 いずれにしても、演出、演者陣ともども意欲的であり、それぞれの特性魅力が窺えた公演であっただけに、非常に残念でならなかった。

 次回のO land Theaterの公演を心待ちにしたい。
posted by figarok492na at 19:26| Comment(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月04日

仲良きことはおかかなしきことなり 煤ズ「大バラエティ企画」

☆煤ズ「大バラエティ企画」

 出演:横山清正、丸山交通公園ワンマンショー、鯖ゼリー、玉木青
(2018年8月4日10時スタート/松田の家)


 気持ちのいいチョップの横山清正を座長に、丸山交通公園ワンマンショーの丸山交通公園、飄々舎の鯖ゼリーと玉木青の四人が集まって、なんと10時間にも及ぶイベント・煤ズ「大バラエティ企画」を開催するというので、壬生の「松田の家」まで足を運んだ。
 ちなみに、「松田の家」は演劇関係者でもある壬生近辺の松田裕一郎さんの自宅で、1階にイベント会場兼稽古場対応のスペースが設けられている(30人弱は集客可能だ)。

 10時前より玉木君が登場。
 今回の企画のコンセプトを知らせるような動画をそれとなくPCで流す親切さはいつもの通りだ。

 で、イベントスタート。
 動画と同様、会場が会場だけにここは玉木君の部屋、夏休みに友だちが遊びに来るという設定で、横山君、鯖君、丸山君の順番でばらばらと中に入ってくる。
 10時〜はずばり「集合」。
 みんなが集まって、企画の趣旨をざくっと紹介しながらくっちゃべったり、動いたりという展開。
 様子見もあってか序盤は低速、が、そこは今は懐かし「 」会や飄々舎で馴染んだ四人だけに、徐々にアンサンブルが決まり出す。
 開場直前に迷ってしまった座長横山君の本領が、時計など見ずに「1分間」を当てるというゲームで発揮されていた。

 小休止を挟んで、11時〜は「クイズ@」。
 玉木君が質問して、残りの三人が回答するというスタイルである。
 まずは、相対性クイズ。
 誰でもすぐに答えられるクイズ(例えば、今は何月か? とか、今の総理大臣の苗字は? とか)を普通に回答してもらい、同じ答えの中で誰が一番正解なのかをアピールするというバーバルセンス(屁理屈センス)が問われるもの。
 「ユーモアを面白さで判断するのは違う」といった名言を繰り出すなど、横山君がハッスル。
 負けじと丸山君、鯖君も丁々発止のやり取りを繰り広げる。
 続いては、英語クイズ。
 英語で質問し、英語で答えるというパターンのクイズで、四人の悶えっぷりが見物だった。

 12時〜はお昼休憩。
 いったん帰宅し、13〜の「飄々」はパスする。

 14時〜は「即興劇」。
 お客さんから、舞台は公園という設定だけいただいて、泣かせる内容、物語を紡ぐをコンセプトに即興劇を四人が始める。
 が、そこは笑いが一番の面々のこと、劇が始まらぬうちから笑い声が漏れ聞こえる。
 結局、あちゃらか臭ふんぷんの物語に仕上がった。
 ラストは横山君の大芝居!
 後半は、謝罪会見がネタに。
 鯖君演じる某医科大関係者や、生産性をすぐ口にする横山君演じる某政党の代議士が、謝罪なんて屁の河童、傲岸不遜に自説を強調する時節にそった内容となる。

 15時〜は「大喜利」。
 ここではなんと言っても、就職のために東京に移った気持ちのいいチョップの相棒、小川晶弘君が電話出演したのがクライマックス。
 横山君、丸山君、鯖君がlineで送って来た「東京に行って嫌な風に変わった人間の電話の第一声」というお題の答えを小川君が読み演じる形で、小川君の熱演ぶりが光った。

 16時〜の「昼寝」は諸般の事情でパス。

 17時〜の「クイズA」は、途中から。
 本気で答えるクイズということで、丸山君が声を張る張る。

 18時〜は「アフレコ」。
 プロジェクターを設置してアニメなどの動画に声を好き勝手にあてていこうという趣向だ。
 が、開始から8時間。
 出演者陣もだれ始め、名作アニメのラストやタモリの弔辞、上岡龍太郎の弔辞、千鳥の爆笑漫才をただ観てしまうという大脱線に終わる。

 19時〜は「リーディング」。
 過去に四人が書いた劇作品(含むラジオドラマのテキスト)のうち、これぞと思う作品を他の三人が演じてみせるというもの。
 ここでは、やはり横山君がかつて書き下ろした作品が強く印象に残る。
(学生演劇祭で観たんだよ、横山君の作品。段ボールが家かなんかになってるやつじゃなかったかな)
 恥ずかしさ極まった横山君の身もだえぶりがおかしい。
 ほかに、丸山交通公園ワンマンショーは当然のことながら丸山君あってのものだと再認識した。

 20時〜は「打ち上げ」。
 と言っても、お客さん含めてお酒やドリンク、お寿司やお菓子が振る舞われる本当の打ち上げには非ず。
 打ち上げをやっているという体での振り返りの時間だったが、ここでもまた横山君が芯をとり、お母さんの話で盛り上げた。

 いやあ、随所随所で大いに笑った。
 でも、こうして書き並べてみると、今回の煤ズ「大バラエティ企画」が横山清正という、どちらかと言えば通常は脇に回されがちな人物を真正面に押し出したそれこそ「座長芝居」ならぬ「座長バラエティ企画」であるとともに、(電話出演した小川君やサポートメンバーの葛川友理も加わった)適度な距離を保った友情の証明であったこともよくわかるのではないか。
 そして、最後の最後、今後の企画についての「30年後にやれたら」、「いや、それよりももう少し早く」といった言葉を耳にするに、まだ8月始めだというのに夏休みが終わってしまったような切なさと、大量に買い込んだ花火セットを全部燃やし尽くしてしまったような儚さを感じてしまったことも事実だ。
 仲良きことはおかかなしきことなり。

 いずれにしても、出演者の皆さん、10時間お疲れ様でした。
 ああ、面白かった!!!
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2018年07月28日

真魔間磨 ママママ コント公演B『AUGUST』

☆ママママ コント公演B『AUGUST』

 作:志村耕太朗
 演出:木之瀬雅貴
(2018年7月28日18時開演の回/KAIKA)


「忘却とは忘れることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
 といえば、昭和20年代の人気ドラマ『君の名』の冒頭のナレーションだけど、木之瀬雅貴によるママママのコント公演B『AUGUST』は、その題名の如く「夏」を舞台にしつつ、記憶と忘却について描いた作品となっていた。

 明日明後日も公演が残っているので、あえて詳細については記さないが、今回の『AUGUST』はいわゆる演芸的なコントと言うより、フランスの掌篇的なコントに実体は近いか。
 無関係に見える断章・情景が、その実、関係性を持っているという構成で、「ああ、こういうことあったあった」とノスタルジーに浸りかけているうちに、すっと異次元に連れ込まれてしまう。
(志村君は、もしかしたらけっこう映画が好きなのではと思ったりもした)
 木ノ瀬君の演出に接するのは、京都造形芸大舞台芸術学科の卒制であるMAWARUの『裸足で散歩』(2014年11月2日)以来だが、あのとき同様、真摯にテキストと向き合いつつ、そこに爪痕を残すというか、幾重にも捻りをきかせていこうというスタイル。
 もちろん、この4年間の研鑽変化を十分に感じたことは言うまでもない。
 ただ、あえてふわっと粗めにつくっている部分との対比という意味でも、演技面を含む断章情景ごとの変化等、一層細やかに詰めて欲しいと思ったことも事実である。
 例えば、往年のコント55号を彷彿とさせるサディスティックな場面など、笑いのためにもより貪欲によりしつこく攻めてもよかったのではないか。

 演者陣では、なんと言っても井上向日葵のギアのチェンジの巧みさに感心した。
 未だ造形芸大に在学中というが、後生畏るべしどころの出来じゃない。
 これからの活躍が本当に愉しみだ。
 一方、合田団地、渡邉裕史の年長男性チームは各々の個性特性を前面に押し出した。
 それにしても、合田君はずるいな。
 ある場面で女性を演じていたんだけど、それがなんとも京塚昌子にそっくりでツボにはまり、ついつい本筋に関係のない笑い声をあげてしまった。

 ああ、面白かった!!

 そうそう、『夏祭り』って歌、なんだか『君が代』にそっくりですね!
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2018年07月20日

オフビートなおかかなしさ 爆劇戦線⚡和田謙二『カーニバルの朝』(ゲネプロ)

☆爆劇戦線⚡和田謙二『カーニバルの朝』(ゲネプロ)

 脚本・演出:髭だるマン
(2018年7月20日19時開始/京都東山青少年活動センター創造活動室)


 劇的細胞分裂爆発人間から爆劇戦線⚡に名前を改めたのちも、長くしゃくなげ謙治郎路線を続けていた和田謙二が久方ぶりに髭だるマンの脚本・演出の公演を行うというので、東山青少年活動センターの創造活動室まで足を運んだ。
 当方が観たのは急遽開催が決まった公開ゲネプロということで、あえて詳細は語らないけれど、これは足を運んでおいて正解だった。

 いわゆるコント(というか、それより少し長めのスケッチ)集。
 洗練されてこじゃれた生き方をしたいと願いつつ、その実どうにもそうならず、結果いびつで歪んでしまう人間の様が、時にグロテスクなほどのデフォルメを加えつつ、おかかなしく描かれている。
 学生時代の作品に書き下ろしを加えたというラインナップで、例えば2012年の京都学生演劇祭の『未開・踏襲・座敷童子』をはじめとした龍谷大学の未踏座の公演に接した人たちにとっては「ああ、懐かしい」と思える内容であるとともに、丸山交通公園ワンマンショーで髭だるマンが演じた一人芝居にも通じる死の気配というか、ただただ笑ってすませられない後味が残るのも事実だ。
 髭君のほか、しゃくなげ君、てんま1/2、白瀬次郎の和田謙二オリジナル・メンバー男性4人は、各々の特性を発揮しつつオフビートな作品世界を生み出す努力を重ねていたのではないか。
 妙な言葉になるけれど、和田謙二のVol.1『食い合わせのグルメ』に比べて粗さ、抜け、にも磨きがかかっているように感じた。

 土日で計4回公演。
 ご都合よろしい方はぜひ!
 ああ、面白かった!!
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2018年07月07日

笑の才覚 京都コントレックスVol.1

☆アガリスクエンターテイメントPresent
 全国コントレックス《京都公演》
 京都コントレックスVol.1

(2018年7月7日17時開演の回/スペースイサン)


 色川武大の『なつかしい芸人』<新潮文庫>の[ロッパ・森繁・タモリ]の章に、色川さんと若き日のタモリが夜を徹して語り合った際、タモリが森繁久彌の役者・芸人としての生き方に関して感嘆していたことが詳しく記されている。
 タモリ曰く、
「森繁さんはすごいですよ。あの人はほかの役者とちがう。実にしのぎがうまいです」。
 どういうことかといえば、森繁久彌は他の役者と違って自分の座を揺るがすようなライバルが出て来ても遠ざけたり蹴落としたりすることなく、自分にとっていちばん危険な奴を手なずけてしまうというのだ。
 さらに、タモリは言葉を続ける。
「森繁さんはその上を行きますね。山茶花究と三木のり平、自分のまわりでもっとも怖い才能の持主を、逆に引き寄せちゃう」
 それに、色川さんもこう受ける。
>(森繁久彌は)一緒に芝居に出て、絶えず山茶花やのり平の演じ所を作ってやる。つまり手柄を立てさせるのだ。そうして、森繁自身が彼等の手柄を利用して、さりげなく自分の受け場にする。最終的には森繁がいちばん映えるようになっているのである<
 で、今夕の京都コントレックスを観て、ああ、アガリスクエンターテイメントのスタンスってそんな森繁久彌とそっくりだなあとふと思ってしまった。


 今や上がり調子の屁理屈シチュエーションコメディ劇団・アガリスクエンターテイメントがこれぞと思う劇団集団と共にコントの場を分かち合うコントレックスだけれど、今回はホームグラウンドの東京のほか、ここ京都や名古屋でも開催される。
 あいにく降り続く雨の悪天候のゆえ、昨日の回は残念ながら公開ゲネプロといった形となってしまったものの、今日は無事決行。
 足元が悪いにも関わらず、大勢のお客さんが集まっていた。
 もちろん、『ナイゲン(全国版)』(2015年10月10日、元・立誠小学校音楽室)以来の俄かアガリスクエンターテイメント・ファンの当方が足を運んだことは言うまでもない。


 開演10分前に前座として登場したのは、丸山交通公園(MCも兼ねる)。
 企画に合わせた前説を行いつつも、ワンマンショーと通じる毒を仕掛けていた。
『椿三十郎』への言及が嬉しかったなあ!


 さて、ここからが本番。
 いっとう最初は、笑の内閣(高間響上皇作・演出。さらには出演)で、『史上最大の高プロ』、『対案を出せ』、『現代口語AV』、『ひびちゃん、ごなちゃんのアフタートーク』のコント三本。
 名古屋があるのであえて詳しいことは書かないが、時事的演劇的な題材に下ネタも辞さないくすぐりはいつもの如き笑の内閣流だ。
 ぐだった感じの緩い演技も内容にあっている。
 なんといっても久々に接するごなえことピンク地底人2号の曲者ぶりがいい。
 また、HIROFUMI、しらとりまな(先日てまりを観ていたこともあってだが、彼女にはシューマンが似合う)も熱演健闘。


 続いては、夕暮れ社.lab(村上慎太郎作・演出)の『まごうことなき予言者』、『ないものねだり』、『かなり前の8月31日の』のコント三本。
 夕暮れ社 弱男ユニットの村上君らと若い演者さんによるユニットで、これが向井咲江だったら、稲森明日香だったら、小林欣也だったらとついつい思ってしまったというか、正直演者さんの力が本にまだ追いついてない印象を持ってしまったりもしたのだけれど、公演パンフの「サッカーのU-23みたいなイメージ」で若い人たちに演技の場所を与えるいう意味では大いに効果を上げていたのではないか。
 メガネをさがしまくる女性の演者さんのキュートさや、キスか壺かと迫りまくる男性の演者さんの必死さなど彼女彼らの努力を讃えたい。
 それにしても、南志穂はいい演者になったなあ。
(ほかに、岡本昇也、山根悠、吉田香月、わっしょい、の出演)


 三団体目は、THE GO AND MO’S。
 かつてベトナムからの笑い声でならした黒川猛の登場である。
 その黒川(あえて敬称略。敬意を表するにはそれこそが相応しい)はおめず臆さずGOMO流を貫いた。
 まあ、会場のスペースイサンは黒川さんのフランチャイズといっても過言ではないからね。
 機智に富んだ発想が活きた漫談『サイボーグ』、どこかで聴いたようなNov.16の軽快なメロディと歌にあわせて踊る『体操のお兄さん』、身体を張りまくった必死のぱっちのコント『検査』、駄目押しの『体操のお兄さん〜ファイナル』と、この俺を見よ!! とばかり果敢に攻めを繰り返す黒川の姿に大いに笑いながら、強く心を動かされもした。
 そうそう、丸井重樹の存在も忘れちゃいけないんだGOMO’Sは!


 四団体目はユニット美人×ソノノチによるユニット「ビジノチズム」で、『さよならアリアドネの絲をギュッとね!』。
 ユニット美人のいききった乗りのよさやソノノチのファンタジックで静謐な雰囲気を基調にしながら、今回の企画や内輪受けを逆手にとったセルフパロディを仕掛けることで、大きな笑いを生んでいた。
 黒木陽子の存在感は言うまでもないが、引きのよさというか(今から15年ほど前のコックピットなど押せ押せな感じがちょっと苦手だった)紙本明子の落ち着き、大人な感じにも好感を抱く。
 ソノノチの中谷和代、藤原美保もそれによく伍して同じ熱量の作品世界に馴染んでいた。


 と、ここまででもう盛りだくさん。
 なのだけれど、トリのアガリスクエンターテイメントの『切ない恋』(冨坂友作・演出)はやっぱり待ってましたと声をかけたくなるような面白さ。
 格の違いを十分に感じさせる内容となっていた。
 まずもって、例えばチェーホフの『結婚申し込み』や『熊』のような一幕ファルスの規矩に則りつつ、そこに屁理屈シチュエーションコメディ劇団と名乗るだけの「棘」をも仕込んだストーリー展開。
 かてて加えて、劇団のピックアップメンバーである鹿島ゆきこ、熊谷有芳、甲田守、津和野諒、前田友里子、矢吹ジャンプという役者陣の演技が達者だ。
(京都勢はあえての部分もあるけれど、概して役を演じるのではなく、まずもって演者自身が前面に出て来ていた。アガリスクの面々とは非常に対照的である)
 結果、じわじわがんがんと笑いの波が押し寄せた。
 つまるところ、京都勢に演じる所見せ場を存分に与えつつ、最後はアガリスクエンターテイメントが映えるような構成。
 まさしく、森繁流のしのぎではないか。


 と、こう記すと、まるで冨坂さんをはじめアガリスクエンターテイメントのメンバーが世知に富んで小賢しい人間のように思う向きもあるかもしれないが、僕はそうとは考えない。
 むろん、表現者なのだから人並みの上昇志向や自己顕示欲はあるだろう。
 ただ、彼彼女らの公演作品に接するかぎり、いわゆる演劇界における政治的計算を第一義にするような集団とは到底思えないことも事実だ。
 というか、世過ぎ身過ぎの面ではどちらかといえば正直に過ぎる部分もあるような気がしてならない。
 塩原俊之の休団に続く沈ゆうこの退団は残念でならないが(二人とも好きな役者さんなんだ!いずれもその決断に驚きはなかったけれど)、集団が生み出す無意識の善意と悪意も描いてきた劇団だけに、無理な拡大などはからず、精度の高い作品とアンサンブルをこれからも保ち続けて欲しいと切に願う。


 いずれにしても、笑いに笑った公演でした。
 ああ、面白かった!!!!


 そうだ、やっぱり2時間強の上演時間は生理的に辛い。
 もうちょっと刈り込んでもらうか、小休止を挟んでもらうと助かった……。
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2018年06月30日

白鳥の歌にはまだまだ遠い てまり第三回公演『からの箱』

☆てまり第三回公演『からの箱』

 作・演出:しらとりまな
(2018年6月30日17時開演の回/シアターカフェNyan)


 最近、弘美の『森へ行きましょう』<日本経済新聞出版社>、未映子の『ウィステリアと三人の女たち』<新潮社>と、両川上の作品を続けて読んで、当然その志向や嗜好は違えど、どう足掻いたところでこの与えられた一回の生を生きていかなければならない人間にとって、別にあり得た人生について言葉を紡ぐ、小説を書くということは、時に武器であり、時に護符であるのだと強く感じた。
 ただし、言葉のみではすべての感情を表し切ることはできない。
 だからこそ、その齟齬にもどかしさを感じた人は、ただ言葉を紡ぐだけではなくて、踊り、歌い、演じるのではないか。
 しらとりまなの一人芝居、てまりの第三回公演『からの箱』(しらとりさん自身の作・演出)を観て思ったのもそのこと、しらとりさんもまた本来は言葉を紡ぐ人、書く人でありながら、それだけでは汲み上げることのできない自分の心の内を歌い、演じることでなんとか表現しようとする人だということだった。
(ちなみに、会場のシアターカフェNyanは大阪メトロの長堀鶴見緑地線・西大橋駅から歩いてすぐ。シアターカフェと名乗るだけあって、プレイングスペースがしっかりとってある。加えて、インティメートな空間でありながら、天井が吹き抜けで開放感も強い。しらとりさんは、そうした小屋の性質を巧く活かしていた)

 いくつかの歌も交えながら演じられた40分弱の濃密な寓話風の作品については、あえて詳細を記さない。
 詩的で繊細な台詞や照明、音楽を通して、しらとりまな自身の、こうありたかった、こうあって欲しかった、こうありたいといった切実な想いがよく伝わってくるとともに、しらとりさんのこれまでや今現在もはっきりと浮き彫りにされていて、強く心を動かされる。
 正直冒頭部分のモノローグなど、例えば優れたシャンソン歌手の歌であっても、聴き出してすぐのうちはその激しい感情表現に違和感と滑稽さを感じるのに似たような感情過多が気になったことも事実だ。
 それに、万一この本をしらとりさん以外の第三者が演じる機会があるとすれば、より距離感を持った演技が求められるのも確かだろう。
 だが、作品が進み、しらとりさんの言葉や声、表情に接するうちに、彼女にとってこれはこう演じられ、こう表現されねばならないものだということが十分十二分に腑に落ちたし、彼女の本領はこの一人芝居、てまりの公演にあるのだなとも痛感した。
 いずれにしても、観に行ってよかったと思える公演であり、作品だった。

 ところで、残念なことにシアターカフェNyanはクローズしてしまうのだという。
 それもあってか、しらとりさんもしばらくてまりの公演はお休みにするらしい。
 けれど、白鳥の歌にはまだまだ遠い(だいいち、この『からの箱』だってリスタートを祈る作品のはずだ。アレルヤ!)。
 リーディングや朗読、二人芝居その他、しらとりさんの本領が十全に発揮される企画や公演の開催を心待ちにしたい。

 ああ、面白かった!!!
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2018年06月10日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演26

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演26

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:しらとりまな
(2018年6月10日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 梅雨真っ盛り。
 あいにくの雨だが、JR二条駅近くのK’s office-京都二条の館-には、丸山交通公園ワンマンショーに足を運ばねば気がすまないというワンマンショー・フリークの方々が集まった。

 今夜は、丸山君の新ネタ2本の間に、しらとりまなさんの一人芝居が挟まるという構成。
 で、近況方向を兼ねたトークののち、丸山君の1本目のネタが始まる。
 題して、『こんなオナニーは嫌だ』。
 だが、題だけは決めたものの、どうしても本を書ききれない。
 これは仕方ないと、怪しげな薬を飲んで…。
 と、ベルリオーズの幻想交響曲も真っ青な設定で丸山君が取り出したのは、一冊の画用紙帳。
 次から次へと「マニアック」な嫌なオナニーの数々が続いていく。
 そして、辿り着くのは自問自答。
 タイトルも含めて、やたけたさを利用した作品に仕上がっていた。

 しらとりさんの一人芝居は、『夢女子になれない』。
 ようやく推しメンと呼べる若手男優を見つけたものの…。
 前回同様、しらとりさん自身の抱えたものを巧くずらして、より普遍性を持たせたおかかなしいスケッチだ。
 最後の歌がなんともキュート!
 そうそう、しらとりさんといえば、今月28日〜30日まで大阪・シアターカフェNyanで一人芝居、てまりの第三回公演『からの箱』が予定されているので、皆さんそちらのほうもご都合よければぜひ!!
(てめえ自身観に行けよ!! と、呼ぶ声あり)

 そして、丸山君の新作2本目は、『私が代わりにみてきました』。
 Twitterのアンケート結果に従い、誰も観ないだろう映画を丸山君が代わりに観てリポートするおなじみのシリーズである。
 今回は、『さらば青春、されど青春』。
 ん? 森田健作主演のドラマの焼き直し?
 と思った方は大間違い。
 実はこの映画、かの幸福の科学の大川隆法の自伝、その青春時代を描いたものだという。
 そらそんな映画、関係者か含むところがある人以外、なかなか観にいかんやろう…。
 そこは丸山君のデフォルメ、くすぐりは目いっぱいでついつい笑ってしまったが、映画自体はとんでもはっぷんの内容だったよう。
 推して知るべしというやつだ。
 それにしても、信じる者は救われるのかしら……。

 と、今回の丸山交通公園ワンマンショーも盛りだくさんでした。
 ああ、面白かった!!
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2018年06月03日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演25

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演25

 出演:丸山交通公園
(2018年6月3日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 二週続けての丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演である。
 今日の午前中など予約はたった一人だったそうだが、蓋を開ければほぼ満員のお客さんで、まずは何より。

 で、そうしたことどもも含めた近況報告、状況報告を終えたのち、丸山君は新作のネタおろしに入る。
 前半は、『朝、駅でフレッシュジュース買って会社行くような女は俺の事絶対嫌い』なるやけに長いタイトルの新作。
 当然、そのタイトル通りのくだりから作品は始まるが、その後はロンド形式というか、西川のりお上方よしおの漫才形式というか、『上沼恵美子のこころ晴天』の上沼さんのおしゃべり的というか、「…といえば、何々は」といった具合に話の主題が変わって行く。
 そして、最後はふりだしに戻って…。

 後半は、『女子高生と付き合いたい』。
 53歳になった丸山俊吾(とは、丸山君の本名で、これは「フィクション」だからこその使用であろう)が何をとちくるったか、女子高生と付き合いたいと一念発起する。
 が、そこは何をやらしても駄目な男、やることなすこと無茶苦茶で、しかも付き合いたいと思った相手というのは…。
 虚と実の皮膜がどうこう、なんて小難しいことは書く必要はないか。
 自らの実を明け透けに語るというより、それでもなお虚に留まろうとする意志の窺えた作品だった。

 今日のツイキャス、丸山交通公園のウキウキラジオなどを聴いても、なかなか好調とは言い難い丸山君だが、それでもなおこうやってワンマンショーの舞台に立つ彼はやはり見物だ。
 ああ、面白かった!!
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2018年06月02日

百物語の館

☆百物語の館

(2018年6月2日15時開演/誓願寺2階講堂)


 日本怪談研究と朗読公演の一座「百物語の館」の朗読公演を聴きに、新京極の誓願寺まで足を運んだ。
 あいにく(?)の晴天だったが、今回の演目は梅雨時ということで、雨や水にちなんだ作品が並んだ。

 まずは、岡本綺堂の同名作品による『河童小僧』(喜多はも台本)。
 五月雨の降り続く中、侍はドンドン(溜池からの水が流れる堰)辺りで一人の小僧を見かけるが…。
 亀山笑子さんは会の皮きりに相応しく丁寧に読み上げた。

 続いては、新御伽婢子による『宗玄火』(仙崎耕助台本)。
 壬生寺を舞台にした怪異譚で、高杉詩音さんは透明感のある声質で端正な読みを披露した。
 壬生寺は近所なのだけれど、不勉強ゆえこういった逸話があるとは知らなかった。

 前半最後は、上田秋成の雨月物語による『吉備津の釜』(大道悠姫台本)。
 前妻の恨みつらみが身持ちの悪い女好きの男を破滅に至らしめるという、おなじみの怖ろしい話。
 三輪涼さんはここぞというところで表現のデフォルメを効かせ、物語を盛り上げた。

 ここで、ちょっとした休憩を挟み、怪談研究者で百物語の館の元締である堤蛇彦先生と美術史家の鈴木堅弘さん『牡丹燈籠』に関するトークを繰り広げる。
 こうやっていろいろと学べるところも、この百物語の館の愉しみの一つだ。

 後半は、百物語の館オリジナルで鰆屋塩見台本による『紫陽花の君』から。
 現代を舞台にした、甘酸っぱく切ないストーリーで、柚木琴音さんの声質や淡々とした読み方にぴったりだと感じた。

 最後は、今昔物語による『鬼一口』(藤原有津馬台本)。
 在原業平がらみのエピソードで、黒川茜さんのウェットさを含んだ語り口にあっていた。

 と、今回も各人各様の朗読を愉しみました。
 ああ、面白かった!!
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2018年05月27日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演24

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演24

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:横山清正
(2018年5月27日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 肉を斬らして骨を断ち、骨を斬らして髄を断つ。
 ではなく、骨を斬らして肉を断ち、髄を斬らして骨を断つ、とは小林秀雄流の批評術に対して花田清輝が言い放った自己の批評家宣言であるが、まさしく今夜の丸山交通公園ワンマンショーの丸山君にはそうした無手勝流儀、首が飛んでも笑わせてみせるのおもむきがあった。

 久しぶりに足を運んだ丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演24は、いつもの如き近況報告のトークなどなく、いきなり新ネタの『24世紀の21世紀学〜スモウについて〜』が始まる。
 丸山交通公園ワンマンショーでは、初期の頃から中心の一つとなっている、24世紀という未来の視点から21世紀(現在)の諸事を考察してみようという講義形式のネタである。
 その名の通り、昨今何かと世情を賑わしているスモウ、大相撲がテーマで、例の式守伊之助だとか京都府舞鶴市の騒動だとか日馬富士の問題だとかを織り込みながら、どんどん話はスケールを増して行く。
(これまた昨今話題のアメフトもくすぐりの一つとなっていた。そういえば、ピンクのネクタイにジャケット姿とまるで日大の監督のような格好を丸山君はしていたんだけど、ネタ中では一切触れられてなかったなあ)
 まさしく荒唐無稽という展開だが、そこに哀しみのようなものが窺えてしまうのが丸山君らしい。

 で、後半はこの『24世紀の21世紀学〜スモウについて〜』すらも伏線にしてしまう、やっちゃけ、必死のぱっちのネタがさく裂。
 今、自分は本当にスランプなんですわ。
 と、丸山君が嘆くぼやく吐露する激昂する…。
 先日の京都コントにまつわるエピソードなどを盛り込むわ、途中アクシデントが見事に決まるわと、葛西善蔵もびっくりの私小説、ならぬ私ワンマンショーぶりに大きな笑いが起こっていた。
 こちらも当然笑ってしまったなあ。
 もちろん、私小説=私ワンマンショー=事実・真実ってこっちゃないことは、言うまでもあるまいが。

 さらに、ゲストの横山清正君との小劇場のアフタートーク風のトークもお互いの柄によく合っていて、これまた大いに笑ってしまった。

 以上、足を運んで正解の丸山交通公園ワンマンショーだった。
 ああ、面白かった!!!

 ところで、魂だのなんだのとふざけたことをぬかす奴はどこのどいつだ。
 聴いていて、本当にむかっ腹が立ってきた。
 スリッパで頭ひっぱたいたるぞ!!!
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2018年04月23日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演20

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演20

 出演:丸山交通公園
(2018年4月22日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 日曜14時からのツイキャス『ウキウキラジオ』は何度か愉しんでいたものの、ここのところ生の丸山交通公園君に接していない人間としては、まさしく干天の慈雨。
 とまで記すと大げさに過ぎるけど、やっぱりワンマンショーがあるならマスト、ということで、2ケ月ぶりとなる丸山交通公園ワンマンショーを観にJR二条駅近くのK’s office-京都二条の館-までおっとり刀で足を運んだ。

 さて、20回目となる新作ネタおろし公演は『北朝鮮の漫談家』と『ドラゴンボールの話』の二本。

 まず、先週終わったコント公演の打ち上げの席で、「また次の公演観に行くよ」「また会おう」と語り合った熱も醒めぬ間の今週というのに、関係者が一人も来ていないのはどういうこと?
 と冒頭のトークで語って早速大きな笑いを生み出す。
 で、一本目の『北朝鮮の漫談家』へ。
 北朝鮮の住みます芸人となった男、どうすればかの地に受け入れられるかと悩みに悩んだ末思い付いたネタというのが…。
 といった展開を辿る新作で、当然時事性、諷刺性も加味された作品なんだけど、それより何より道化の魂というか、人前で笑いをとることへの丸山君の想いがそこここに垣間見られた内容となっていたのではないか。
 ラストも丸山君らしい。

 続く二本目の『ドラゴンボールの話』は、ふと『ドラゴンボール』に興味を持った丸山君だったが、漫画全巻読むのもテレビアニメのDVD全部を観るのもいかんせん無理がある。
 と、そこで、僅かなお金で『ドラゴンボール』の世界を知ることのできるあるものを発見した。
 それは何かといえば、ハリウッドで製作された『ドラゴンボール』の映画で…。
 正直、世代的にはどんぴしゃなれど、橋本潮が歌うテレビアニメのエンディングテーマ『ロマンティックあげるよ』が大好きな以外は野沢雅子が主人公の声をやっている程度しか知らない当方にとっても興味津々なテーマのネタだが、まあ噂に名高い、ではない名低いハリウッド版を選んだ段階で勝ちは見える。
 原作とはたぶん似ても似つかぬだろう荒唐無稽なつまらないあらすじを語って聴かせる、丸山君の語り口の面白いこと。
 だめさの中のだめさの指摘もばっちりで、いやあおもろおかしかったなあ。
 ああ、面白かった!!

 そして、次回の丸山交通公園ワンマンショー・丸山君の新作が本当に愉しみだ!!
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2018年03月23日

気持ちのいいチョップ第4回公演『メン・イン・ブラック』

☆気持ちのいいチョップ第4回公演『メン・イン・ブラック』

 作・演出:飄々舎
(2018年3月23日/social kitchen)


 横山清正、小川晶弘という演者二人にマネージャーの葛川友理を加えて活動を続けてきた気持ちのいいチョップだが、小川君がこの春から東京へ移ることとなった。
 そんな気持ちのいいチョップの一区切りを記念して開催されたのが、飄々舎の面々を作・演出に迎えた第4回公演『メン・イン・ブラック』だ。
 自らの声の出演はひとまず置くとして、月面クロワッサン時代より慣れ親しんだ(あれこれ迷惑をかけた)二人だもの、やはり足を運んでおかなければ。
 ということで、青空の下、烏丸鞍馬口近くのsocial kitchenまで自転車を走らせた。

 まずは、12時より開演のオリジナル版から。
 名は体を表すじゃないけれど、映画『メン・イン・ブラック』を下敷きにしていることは言わずもがな。
 そこに、飄々舎らしい京都ネイティブな感覚が盛り込まれたり、小川君への惜別の辞が刻み込まれたりと、革新汎、もとい確信犯とでも呼びたくなるようなよい意味であざとい茶番劇が仕組まれていた。
 横山小川両君もそんな意図によく応えて(堪えて?)、熱演を繰り広げた。
 途中、あかごひねひねもエチュード・シーンに参戦した。
 それにしても、横山君の声ってやっぱり千葉繁に似てるなあ。

 休憩を挟んで、13時より吹き替え版。
 ヨーロッパ企画の諏訪雅、永野宗典のお二人をはじめ、横山小川両君や飄々舎と縁の深い方々が吹き込んだオリジナル版の台詞の録音にあてて、横山君と小川君が演技を行うというもの。
 丸山交通公園のアクロバティックな声技、横山清隆(清正父)の昭和の名脇役風のエロキューションなど印象深い。
 で、当方はといえば恥じ入るばかり…。

 14時よりは、飄々舎エディション。
 ひつじのあゆみも加わって、ディベートだのエチュードだのをやりちらかすという飄々舎がかつて行ったイベントのショート・バージョンで、これは観ているよりも参加したいとついつい思ってしまう内容だった。

 と、盛りだくさんな3パターンでした。
 ああ、面白かった!!
 そして、気持ちのいいチョップよ、また会う日まで!!
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2018年02月25日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演19

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演19

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:横山清正
(2018年2月25日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 二週続けての丸山交通公園ワンマンショーは、新作ネタおろし公演の19回目。
 ゲストはもうおなじみ、丸山君の盟友であるじゃがたらじゃがまさこと横山清正だ。

 定刻19時半に二人が舞台へ。
 近況報告などを掛け合いで語って笑わせる。

 で、まずは丸山君のネタ『金の亡者』から。
 最近の話題、とくれば当然冬季オリンピック。
 冬季オリンピックってなんじゃいと、丸山君はぐいぐいそのおかしさ、不可思議さに突っ込んでいく。
 すると、途中で方向が変わる。
 このなんでもかでもオリンピック、みんなではしゃごうオリンピックというのりは、高校時代の文化祭のクラスの面々に通じるのではないか…。
 と、ここから怒濤の如く、丸山君の記憶が発火して大きな笑いを生んだ。
 なお、オチは落語の如く題名によるもの。

 続いては、丸山君が書き下ろした本による横山君の一人芝居。
 紙に書いた言葉を売り付ける、自称路上詩人のお話。
 だが、この路上詩人、いらっしゃいいらっしゃいという口上はまさしく啖呵売。
 いわゆる『男はつらいよ』・寅さんの流儀である。
 ところが、この男、やることがどうにもせこくって…。
 横山君といえばもともと北海道出身で、それが江戸っ子口調を使っているものだから、まずもってそのギャップが笑える。
 しかも、横山君は全身汗まみれの全力投球だ。
 一見滑稽の極み、その実おかかなしい話であった。

 三本目は、丸山君が再び登場し『ざっくり日本の歴史』を講じた。
 丸山交通公園ワンマンショーでは初期の頃よくとられていた講義形式のネタで、4万年前に滅んだ日本という国ついて語るという体で話は始まる。
 もちろんそこはワンマンショーのネタ、日本の歴史が漫然と紹介されるわけもなく。
 筒井康隆の短篇小説を読んでいるかのような、落語の『源平盛衰記』を聴くかのような、あちゃこちゃらへと歴史が飛ぶ飛ぶ、嘘偽りが並べられる…。
 そして、最後はワンマンショー自体、丸山交通公園自身へと語りは収斂されていく。
 まさしく、丸山交通公園ワンマンショーらしいネタとなっていた。

 最後は、再び横山君を交えてのトーク。
 おかしく語ってショーを〆た。
 ああ、面白かった!!

 ちなみに、3月のワンマンショーは1回程度とのこと。
 その分、練りに練ってパワーアップをはかるそうで、4月からの丸山交通公園ワンマンショーがますます愉しみだ。
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2018年02月18日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演18

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演18

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:しらとりまな
(2018年2月18日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 前回観逃してしまった丸山交通公園ワンマンショーだが、新作ネタおろし公演の18回目となる今夜は、しらとりまながゲストに迎えられていた。

 で、しらとりさんを紹介し、軽い近況報告(安住の地を観に行ったが、京都マラソンのせいで自分が走らされるめにあったということと、出演した大阪での公演について)ののち、一本目のネタ『地下アイドル探訪−インタビュー編−』に入る。
 地下アイドルのイベントを訪れた昨年の続編で、今回は一歩進んで地下アイドルへのインタビュー…。
 をやるつもりだったが、結局インタビュー相手が見つからず、自分でインタビュー内容を考えてしまったと種を明かす。
 本当は、長めのネタを準備したのだけれど、時間配分を考えるとこれは無理と悟り、短く流したとのことで、このために用意した原稿とプロットノートの一部を目にすることもできた。
 ワンマンショーにかける丸山君の意欲がよくわかる。

 続いては、しらとりさんの一人芝居。
 恋愛したい結婚したい、という願いは強いのにそれがどうしてもかなわない女性の焦りを描いた作品。
 まさしく同世代の等身大の女性像がよく描かれていた、というか、しらとりさんの想いがよく表わされていたが、そこは伊達に演劇経験を重ねてきたわけではない物語の紡ぎ手である、歌を歌ったり、ある本の一節を利用したりとデフォルメを効かせ、笑いにも事欠かない小品に仕上がっていた。
 この間観る観る詐欺を繰り返している、しらとりさんの本公演を今年こそは拝見したい。

 ちょっとした二人のトークを挟んで、最後は丸山君の『私が代わりに観てきましたー八年越しの花嫁ー』。
 どうやら人気はありそうだけど、ワンマンショーに集まるお客さんにはなかなか接する機会がなさそうな映画を丸山君が観て、浜村淳よろしく解説して聴かせようというシリーズの第二段である。
 今回取り上げられたのは土屋太鳳と佐藤健主演による実話をもとにした『八年越しの花嫁』で、いやあこれは抱腹絶倒、次々と笑いが巻き起こる、大ネタとなっていた。
 張り扇をぽんぱんと叩きながら丸山君は舌好調。
 きちんと映画の設定やら筋運びを押さえながらも、そこに自らの深読み裏読み斜め読みをたっぷり付け加え、この『八年越しの花嫁』のとんでもぶりを余すところなく説明し尽くしていく。
 佐藤健演じる八年越しに愛する人を待ち続けた主人公が××だろうと指摘するあたりは丸山君の読みの真骨頂。
 そして、大団円に到るファンタジックな展開への強烈な突っ込みには特に大きな笑い声を上げてしまった。
 丸山君のこのシリーズ、バラエティに富んだ作品を選びながら今後もどんどん続けていって欲しい!

 と、いつも以上に笑いに満ち満ちたワンマンショーでした。
 ああ、面白かった!!!
 皆さんも、ぜひ一度丸山交通公園ワンマンショーへ!!
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2018年01月20日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演16

☆丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演16

 出演:丸山交通公園
(2018年1月20日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 昨日までは、なんと僅か一人だけの予約。
 これは丸山交通公園ワンマンショーにとって最大の危機到来か!?
 と、心配していたが、今日になってこちらも足を運ぶ目途がつき、その後も予約は増えて、蓋を開ければほぼ満席の入り。
 と、いうことで本当に何より。

 で、新作ネタおろし公演の16回目となる今夜はいつもと趣向を変えた「丸山交通公園のワンマン・ショート・ショー」。
 30分ほどネタが二つ続く丸山交通公園ワンマンショーだけれど、今回は5分ほどのネタが6つとお客さんから集めた質問に丸山君が答える質問コーナーという番組となっていた。
 ネタの題名を参考までに記すと、「5分のネタが始まるよ」(非常に短い近況報告に続いて、今夜の趣向をお知らせする意味も込めたネタ)、「天皇の漫談」、「落語大好き その1」、「落語大好き その2」、「座りたい」、「日本に欲情する男」。
 公演案内の紙に書かれている如く、いわゆる下ネタが大きな位置を占めていたが、それにとどまらず不条理風というか消耗の笑いを扱った「座りたい」もあれば、自らの落語好きを巧く活かしたその名も「落語大好き その1」「その2」もあるなど、丸山交通公園という人物のエッセンスが凝縮されており、バラエティにも富んでいる。
 中でも、上方落語界の巨塔、じゃない巨頭桂文枝師匠に敬意を表した「落語大好き その2」のネタのさばきっぷりは笑ったなあ。

 と、新たな趣向を愉しんだ丸山交通公園ワンマンショーだった。
 ああ、面白かった!!
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2018年01月13日

丸山交通公園ワンマンショー新作ネタおろし公演15

☆丸山交通公園ワンマンショー 新作ネタおろし公演15

 出演:丸山交通公園
(2018年1月13日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 いやあ、寒い寒い。
 本当に寒い。
 寒さがとてつもなく厳しい京都だが、JR二条駅近くにあるK’s office-京都二条の館-には、丸山交通公園ワンマンショーのコアなファンが集まっていた。

 新年一発目となる今夜は、新作ネタおろし公演15。
 丸山交通公園君出ずっぱりということで、まさしくワンマンショーである。

 で、定刻19時半頃につつがなくショーはスタート。
 ここのところ、大阪は吹田で芝居の稽古に勤しんでいると近況を語って笑わせてから、自然とネタの『あけまして…』へ。
 あけまして、と新年の挨拶をしようと思ったが、どうにも挨拶ができないと語る丸山君。
 さて、その理由とは…。
 丸山交通公園ワンマンショーの新年にぴったりな「論理」が繰り広げられていた。

 水分補給の小休止を挟んだ後半は、『成人式オブザデッド』。
 とある市の市長が明日に控えた成人式に頭を悩ませている。
 今年もまた新成人どもらに暴虐の限りを尽くされてしまうのか…。
 といった感じの設定で始まる、一人コント、というか誉め言葉として「小芝居」と呼びたくなるような内容だ。
 なんだか市長が『仁義なき戦い』の金子信雄やら何やら風に見えてくるのはご愛嬌。
 また、市長が新成人に悪口雑言並びたてるところなど、丸山君らしい展開になっていた。
 途中、丸山君のあまりの迫真の演技に思いもよらないサプライズ(アクシデント)が起こったりしたものの、それも巧くネタに織り込んで無事乗り切った。

 と、ワンマンショーの一年の門出を祝うに相応しい回だった。
 ああ、面白かった!!
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2017年12月18日

THE JOKE AND MO'S vol.2

☆THE GO AND MO’Sの番外公演 その2
 「THE JOKE AND MO’S vol.2」

 脚本・出演:黒川猛、丸山交通公園
 構成:黒川猛・中川剛・丸山交通公園
 音楽:Nov.16
 制作・他:丸井重樹
(2017年12月17日19時半開演/喫茶フィガロ)


 伏見いきいき市民活動センターで毎月『黒川の笑』を開催していることは重々承知していながら、なかなか足を伸ばすことのできないでいた黒川猛のワンマンライヴ・THE GO AND MO’Sだが、この度喫茶フィガロの冬の文化祭2017の一環として公演を行うということで、迷わず足を運んだ。
 今回は番外公演の2回目となる、THE JOKE AND MO’S vol.2。
 すでに喜劇王との映像対決にも出演し、ルドルフで黒川さんとの共演も果たした丸山交通公園がゲストとして選ばれていたのだけれど、小男ではないが痩身の黒川さんと長身でぷよっとした丸山君のコンビは、ローレル&ハーディこの方、笑いにとってはうってつけの組み合わせ。
 全編、喫茶フィガロの厨房というか、カウンターの接客側のみが使われていて、狭いスペースの中で大の男二人があれやこれややっているだけで、まずもっておかしい。
 そうそう、受付の丸井さんがいつもの如くコントのタイトルを読み上げていたのだが、これまでの会場のように影アナではなく、まんま目にすることができたのも新鮮で嬉しかった。

 で、まずはACT1の『豆好』から。
 マスター然とした黒川さんに、バイト然とした丸山君。
 まさしく喫茶店といった風情の状況のもと、二人の会話は進んでいく。
 よくもまあこんなに物を知らないものと丸山君でなくとも呆れたくなるような黒川さん、ところが当てずっぽうの答えがなかなかいいところを突いてくる。
 時事ネタをぽいぽい放り込んでくるあたりも、黒川さんらしい(ただし、北のほうのお方についての言及はなし。ちと残念)。
 設定をくるっとひっくり返して話は終わった。

 続く、ACT2の『警部と部下』は丸山君の脚本だ。
 カウンター内に転がる遺体を前にして、捜査に取り掛かる丸山君演じる警部と黒川さん演じるその部下。
 あなたマルクス兄弟はポケットからありとあらゆる物を取り出していったが、こなた警部と部下はカウンターへとあれやこれやを並べていく。
 実はその遺留品には大きな共通点があって…。
 途中、その趣向に気付くとともに、遺留品のチョイスがらしいなと思った。
 こちらも、最後に設定をひっくり返して話を終えた。

 ACT3の『カクテル』は、GOMO’Sファンならおなじみの「追い込み」ネタ。
 黒川さんが、開演前にお客さんから集めた様々な言葉=お題の書かれた紙の中から2枚を選んでもらい(選ぶのは黒川さんが指名したお客さん)、そこから何か「答え」を捻りだすというものだ。
 なにゆえ『カクテル』かといえば、バーテン風の格好をした黒川さんがお題の紙をシェーカーに入れて振りながら答えを考え、カクテルグラスにその紙を落としてまさしくカクテルであるかの如くに差し出し答えを口にするからである。
 黒川さんにしてみれば、当然すとんと答えを決めたいところだろうが、どうにも難しいお題に四苦八苦する必死のぱっちの表情がまたおかしかった。

 ACT4の『パペットクレイジーショー』は、金髪茶髪のウィッグを被り、あちゃら流の服装をした黒川さんと丸山君が、今流行りのユーチューバーも真っ青というようなショーに挑み続けるというこれまた黒川さんらしい作品。
 時にすべるも辞さない、そのくだらなさ(誉め言葉)がツボに入ること度々で思わず笑ってしまった。
 途中、ACT5として記されていた『リトルロケットマンVS金髪ツイッター』の種明かしがあったのち、最後はGOMO’Sならこれだろうという例のあれ(○○詐欺ですよ、いわゆる)で〆た。

 と、盛りだくさんの約1時間でした。
 ああ、面白かった!!

 次回のTHE JOKE AND MO’Sの開催を心待ちにするとともに、黒川の笑も一度観ておかなければと思った次第。
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2017年12月10日

丸山交通公園ワンマンショー名作選その3〜人間・丸山交通公園〜

☆丸山交通公園ワンマンショー名作選その3〜人間・丸山交通公園〜

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:玉木青
(2017年12月10日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 怒濤の三週連続となる丸山交通公園ワンマンショー。
 それでも会場は座席を増設するほどの大入りで、まさしく重畳重畳。
 今夜は丸山交通公園君がこれぞと思う厳撰したネタを再演する名作選の三回目で、副題は「人間・丸山交通公園」。

 まずはワンマンショーの生みの親と言っても過言ではないゲストの玉木青君(何せ、丸山君にワンマンショーという舞台を与えた人こそ彼なのだ)を交えてのトークから。
 丸山君の人生にまつわる30枚の紙(例えば、「靴かくし」といったトピックが書かれている)がボード一面に貼られている。
 で、その中より玉木君が気になるものを選んで、丸山君が一つ一つエピソードを語っていくというスタイルがとられていた。
 前回ネタおろしされた『ワンマンショーと私』を、さらに細分化させたものとでも呼べるだろうか。
 保育園の頃から、現在のワンマンショー期に到る丸山君の来し方が、そのエピソードの数々によって浮かび上がってくるのがおかかなしい。
 そこに、玉木君が淡々としてドライで、なおかつ鋭い茶々を入れていった。

 後半は、そうした来し方とも密接に関係する『僕の好きな先生』の再演だ。
 加古川という町の中学校で、いじいじいりいりするような毎日を送る丸山君にとってもっとも好きな先生はどういう先生だったのか?
 周囲の同級生たちや自分自身の苦い想い出にも触れながら、丸山君はじっくり語っていく。
 初めて接したときにも感じたことだが、終盤の一瞬の「逆転の可能性」とその後日譚は、山本周五郎風の時代小説に仕立てられそうなエピソードで、実に印象に残った。

 ラストは、丸山君と玉木君によるアフタートーク。
 丸山君の要所急所を的確に指摘して、安易な持ち上げでお茶を濁さないのは、やはり長い付き合いのある玉木君だからこそであろう。
 それに対する、丸山君の「前座の経験がない」(修行経験がない)旨の自省の言葉も重要だと感じた。

 と、今夜も盛りだくさんな丸山交通公園ワンマンショーでした。
 ああ、面白かった!!
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2017年12月03日

丸山交通公園ワンマンショー 新作ねたおろし公演その13

☆丸山交通公園ワンマンショー 新作ねたおろし公演その13

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:土肥希理子
(2017年12月3日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 二週続けての丸山交通公園ワンマンショーは、毎度の如く大入り。
 まずは予約制の賜物か。
 加えて、ゲストの土肥希理子さん効果もあったようで、ご新規のお客さんもちらほら。

 で、今回は新作ねたおろし公演の13回目。
 丸山君のちょっとした挨拶ののち、土肥さんが登場してオカリナを吹く。
 そう、土肥さんはオカリナ演奏でのゲスト出演なのだ。
 一曲目は、twitterのアンケート結果によるもので、ジブリ映画『千となんとか』のテーマソング(あえて詳しくは書きません。万一のJA●●●●対策)。
 スマホの音源を伴奏に、土肥さんの吹くオカリナの音色の滋味あふれること。
 あと、折り目正しいというか楷書の芸というか、彼女の演技を彷彿とさせた。

 続く丸山交通公園君の一本目のネタは、そもそも何ゆえ自分がワンマンショーを始めるに到ったかの契機について説明した『ワンマンショーと私』。
 就職活動に苦戦し、一転演劇でプロを目指したが挫折、落語家への弟子入りを志願するも拒否され…。
 といった自らの来し方を、ときに脱線を交えながらもテンポよく語って大きな笑いを生んでいた。
 ワンマンショー初心者のご新規さんにもぴったりのネタではなかったか。

 土肥さんのオカリナ演奏二曲目は、眼鏡が印象的なアンジェラなんとかの過去や未来の自分に呼びかける有名な歌。
 土肥さんはここでも丁寧な演奏を聴かせる。
 歌の内容もあって、甘酸っぱいノスタルジーを感じさせられた。

 さて、トリは丸山君の新作二本目、『私が代わりにみてきました −先生!、、、好きになってもいいですか?−』。
 あまり人が触れようとしないだろう映画、イベント等々に丸山君が足を運び、それをネタとして語っていこうというシリーズの一作で、今回は広瀬すず、生田斗真主演の『先生!、、、好きになってもいいですか?』をこれまたtwitterのアンケートにとらえる形で取り上げた。
 本来自分の映画ベストワンは、役所広司主演のあの快(怪)作『シャブ極道』という丸山君にとって、漫画原作のこの映画は相当な苦痛だったのでは…、と思っていたが、そこはワンマンショー魂、くすぐりをたっぷりと放り込んでデフォルメを効かせつつもけなすことなく全篇語り切る。
 映画語りといえばすぐに上岡龍太郎さんを思い出すわけだけれど、当然丸山君もそれを意識したネタの構成(攻勢)。
 そこに、自分が好きな落語などの仕掛け、話法語法を巧みに織り込んでいた。
 このシリーズ、これからも本当に愉しみだなあ。
 そうそう、丸山君が強調する広瀬すずのかわいさが丸山君の語りによってほの見えてきたこともおかしかったんだ。

 最後は、丸山君と土肥さんのほのわかとしたトークで〆た。

 と、今夜もバラエティに富んだ丸山交通公園ワンマンショーでした。
 ああ、面白かった!!
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2017年11月26日

丸山交通公園ワンマンショー名作選2 〜考えすぎ〜

☆丸山交通公園ワンマンショー名作選2 〜考えすぎ〜

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:髭だるマン
(2017年11月26日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 2週間とちょっとぶりとなる丸山交通公園ワンマンショーは、名作選。
 2回目となる今回は、髭だるマン君をゲストに迎え、過去のネタ2本が再演されていた。

 まずは、丸山君が登場。
 幕開けの口上代わりのちょっとしたトークから、するりと本題の『サッカーが世界を滅ぼす』に入る。
 実は初演時は丸山君の体調が非常に悪く、盟友じゃがたらじゃがまさこと横山清正君が助っ人に駆け付けたという曰く因縁付きの作品でもある。
 が、今回は冒頭から丸山君はとばすとばす。
 自分が嫌いなものから苦手なものを語り、ついでサッカーがどうして嫌いかを語って大きな笑いを巻き起こす。
 中でも、三浦和義、じゃない三浦知良の服装のセンスの喩えに倉林明子の名前を出してきたのには笑ってしまったなあ。
 後半は、サッカーが世界を滅ぼす様を語ってみせたが、すっと落とす結末も含めて落語の味わいがあった。

 続いては、暗転を挟んで髭だるマン君が一人芝居を演じた。
 喪服と思しきスーツ姿の男が一人、ただ漫然と生きて来た自分と実に出来のよい弟について語り始めたと思ったとたん、弟が亡くなって…。
 ラストのトークで内容は全然本当のことではないと語っていて、確かに設定は虚構なんだろうけど、そのモノローグ、とどめの弔辞には髭君の特性魅力というか、本質が全面に表されていたようにも思った。
 そうそう、今やしゃくなげ謙治郎君ワールド全開の和田謙二だけれど、僕はいっとう最初の公演のぼそりと面白いことを呟こうとしてるような雰囲気にとても好感を抱いたのだった。

 丸山君の2本目は、『露出狂について』。
 元立誠小学校の講堂の壇上を舞台と客席にして開催された、栄えある丸山交通公園ワンマンショー第1回目のネタである。
 2年ぶりの再演ということだが、今と違ってまだワンマンショーが講演講義のスタイルをとっていた頃の作品で、前半の露出狂を例示するあたりにその趣向がよく現れている。
 し、その露出狂のケースとそれに対する丸山君のちゃちゃの入れ方が面白い。
 そして、中間部の「虐げられた男のさらなる転落」という主題を持った一人芝居は、現在のワンマンショーにそのまま繋がっている。
 終盤は再び講義講演形式に戻り、屁理屈を屁理屈と思わせぬような怒濤の論理展開で終わった。

 ああ、面白かった!!

 さて、来週は土肥希理子さんをゲストに迎えた新作公演だ。
 こちらも愉しみ!!
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2017年11月11日

第25次笑の内閣『名誉男性鈴子』(娘編)

☆第25次笑の内閣『名誉男性鈴子』(娘編)

 作・演出:高間響
(2017年11月11日17時半開演の回/KAIKA)


 第25次笑の内閣の『名誉男性鈴子』の娘編を観に、KAIKAまで足を運んだ。
 ちなみに、『名誉男性鈴子』の初演は2015年の5月(シアトリカル應典院)。
 それまでの情実を重視するキャスティングから、演者の演技力を優先するキャスティングにシフトするなど、制作の前田瑠佳による「改革路線」が勢いを増しており、それに伴い高間上皇も劇作の研鑽を重ねていた時期の作品である。
(その前田さんが道半ばで去ってしまったことは、笑の内閣にやはり少なからぬ影響を与えた。それを初日のアフタートークゲストを引き合いに出せば、「学芸会」的なのりの中島らものリリパから「演劇」色の強いわかぎゑふのリリパに移行中だったのに、結局ゑふさんが去ってらもさんが残ったようなものと喩えることができる)

 舞台は岡山県の架空の都市、南アンタレス市(南ア!)。
 衆議院補選に出馬する現市長の指名を受けて後継市長候補となった黄川田鈴子だったが…。

 選挙に絡む人間の感情の変化を描いた作品といえば、すぐにジェームス三木の映画『善人の条件』(怪作)を思い出すが、この『名誉男性鈴子』はそれとともに、男性中心の状況で社会的進出を果たそうとする女性が結果として保守的反動的言動を繰り返し、現状肯定主義に陥る様を鋭く描いている。
 当然、フェミニズムの問題や各種格差と差別の問題について言及されていることは言うまでもない。
 と、こう記すと、何やらしんねりむっつりとしたかつての新劇的な内容を思い起こす向きもあるかもしれないが、そこは「笑」の内閣、高間響上皇である。
 時勢を受けたくすぐりをはじめ、再演にあわせた改作が徹底されたこともあり、会場には大きな笑いが巻き起こっていた。

 飄逸とした池川タカキヨ、笑の内閣の骨法をよく知った髭だるマンやしゃくなげ謙治郎、エロ親父ぶり全開の松田裕一郎をはじめ、中谷和代、熊谷みずほ、土肥希理子、諸江翔大朗、延命聡子、横山優花の演者陣も、そうした作品の意図に沿う努力をよく重ねていた。
 高間上皇の作品にとって忘れてはならない小さな集団組織の中で感情があちらこちらへと揺れ動く場面でのシリアスな演技には、その基礎的な力というか説得力を感じた。
 また、おもろおかしい部分、キャラクターが物を言う部分での健闘も讃えたいが、概してソリッドというか、硬さがあるというか、個々の経験や技量がある分なおのこと、与えられた役柄や求められるキャラクターと個々の演者の本質の齟齬、笑いをとるために頑張っていますという内面の負荷や無理が若干垣間見えてしまったことも事実だ。
 これまで何度も記してきた方向性の問題とも関係してくるが、高間上皇の作品的変化と演者陣・キャスティングの変化にどうバランスをつけていくかは、笑の内閣にとって今後の重要な課題ではなかろうか。
 大きな笑いを生んでいた公演だけに、あえて長い視点でそのことを記しておきたい。

 公演は火曜日まで。
 ご都合よろしい方はぜひ!!
 息子編を観ることができないのが本当に残念だ!!!
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2017年11月10日

丸山交通公園ワンマンショー 新作ネタおろし公演その12

☆丸山交通公園ワンマンショー 新作ネタおろし公演その12

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:横山清正
(2017年11月10日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 先週の名作選に続いて、今回の丸山交通公園ワンマンショーは新作ネタおろし公演の12回目。
 ぐっと寒さが増した京都だけれど、今夜も大入りの満員でまずは何よりだ。

 今回は盟友のじゃがたらじゃがまさこと横山清正君がゲストとして登場し、定刻19時半を過ぎたあたりから漫才風のトークで盛り上げる。

 で、まずは丸山君の『コント・野中広務が…』。
 野中広務なんて言葉が出てくるからには、政治を皮肉ったネタかしらんと思ったらそこは丸山君だ。
 もっと大きくて、なおかる小さな世界を描いたネタになっていた。
 出来立てほやほやということで突っ込みどころは多々あるのだけれど、そのチャレンジ精神こそワンマンショーの新作ネタおろしの真髄だとも思った。

 続いては、丸山君の脚本による横山君による一人芝居。
 上方よしおもかくやと思わせるヘルメットっぽいヘアスタイルに滑稽さをたたえた顔立ちと、まさしく笑いのために生まれてきたかの如き印象を持たれる方も多いだろう横山君だが、僕は前々から彼はシリアスな面でその本領が発揮されるのではないかと思い続けてきた。
 流石は身近に存在する丸山君だけはある、この一人芝居もそうした横山君の特性をよくとらまえた本となっていた。
 どうやら生きていくこと自体に辛そうな男が誰かに優しさを求めている。
 求めれば求めるほど、男はすべり続ける。
 ところが実は…。
 といった展開のお話で、中盤以降、全体のシチュエーションが明らかになってからの横山君の切れっぷりが強く印象に残った。
 熱演。

 丸山君の二本目のネタおろしは、『登山の害について』。
 芝居仲間と愛宕山登山を目指したが早々に挫折したエピソードを丸山君流に料理するのかと思っていたら、これが大違い。
 チェーホフの『煙草の害について』の如く講演風に始まり、途中で話は転調、登山客のせいで人生を滅茶苦茶にされた(と思っている)男が、こうなりゃやけくそ、堕ちるところまで堕ちてやると悪行に走ってはみたものの…。
 というおかかなしいフィクショナルなストーリーとなっていた。
 正直、前半部分では「あれ、この話ってどこかで…」と思わないでもなかったのだけれど、そこは丸山君のこと、捻りに捻りを加えてくる。
 横山君の一人芝居と同じ設定だが、こちらはコインの裏表の表、いや裏か、いずれにしても対照的なラストを迎えた。
 中でも、一人二役のやり取りに丸山君らしさが窺えた。

 最後は、再び丸山君と横山君のトーク。
 横山君の一人芝居と『登山の害について』は、最近巷を賑わせているある事件をすぐさま思い起こしてしまったのだけれど、実は二つの本がほぼ出来たところであの事件が発覚したと丸山君は語っていた。
 ううん、こういうシンクロニシティってあるものだなあ。
 まあ、丸山君が現在のアトモスフェアなりムードなりをよく受け止めているということかもしれないが。

 と、盛りだくさんの新作ネタおろし公演でした。
 ああ、面白かった!!
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2017年11月08日

ルサンチカ『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』

☆ルサンチカ『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』

 脚本:松本大洋
 演出:河井朗
(2017年11月8日19時開演の回/ロームシアター京都ノースホール)


 ルサンチカが久しぶりに公演を行うというので、初日を観にロームシアター京都のノースホールまで足を運んだ。
 今回河井朗が選んだ作品は、松本大洋の『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』。
 漫画家として活躍する松本さんだが、この『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』は劇団黒テントからの依頼を受けて執筆したもので、岸田國士戯曲賞の候補作ともなっている。
(松本さんが当方と同世代の1967年の生まれな上に、2000年に書かれた本のため、河井君や若い演者陣にとっては若干古めのタームが多用されているかもしれない)

 四人のドライバーたちが集う古びたドライブインを中心に物語は進んで行くが、そこは『鉄コン筋クリート』の作者松本さんのこと、現実と非現実、虚と実、現と夢の世界が折り重なったり、急激に跳躍を果たしたりする。
 これまで寺山修司の『星の王子さま』や清水邦夫の『楽屋』、ヴェーデキントの『春のめざめ』、レイ・ブラッドベリ原作によるイトウモの『霧笛』を取り上げてきた河井君にとってはまさしくうってつけの題材と言えるのではないか。
 実際、より精緻さを求めたいというか、手探りさを感じる部分も少なくはないが、虚の側に重きを置いておもちゃ箱をひっくり返したような邪劇性が発揮される一方、透徹した抒情性も織り込まれていたし(その点で、これまでの一連の公演と同じく近藤千紘が重要な役回りを果たしていた)、それより何より、一縷の望みというと安い表現になり過ぎるかもしれないけれど、五里霧中の閉塞した状況の中でそれでも、そうだからこそこうして表現活動を続けて行くという切実さが強く表された公演となっていた。

 上述した近藤さんをはじめ、勝二繁、村上千里、御厨亮、中田凌輔、新藤江里子、牟田健の演者陣も、河井君の意図に沿う努力を重ねており、まずはその健闘を讃えたい。
 そうそう、帰りがけのエレベーターで女性のお客さんが公演のテーマ曲とでもいうべきある歌をずっと口ずさんでいたんだけれど、もうそれだけでしめたもんじゃないんだろうか。
 ああ、面白かった!!

 なお、京都公演は明日16時の回のみ。
 また、今月24日〜26日にはSTスポットで横浜公演の予定あり。
 ご都合よろしい方はぜひ。
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2017年11月03日

丸山交通公園ワンマンショー名作選 その1『怒』

☆丸山交通公園ワンマンショー名作選 その1『怒』

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:合田団地、西マサト国王
(2017年11月3日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 前回体調不良で観ることが叶わなかった丸山交通公園ワンマンショーの新作公演だが、今回はそうした数々の新作のうち選りすぐりのネタを厳撰して再演するという名作選である。
 予約制をスタートさせたことも功を奏してか、増席まで出る満員でまずは何より。

 定刻19時半を過ぎたあたりで、丸山君とゲストの合田団地君、西マサト国王の三人が登場し(と、言っても楽屋などない場所ではあるけど)、簡単なトークを繰り広げる。
 中心となったのは、東京渋谷でのコント公演について。
 稽古を拝見したが、本番はどうだったのだろう。
 ネット上では好意的な感想を目にしたが。

 で、まずは丸山君が『無職が怒って何が悪い』を披露する。
 再演ということにはなっているが、丸山君自身が語っていた通り、ふりの部分というか、前半は上述した東京のエピソードが織り込まれるなどだいぶん書き換えられている。
 そして、肝となるのは後半。
 そら喉もいわすわ、と言いたくなるような切れ切れ切れ切れ切れっぷりだった。

 続いては、合田君と西国王が登場。
 ここでは西国王の妄想妄念が大炸裂!!
 舞台上のトークやプライベートのおしゃべりですでに知っているものもそこには含まれていたが、江戸川乱歩の「うつし世は夢、よるの夢はまこと」って言葉も真っ青になるほどの西国王のエピソードはやはりおかしい。
 もちろん、的確な距離感でそうした西国王を巧く引き立てコントロールしていた合田君の存在も忘れてはなるまい。

 丸山君のネタ二本目は、『ルサンチマン太郎』。
 ここでも世を生き難い丸山君の切実さおかかなしさが発揮されている。
 そして、先の『無職が怒って何が悪い』とともに、彼のワンマンショーネタの基本に落語があること、また上岡龍太郎流儀のべしゃりであることを改めて強く感じた。

 最後は、三人のトークで〆た。

 三者三様のおかしさ面白さが色濃く表れたショーでした。
 ああ、面白かった!!
 そうそう、丸山君手作りのポイントカードがスタートしていたのにはびっくり。
 これを機に皆さんも丸山交通公園ワンマンショーにぜひ!!
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2017年07月14日

丸山交通公園ワンマンショー 定期新作公演 その10

☆丸山交通公園ワンマンショー 定期新作公演 その10

 出演:丸山交通公園
 助っ人:横山清正
(2017年7月14日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 10回目を迎えたK’s office-京都二条の館-での丸山交通公園ワンマンショー。
 今回は、助っ人に丸山交通公園ギャルス第1号の横山清正を迎えての新作一本勝負だ。

 定刻19時半頃、ちょっとしたやっさもっさのあと丸山君、続いて横山君が登場する。
 と、言っても、舞台と演者の控室って全くないから見え見えじゃあるんだけどね。
 自分を知らない人もいるだろうからと、箇条書きにした紙を見せつつ、横山君のトークがスタート。
 まずは、自分が「ギャルス」はないだろうとかませてみせる。
 その後も丸山君がちゃちゃを入れつつ、横山君がボケの入った話を続ける。
 ローレル&ハーディの「極楽コンビ」と評せばほめ過ぎだけど、気心の知れた二人だけに軽快なやり取りである。

 で、よい頃合いで丸山君のワンマンショーのネタへ。
 今回は『素人、怪談を語る』と題して、夏の風物詩「怪談」に挑んでみせたが、まあそこは丸山君のことだ。
 はじめ、出来の悪い怪談を発表したあと、怪談に関する解説蘊蓄が加わり、はじめの怪談のリライトしたものを聴かせる。
 が、これではまだだめだと、今度は自分自身の経験を…。
 怪談のそこここに来し方が見えるのが丸山君らしい。
 そして、丸山君の散文の書き手としての才能を改めて知る思いもした。

 と、これだけで終わっては助っ人を頼んだ意味がない。
 丸山君の怪談講義を受けて、何か語ってみなさいとふられた横山君、自分のかつてのエピソードを…。
 ここでも横山君のフラが十二分に発揮されていた。
 特に、「うそーん!」のインパクト!

 などと、今夜も盛りだくさんの丸山交通公園ワンマンショーでした。
 次回も愉しみなり。
 ああ、面白かった!!

 そうそう、明日16時からKAIKAで今日と「同じ題名」のネタを披露する予定です。
 今夜聴き逃した方は、ぜひにぜひに!!
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2017年06月24日

丸山交通公園ワンマンショー 第9回定期公演

☆丸山交通公園ワンマンショー 第9回定期公演

 出演:丸山交通公園
(2017年6月24日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 回を重ねてK’s office-京都二条の館-での丸山交通公園ワンマンショーの定期公演も9回目。
 これまでの8回も丸山君の人となりがよく表れたワンマンショーであり、ネタであったのだけれど、今回はまさしく丸山君の今現在を体現したような会となっていた。

 まずはスタートのトークから。
 努力クラブの公演が終わり、ここのところ精神的にどうも調子が悪いといった具合で話し出した丸山君だが、かつての低調時代の家族とのエピソードで大いにわかせる。

 と、程よいところで一本目のネタ『テロの準備をしてみます』。
 に入ったのだけれど、実はこの題名、客を増やす、それも警察関係の人たちを呼び込む目的があったと打ち明け(?)、『警察大好き!』というネタをやることにすると宣言する。
 という体。
 で、警察に対するシニカルな視点のエピソードをあれこれと繰り出したが、繰り出しつつ、そこに冒頭のトークにもあったような丸山君の来し方が重なってもいた。

 小休止を挟んだ二本目は、『おれの童話をきいてくれ』。
 ようやく自分の童話をきいてくれるひとに出会えた、と一人芝居風の始まりだ。
 子供の頃から童話を読み続け、愛し続けてきたおかげで人生を狂わせてしまったという男は、ついに反転、今まで世に知られてきた童話は子供にとってろくなものではないと思い改め、自ら童話を作った、その童話をきいてくれと乞う。
 その童話とは、意地悪じいさんが村の狭い世界に倦み疲れ、村を飛び出し彷徨したのち、再び村に戻って死んでいく…。
 まさしく丸山君らしい「タナトス」に満ちた内容となっていた。
(とともに、先日観たばかりの『馬鹿が戦車でやって来る』のサブのことをふと思い起こす)
 そして、語られる童話のそこここにこれまたトーク、一本目のネタと通じるペシミズムが色濃く示されてもいた。

 正直、ただただ笑ってはいられない内容でもあったのだけれど、それもまたワンマンショーに接する醍醐味とも思わないではない。
 まさしくワンマンショー。
 丸山交通公園ならではのショーである。
 ああ、面白かった!!

 さて、次回はどんなショーとなるか。
 皆さんも一度ぜひ!!
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2017年06月13日

努力クラブ持ち寄りコント公演『小騒動』

☆努力クラブ持ち寄りコント公演『小騒動』

*コントを書いたり演出したりする人たち
稲森明日香、合田団地、坂口弘樹、西マサト、福井裕孝、丸山交通公園、向坂達矢

*コントに出る人たち
稲森さん、合田君、坂口君、佐々木峻一、沢大洋、西さん、福井菜月、丸山君、向坂君、矢口翔大

(2017年6月13日18時開演の回/アトリエ劇研)


 ちっぽけなコントのなかにこめられているエネルギーは、しばしば、厖大なロマンのそれを凌駕する。
 とは、twitterの花田清輝botがときおりツイートする一文である。
 などと、こういった言葉を文章のしょっぱなに掲げることほど、嘘くさいものもないんだけれど、努力クラブの持ち寄りコント公演『小騒動』に接したら、やっぱりこの言葉を捧げたくなってしまった。

 その名の通り、『小騒動』は、努力クラブの合田団地をはじめ、稲森明日香、坂口弘樹、西マサト、福井裕孝(彼は出演せず)、丸山交通公園、向坂達矢がそれぞれのコントを持ち寄って、自作を演出するとともに、他人の作品や自作にも出演するという公演企画だ。
(ただし、福井君は出演せず)
 で、『限りなく先を行く人たち』(坂口君作)、『内緒のお菓子の秘密』(合田君作)、『わたしは』(稲森さん作)、転換時の稲森さんによる一人ナウシカを挟んで、『penguindam』(福井君作)、転換時の沢さん、丸山君による大相撲を挟んで、『芝浜がやりたい』(丸山君作)、『女の裸が観たいマン』(西さん作)、『アトリエ劇研8月に閉館するってよ、夏。1993〜劇場霊〜』(向坂君作)の計7本のコントが上演されたのだが、いやあ、これは本当に密度の濃い公演になっていた。
 当然選りすぐりのコントだけにくすぐりも豊富で、要所要所で大いに笑った。
 いや、大いに笑ったけれど、単に脊髄反射的な笑いに留まらない、個々の作者のこれまでの経験蓄積が存分に発揮された仕掛けと含みに満ちたコントに仕上がっていたこともまた事実である。
 そして、ときに遠まわしにときに直接的に表されるコントの作り手たちの表現表出欲求や切実さ痛切さもあって、帰路それじゃあお前は表現者の一人としてどうするのかと匕首を突き付けられたような感情に陥ってしまったりもした。

 上述したコントの作者たちが絶妙な演技を披露していたことは言うまでもないが、加えてハゲを継ぐ者沢大洋(いろいろ事情があるのは重々承知しているけど、社長がお茶くみするような真似をあと少し抑えて、もうちょっと舞台に立ってもらえないものか。あまりにも惜し過ぎる)、福井菜月、矢口翔大(ヴァイオリン!)も大活躍。
 ほかに、前口上後口上などで佐々木峻一が自慢の大音声を発した。

 いずれにしても、観に行って大正解の公演でした。
 これでもっとお客さんが集まっていたら。
 それがどうにも悔しい。
 ああ、面白かった!!!
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2017年06月11日

ドキドキぼーいず#07『生きてるものはいないのか』

☆ドキドキぼーいず#07『生きてるものはいないのか』

 脚本:前田司郎
 演出:本間広大
 演出助手:高嶋Q太
 稽古場助手:小原藍
(2017年6月10日18時の回/アトリエ劇研)


 死ぬのが怖い。
 物心ついたときから、自分が死ぬこと、自分という存在がこの世から消えてなくなってしまうことが怖くて怖くて仕方なかった。
 遂には怖さが高じて、気がつけば、授業に出ても、バスに乗っても、食堂に入っても、劇場に足を運んでも、ああ自分も含めてこの場にいる人間全てが死んでしまう、というか、生あるものはいずれ全て死んでしまうのだと考えてしまうようになっていた。
 よりよく生きれば死の恐怖などどこかへ…、などと思いながらも、結局死の恐怖から逃れることはできず、まもなく48歳を迎えようとしている。

 初演の演劇計画2007(前田司郎自身の演出/2007年10月19日、京都芸術センターフリースペース)に加え、十八番座第1回公演(清水航平演出/2012年4月15日、京都造形芸術大学高原校舎Aスタジオ)と、これまで二度その実演に接してきた前田司郎の『生きてるものはいないのか』は、そんな死を恐れる人間にとってとてつもない恐怖を与えたのではないか。
 なにせ、登場人物全員、というより地球上に存在する全ての人間(生命)がどうやら死に絶えてしまうという内容のお話なのだから。
 が、実際はそれほど恐怖を味わうことはなかった。
 いや、陸続と命を失っていく登場人物たちの姿に当然、死ぬということや生きるということについて考えなかったといえば嘘になるのだけれど、常日頃死について考えている人間にとってそれはあまりにも当為のものに過ぎて、激しい恐怖に繋がることはなかったのである。
 それに、初演時は、前田さん流の暗さを伴う滑稽さやさらっとした意地の悪さを愉しみつつも、何か手探り感もあって、黒澤明の『赤ひげ』や筒井康隆の『死にかた』と比較してその微温的な作品世界に物足りなさを感じたことも事実だった。
 一方、十八番座は無手勝流の悲しさ、粗さ拙さが目立ったが、必死のぱっちの真摯さには大いに好感を覚えた。
 そうそう、初演の際にエイコ役を演じた宮部純子が前田さんの作品世界によく沿って水を得た魚のような演技を披瀝していたんだけど、演出演者ともに初演時の映像に触れていないにもかかわらず、十八番座のエイコ役の松浦倫子が宮部さんを彷彿とさせるような演技を行っていたことが強く印象に残っているんだった。

 で、三回目となるドキドキぼーいずの『生きてるものはいないのか』は、本間君の演出に演者の顔触れも加わって、初演や十八番座と比べて、スタイリッシュでスマートというか、均整のとれた舞台に仕上がっていた。
(などと書くと、映画版を思い出す向きもあるかもしれないが、あれは全くの「別物」だ)
 と、言っても、もちろんシリアスに傾いているというわけではない。
 それどころか、早めのテンポで繰り広げられるやりとりに演者陣渾身の「死に様」は、よい意味での邪劇臭に満ち満ちており、当方が観た回でも大きな笑いが起こっていた。
 しかしながら、というか、だからこそ、生きるということや死ぬということについて、改めていろいろと考えさせられたことも事実である。
 死の恐怖を払拭することはどうしてもできないけれど、少なくともよりよく生きたいとは思えた。
(あと、初演から約10年が経つということも大きいが、劇中、現実に起こった出来事が明示されていた点は、本間君らしいと感じた)

 ヰトウホノカ、菅一馬、ガトータケヒロ、藤原美保、浅野芙実、大石達起、FOペレイラ宏一朗、佐藤和駿、望月モチ子、葛井よう子、松岡咲子、勝二繁、川上唯、西村貴治、西川昂汰、黒木陽子、諸江翔大朗、黒木正浩(以上、公演プログラム記載順)の演者陣は、技量経験の長短や笑いに対する素養の差、テキストの持つアトモスフェア(地方都市が舞台に設定されているものの、戯曲自体は明らかに「東京」が色濃く反映されたものだ)との齟齬は個々見受けられたが、本間君の演出に沿いつつ、各々が演じる登場人物を「生き生き」としたものにするための努力を重ね、まとまりのよいアンサンブルを築いていた。
 とともに、それぞれの特性魅力、さらにはその人自身の来し方もよく表れており、その点も非常に興味深かった。

 公演は残すところあと二回。
 演者陣の皆さん、無事千秋楽まで舞台上で生き切って死に切ってくださいね。
 ああ、面白かった!!
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2017年06月09日

丸山交通公園ワンマンショー 第8回定期公演

☆丸山交通公園ワンマンショー 第8回定期公演

 出演:丸山交通公園
(2017年6月9日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 約2週間にわたる第24次笑の内閣『春のツレウヨまつり』を無事終えて、今は努力クラブのコント公演『小騒動』を間近に控えている丸山交通公園がワンマンショーの定期公演を決行した。
 今回は、『初夏のツレウヨあとのまつり』の大ネタ一本勝負。
 笑の内閣の高間響上皇を筆頭に、ツレウヨの出演者が居並ぶという結構シュートな客席だったが、そこは丸山君、果敢に攻めていたのではないか。

 いつもの近況報告は阪神高速の豚脱走について軽く触れた程度。
 むろん、そこに丸山君らしい視線は十分窺えたが。
 で、早速ツレウヨのネタに入る。
 まずは、本番までの経緯などからネタは始まる。
 例の降板騒動やらクラウド・ファンディングに関して丸山君なりの観方・考え方を示したあたりに、ついつい笑ってしまう。
 それから、舞台は全ての公演が終わったあとの打ち上げの席へと移る。
 打ち上げに参加したある人を相手に丸山君が切々と語っていくという設定で、その飲みっぷり酔いっぷりに、彼の落語好き具合がよくわかる。
 炊き出しの話をはじめ、小劇場(の演者陣)への鋭い指摘などここでもついつい笑ってしまったのだけれど、やはり話の肝は後半。
 演劇を続けられなくなって、実家に帰り…。
 といった展開に、演劇と小説の違いがあるとはいえ、ぐっと身につまされる。
 中でも終盤には、ヒッチコックの『鳥』と小津安二郎の『小早川家の秋』を想起させられた。

 いずれにしても、丸山君らしさがよく出た長講一席だった。
 ああ、面白かった!!
 そして、来週の月曜火曜に開催される努力クラブの公演へ皆さんもぜひ!!
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2017年06月02日

N₂ Tab.2『火入れの群』

☆N₂ Tab.2『火入れの群』

 作・演出:杉本奈月
(2017年6月2日15時半開演の回/アトリエ劇研)


 黒澤明の作品の一つに、シェイクスピアの戯曲『マクベス』を下敷きにした『蜘蛛巣城』がある。
 エンターテイメントと実験性の強いシリアスな作品が混在する彼の映画の中で、映像演技の両面においていわゆる「表現主義」的表現が駆使された『蜘蛛巣城』は、当然後者に属しているといえるだろう。
 特に、そのラスト、何本もの矢によって死に追いやられる鷲津武時と、何度洗っても手から血がとれない、嫌な血だと恐れおののくその夫人浅茅の姿には、三船敏郎と山田五十鈴の迫真の演技も相まって、妄執による狂気、自我の崩壊、人の深淵を強く感じざるをえない。
 けれど、そうでありながら、黒澤明自身の強烈な表現欲求もあってか、それら妄執、自我、破滅が単純な勧善懲悪的に否定されるもののように見えないあたりもこの『蜘蛛巣城』の興味深い点である。
 しかも、上述したようなシリアスなシーンは、過度過剰に真摯さが徹されれば徹されるほど、わざとらしさ不自然さ力みが強調され、ある種の滑稽さが生じてしまってもいる。
 きれいはきたない、きたないはきれい。
 という『マクベス』の台詞ではないが、本来ならば相反するような要素が曖昧模糊とした形ではなく、それぞれ剥き出しのままに並置されているのが『蜘蛛巣城』の特徴の一つだ。

 そうした『蜘蛛巣城』と、「書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み」と付言されたN₂のTab.2『火入れの群』を短絡的に直結させて考えるとすれば、あまりにも荒唐無稽で牽強付会に過ぎるだろう。
 それどころか、『蜘蛛巣城』と『火入れの群』は、表現様式や劇的構成においても、創作意図においても、大きく異なるものである。
 アトリエ劇研という場で公演を行うことへの留意を含めた数々のテキストの引用や、先達からの演劇的手法の援用を通して試みられているのは、ときに演じる者や観る者への鋭く際どい揶揄すら辞さない、演劇・表現活動そのものへの批評的で実験的なアプローチである。
 そしてそれは、慎重なほどの「私」性・「自己言及」性の排除と言い換えてもよい。
 と、こう記すと、ただただ難解で厄介な作品世界を想起する向きもあるかもしれないが、演者間の音楽的な掛け合いもあってあえてスケルツォと呼びたくなるような諧謔性にも富んでいるし、逆に演者の身体性も利用した抒情的な表現にも欠けていない。
 一筋縄ではいかないが、観どころ考えどころに満ちた作品といえる。
 しかしながら、そうであっても、そうだからこそ、杉本奈月という劇の造り手の試行と思考、志向と嗜好が明確に表されていることも厳然とした事実だ。
 一方で、演劇という表現活動は、他者との共同作業でもある。
 ナカメキョウコ、岡村淳平、森谷聖の演者陣は杉本さんの意図に沿う努力を重ねながら、いや重ねるからなおのこと、その個性魅力(ナカメさんの美しさ、岡村君の飄々然とした感じ、森谷さんの陽性)、個々人の課題、さらにはテキスト・演出との齟齬を如実に露わにしていたのではないか。
 自己は自己であって他者でもあり、他者は他者でありながら自己でもある。
 きれいはきたない、きたないはきれい。
 様々な葛藤、せめぎ合いが曖昧模糊として中途半端な形で折り合うのではなく、結果必然的なものとして存在する点もまた、この『火入れの群』という作品の持つ特性であり成果のように感じた。
 そして、その一点で『火入れの群』と『蜘蛛巣城』は相通じている。

 いずれにしても、僕は表現活動に携わる一人として大いに刺激を受けることができた。
 ああ、面白かった!!
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2017年05月25日

第24次笑の内閣『日・米・韓 春のツレウヨまつり』アメリカ編

☆第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』アメリカ編

 作・演出:高間響
 ドラマトゥルク:神田真直
 演出補佐:小原藍、吉岡ちひろ
(2017年5月24日19時開演の回/アトリエ劇研)


 さて、どんじりに控えしは!
 第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』の最後は、アメリカ編である。

 すでに日本編、韓国編の感想に記したのであえて筋立てに関しては繰り返さない。
 かつてはゼネラルモーターズの工場で栄えに栄えながらも、工場の閉鎖とともに一気に荒廃の極へと転じたアメリカ合衆国はミシガン州フリントがこのアメリカ編の舞台である。
 日本編、韓国編と同様、偏った思想信条を妄信することの狂気や国を愛することって一体なんなんだろうといった疑問が笑いをまぶしながら提示された作品なのだけれど、アメリカのラブコメディ(詳しくいうと、スクリューボールコメディ?)タッチの劇の造りに、おちょくりの対象があのトランプ(支持者)ということもあって、滑稽さ、おかしさ、邪劇性が強く表に出ていたように感じられた。

 そうした結構構造も大きく手伝ってだろう、韓国編と一転、キュートで健気な人物造形の中に人生智というか芯の強さが垣間見えたヒロイン役の熊谷みずほ、一途に流されていくような彼氏をナイーブに演じた立花葛彦、型に固めたゼミの左翼教授役の小林まゆみ、逆に今現在の自分自身から演技をスタートさせるヒロインの父役の河合厚志と、演者陣は役柄と演者自身の距離、関係性を強く感じさせる演技を行っていたのではないか。
 中でも、笑の内閣の「常連の容疑者」じゃないや「常連の破壊者」ピンク地底人2号のはっちゃけぶりと静かな部分での佇まいのコントラスト(彼女は単にはっちゃけているからではなく、この極端なコントラストが魅力である)に惚れ惚れとした。
 また、丸山交通公園もピンク地底人2号とのコメディーリリーフの場面ばかりでなく、終盤の真情吐露にこれまでの積み重ねが窺えたし、髭だるマンはここでも土台石というか安定した演技を行っていた。
 そして、技術の長短では収まらない味わいを持ったヒロインの父の部下役の山下ダニエル弘之が忘れられない。

 と、『ツレウヨ』は日本編、韓国編、アメリカ編と三本重ねて観るとなお愉しいこと間違いなし。
 ああ、面白かった!!

 そして、終演後は3万円を出してアフタートーク権を買い取った姉川やえさんが登場。
 なんとこの姉川さんは髭だるマンの彼女ということで、髭君、それに舞台監督で姉川さんの同居人稲荷さんを後見人にして高間さんとオフビートなトークを繰り広げた。
 それこそ身内、内輪ネタの極みだけれど、例のデリケートな問題に触れる発言なんかもあったりして、これはこれで大いに愉しめた。
 姉川さん、髭君、末永くお幸せに!!!!!!
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第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』韓国編

☆第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』韓国編

 作・演出:高間響
 ドラマトゥルク:神田真直
 演出補佐:小原藍、吉岡ちひろ
(2017年5月24日14時開演の回/アトリエ劇研)


 二日続けて、第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』。
 まずは、韓国編から観劇する。

 地域警察署の生活安全課の係長を父に持つ女子大生の彼氏が、中学時代の先輩の影響を受けて極端な思想にはまってしまい、近所のスーパーマーケットへ抗議活動に出向く…。
 という筋書きは日本編と共通しているが、登場人物その他をお隣韓国に移し替えてみせた点がまずもってミソだ。
 スーパーマーケットが招待する日本のアイドルがAKB48、といったあたりまでならネタばれもOKかな。
 細かいくすぐりばかりでなく、舞台があの光州事件の光州(クワンジュ)であったり、朴裕河の『帝国の慰安婦』が巧みに取り入れられていたりするのももちろん面白く興味深いが、それより何より、彼氏が「親北朝鮮」になってしまうところがこの韓国編の最大の肝だ。
 正直、苦心の跡もはっきりと見えていたが、あえて北朝鮮をもってくることで、右翼左翼どうこう以前にある思想信条を妄信することのグロテスクさが克明に描かれているように感じた。

 演者陣は、ちあきなおみもかくやと思わせる情念が渦巻いていたヒロイン役の九鬼そねみ(彼女の起用は卑怯ですらある)、ちゃらけていて薄ぺっらさが際立つ彼氏役の篠原涼、感情の起伏の激しいヒロインの父親の部下役チェサンは、韓流メロドラマもびっくりの熱演。
 ここぞという場面での熱の入りよう、台詞の語りようには、日本編以上につかこうへいの作品を想起して、ついでに諸江翔大朗演じるヒロインの父親(過剰上上)がそれこそ三浦洋一演じるくわえ煙草木村伝兵衛刑事に重なったほどだ。
 ただ、その分、平場のやり取りや笑いの仕掛けでは、若干空回りというか喰い込みの浅さを感じないでもなかった。
 そうした笑いのバランスを一手に引き受けて奮闘していたのが、スーパーの店長役丸山交通公園である。
 特に、次々に繰り出すアドリブには彼の気迫を感じながら大いに笑った。
 また、彼とペアを組んだヒロインのゼミ友役の黄木たこよも丸山君をしっかり受けて、おバカというより「猟奇的」な人物造形とあわせて彼女の賢しさ、頭の回転のよさを示していた。
 一方、髭だるマンは扇の要とはちょっと異なるけれど、基本線でぶれない演技を披瀝して芝居の一本の軸となっていた。
 ヒロインのゼミの教授を演じた福原由惟は健闘。
 説明台詞の多いこの役は改めて難しいと感じる。

 と、日本編は何味も違う韓国編を愉しみました。
 ああ、面白かった!!
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2017年05月24日

第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』日本編

☆第24次笑の内閣『日・韓・米 春のツレウヨまつり』日本編

 作・演出:高間響
 ドラマトゥルク:神田真直
 演出補佐:小原藍、吉岡ちひろ
(2017年5月23日19時開演の回/アトリエ劇研)


 2012年5月(第15次、吉田寮食堂)、2014年3月(第18次、KAIKA)と上演を重ねてきた笑の内閣の『ツレがウヨになりまして』だが、この度、そこに韓国編とアメリカ編が加わり、その名も『日・韓・米・春のツレウヨまつり』に改めパワーアップを果たして戻って来た。
 で、まずは先月のソウル公演を大盛況で終えたばかりのオリジナル・バージョンと呼ぶべき日本編から観劇する。

 地域警察署の生活安全課の係長を父に持つ日向あおい(土肥希理子)は女子大生。
 そんなあおいの彼氏でニートの富山蒼甫(池川タカキヨ)が、中学時代の先輩に感化されてウヨってしまい、近所のスーパーマーケットの韓流フェアへと抗議に出向く…。
 といった本筋はこれまでの上演と変わりがない。
 いわゆるネトウヨ連中をおちょくりつつ、あおいと蒼甫のつたなくてもどかしくもある恋愛関係を通しながら、それじゃあ国を愛するってどんなもんじゃいなと尋ね直した作品であり、表面的な設定やくすぐりの極端さに反して、その実高間響という劇の作り手のバランス感覚とともに集団で何かをやり遂げることへの強い愛着もよく示されている。
 強引さやまどろこしさを感じる場面・展開は残るものの、新たな座組もプラスに働いて、台詞のやり取りや出はけ・暗転の処理等々全体的に洗練され、精度が増したように感じられた。
(最近、長谷川康夫の『つかこうへい正伝』<新潮社>を読んだこともあってか、ところどころつか作品のパロディっぽく感じた部分もあったんだった)

 演者陣では、蒼甫役の池川君を第一に挙げたい。
 雰囲気そのものがまずぴったりなのだけれど、そこに細やかな感情のギアチェンジが効いて、蒼甫の情けなさ、弱さ、甘さ、終盤以降の激昂を見事に演じ切っており、ああこれだこいつだと大いに納得がいく。
 初演再演であおいのゼミ友中道真実を巧みに演じた高瀬川すてらは、今回あおいのゼミ担当でリベラルな教授赤田小夜子に回ったが、ここでも演技達者ぶりを発揮する。
 キャラクターに徹している上に、細かいけれど過剰ではない所作が愉しい。
 初演以来の蒼甫の先輩内藤洋吉役の髭だるマン(全公演出演お疲れ様)、あおいの父親の部下金村聖斗役の由良真介はこの間の研鑽がよく出て厚みが増していたし、あおいの父親成彬役の松田裕一郎も甲羅を経た存在感を出していた(中でも強い発声の際、この人の出自というか狂言の素養が表れる)。
 また、頑なで芯が強そうながらどこかで脆さと危うさを持ったヒロイン役の土肥さん、おバカさの再現を心掛けていた真実役のしらとりまなも、他の演者陣に伍して努力を重ねていた。
 役柄を掘り下げるか、類型典型に徹するか、自分自身を前面に押し出すか、もしくはそういったもの全てのバランスをとるか。
 技術技量というより、経験の長短もあって迷う部分は少なくないだろうが。
 できないものはできないのだから、そうした今現在のできなさを役柄の弱さ、感情のふわふわとした変化に、あえて構えず気楽にあててみてもよいのではないか。
 舞台上でも、いや実人生でも嘘をつくより、そのほうが何層倍も誠実だと思うし好感が持てる。
 ほかに、スーパーマーケットの店長役を高間上皇が高間上皇らしく演じていた。

 そして、忘れてはならないのがゲスト出演した黒川猛だ。
 かつてベトナムからの笑い声で大いに鳴らし、今もTHE GO AND MO’Sで闘い続ける黒川さんだけれど、今夜も大奮闘。
 危険な時事ネタの本家は俺だとばかりのネタのチョイスに、逆説的な愛情ある仕掛け、いじりと黒川さんならではの場面を作っていて嬉しかった。

 あと、アフタートークは香山リカ。
 ネトウヨの性質(ネット上では攻撃を続ける割に、ちっとも金は出したがらない等々)について自らのエピソードを交えながら高間上皇と快活に語り合ったほか、会場からの質問(共謀罪の問題等々)に対しても丁寧に返答していた。

 と、本篇、ゲスト、アフタートークと盛りだくさんな上演でした。
 ああ、面白かった!!!
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2017年04月30日

努力クラブのやりたくなったのでやります公演『フォーエバーヤング』

☆努力クラブのやりたくなったのでやります公演
 『フォーエバーヤング』

 作・演出:合田団地
(2017年4月29日19時開演の回/人間座スタジオ)


 大声が席捲し、臆面のなさが美徳とされるような状況の中では、含羞の持ち主はつくづく評価がされにくい。
 だからと言って、自分自身の在り様を変えるとすれば、それではそれこそ恥も外聞もなさ過ぎる。
 やりたくなったのでやります公演と銘打たれた努力クラブの『フォーエバーヤング』は、そのタイトルから幕切れに到るまで合田団地という人のそうした矜持がよく示された作品となっていた。

 舞台はとある駅。
 どうやら終電を逃してしまったらしい女友だち二人が会話を始めて…。
 日曜日も公演が残っていることもあり、あえて詳細については触れないけれど、一聴とりとめのないやりとりの中に、30歳を迎えようとする彼女彼の今がこれ見よがしにではなく、けれどはっきりと描き込まれている。
 さらにその上で、喩えるならば表面は凪いでいるのに、その実水中では留まることなく水が動いているかのような行間の豊かさというか、細やかな表現丹念な作劇にも心をぐっと動かされた。
 加えて、お客さんを喜ばせる術はむろんのこと、合田団地という劇の作り手の投球配分の計算の高さ、緻密さもやはり忘れてはならないだろう。

 あて書きや演出があってのことだが、演者陣も合田君の意図によく応えていたのではないか。
 川北唯は台詞づかいばかりでなく一人の無言の場面での佇まいにも強く魅かれたし、楠海緒も再スタートを切るに相応しい演技を行っていた。
 また、大石英史も劇全体をよく捉えた演技を心掛けていた。

 いずれにしても、脚本・演出・演技の各面で、それぞれの特性美質が十分十二分に発揮された公演であり、ぜひとも多くの方々にご覧いただければと思う。

 ああ、面白かった!!!
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2017年04月28日

丸山交通公園ワンマンショー 第6回定期公演

☆丸山交通公園ワンマンショー 第6回定期公演

 脚本・出演:丸山交通公園
(2017年4月28日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 K’s office-京都二条の館-に会場を移した丸山交通公園ワンマンショーは、今回6回目。
 毎回熱心な常連さんやご新規さんが集まっているのは、何よりだ。

 で、笑の内閣の韓国公演が終了したとの近況報告に続いて、前半のネタ『無職が怒って何が悪い』が始まる。
 時折派遣など仕事はやっているが基本はいわゆるニート、無職と宣言した丸山君。
 日ごろいらいらすることばかり。
 そうしたいらいらの在り様をまずはぼやき節で笑わせる。
 そして中盤以降、エネルギーが高じた「待ってました!」と声をかけたくなるようなきれっきれっのきれ芸が展開。
 特に、終盤は中江兆民の『三酔人経綸問答』もびっくりの大爆発で大笑いだった。

 ちょっとした休憩を挟んだ後半は、『鬼の独白』。
 前回の『僕の好きな先生』に続いて、ペーソス、さらにはシリアスを押し出した作品だ。
 鬼といえば、丸山君も好きな筒井康隆の『死にかた』という短篇小説があるのだけれど、あちらの鬼が厳然とした存在であるとすれば、こちらの鬼は異形の存在の鬼の中でもはじかれ者の鬼。
 ついには鬼ヶ島も逃げ出して…。
 虐げられる者がさらに自らより弱く低い立場に在る者を虐げる。
 丸山君の一連の作品に通底する主題がはっきりと盛り込まれており、笑うに笑えないでも笑ってしまうといった内容になっている。
 丸山君の落語好きがよくわかる、おかかなしいラストも作品にぴったりだった。

 と、今回も笑いどころ聴きどころ見どころの豊富なワンマンショーでした。
 ああ、面白かった!!
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2017年04月23日

ブルーエゴナク『ふくしゅうげき京都ver.』

☆ブルーエゴナク『ふくしゅうげき京都ver.』

 作・演出:穴迫信一
(2017年4月22日19時開演/アトリエ劇研)


 現在視聴者の注目を集めているテレビドラマの一つに、テレビ朝日が連日お昼過ぎから放映している『やすらぎの郷』がある。
 脚本はあの倉本聰で、彼自身を仮託したと思しき脚本家がテレビ界をリタイアした人々の共住する「やすらぎの郷」へと居を移すものの、やすらぎの郷とは名ばかり、日々ややこしい人間関係と諸々の雑事に振り回されて…。
 といった具合にドラマは続いている。
 あいにく動画サイトにアップされたものを拾い観した程度だが、脚本家を演じる石坂浩二(小林信彦も指摘していたように倉本さんそっくり)をはじめとした贅沢なキャスティングはもちろんのこと、ゆったりとしたテンポの噛んで含めるような台詞のやり取りから窺える倉本聰の人間観察の鋭さと時に噴出する激しい感情、切実な願望には大いに興味をそそられる。

 北九州を拠点とするブルーエゴナクにとってアトリエ劇研での三度目の公演となる『ふくしゅうげき京都ver.』を観ながら、僕はふとその『やすらぎの郷』のことを思い出した。
 舞台は、その街では結構な歴史を有しており、評判もなかなか悪くないらしい中華料理店の半月。
 とある出来事から、そこに集う人々の関係は崩れ始め…。
 テレビドラマと演劇の違いはひとまず置くとしても、『やすらぎの郷』に対してこちらはアップテンポで台詞も基本的には要所急所を押えていくスタイル、出演者が若い分エネルギーの量も大きいし、『ふくしゅうげき』というタイトルに相応しく、集団組織に発生する無意識の悪意や欲求欲望が、ときに滑稽さをまぶしながら身体表現や場面や時系列の跳躍を効果的に活かしつつ綿密に描かれていく。
 当然、『やすらぎの郷』とこの作品をそっくり似通ったものだなどと評するつもりは毛頭ない。
 ただ、アフターイベントで穴迫君自身が語っていた如く、かつてのアルバイト先の実話をもとにしてこうした一つの虚構を仕立て上げる冷静な観察眼やストーリーテリングの妙には、倉本聰という劇の作り手表現者と相通じるものがあるように思わないでもない。
 それに、この『ふくしゅうげき京都ver.』は、終盤大きな転調を行う。
 正直、それ以降繰り広げられる「変奏」には、若干長さを感じないでもない。
 けれど、それが単なる物語の説明や伏線の回収に留まるものでないこともまた事実だ。
 この「変奏」を通して、それまで用意周到に距離を保ち続けていた登場人物と穴迫君自身(そっくりさんどころではない、彼自身が出演しているにもかかわらず、出演しているからこそ)、登場人物と彼の切実な願い、彼の痛切な想いがこれ見よがしにではなく、だがしっかりと重なり合う。
 きっとその切実な願いや痛切な想いは、上述したアルバイト先の実話ばかりでなく、より根深く根強いこれまでの経験や体験の記憶の反映でもあるだろう。
 そして、その切実な願いや痛切な想いがフィクションの中でしか適わないもの、現実には適いようのない儚いものであるゆえに、穴迫君個人のものからより普遍的で一般的なものへと拡がっていくようにも感じた。
 その意味で、僕はこの「変奏」に十分納得と理解がいった。
(そうそう、この『ふくしゅうげき京都ver.』を観て、穴迫君の作品の基盤となるものがリズム、韻律、音律というか、「音楽性」であることを改めて確認することができたことを付け加えておきたい)

 高杉征司や西村貴治(アクシデントへの対応に何日もの長を感じる)のベテラン勢、田崎小春や平嶋恵璃香(劇団員)の北九州勢とともに、野村明里、倉橋愛美(倉橋さんの演技に接するのは初めてだが、役回りのつき具合もあって強く印象に残った)、小川晶弘、佐々木峻一の演者陣は、ライヴ特有の傷や経験技量の長短はありつつも、役柄に沿った演技を行いながら各々の特性魅力を発揮する努力を重ねていた。
 もちろんそこには、穴迫君の個々の演技者と全体的なアンサンブルに対する細やかな目配りとコントロールも忘れてはなるまいが。

 いずれにしても、あえて劇場まで足を運ぶに足る作品であり公演だった。
 ああ、面白かった!!!
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2017年04月14日

丸山交通公園ワンマンショー 第5回定期公演(後半のみ)

☆丸山交通公園ワンマンショー 第5回定期公演(後半のみ)

 出演:丸山交通公園
(2017年4月14日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 諸般の事情で、開演から30分ほど遅れてK’s office-京都二条の館-へ。
 ちょうど休憩に入ったところだったらしく、顔見知りのお客さんと話や挨拶をしているうちに、丸山交通公園君が登場、ワンマンショーの後半がスタートした。

 後半は、努力クラブの合田団地君の所望に応じて「泣ける」ネタ、笑いよりもペーソスに重きを置いた作品を造ってみたとの前口上から始まる。
 その名も『僕の好きな先生』とくれば、どうしてもRCサクセション(忌野清志郎)の名曲を思い出すが、あちらが生徒に好かれるかっこよさをためた人物だとすれば、丸山君が取り上げる先生はなんともかっこが悪い。
 これからも上演の可能性が大なのでネタは割らないけれど、途中まではなんとも情けない先生の姿が一種シニカルな笑いをまぶしながら描かれていく。
 が、終盤、それこそ一瞬その先生の姿が大きく変化する。
 後光が射すなんて言ったら大げさかもしれないが、その一瞬のとらえ方がとてもぐっときて、おかかなしい。
 たぶん小説化してもいけるし、終演後、山本周五郎や藤沢周平流に時代劇にアレンジした別ネタにも出来るんではと丸山君と話をしたりもした。
 いずれにしても、再演が非常に愉しみだ。

 ああ、面白かった!!
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2017年04月07日

アガリスクエンターテイメント 第23回公演『時をかける稽古場2.0』(京都)

☆アガリスクエンターテイメント 第23回公演(京都)
 『時をかける稽古場2.0』

 脚本・演出:冨坂友
 文芸助手:淺越岳人
 演出助手:倉垣まどか
(2017年4月6日19時半開演の回/KAIKA)


 1937年(昭和12年)に封切られた五所平之助監督の『花籠の歌』という映画がある。
 東京のとんかつ屋を舞台に、そこに集う田中絹代や佐野周二、徳大寺伸といった人々の日常を幾ばくかのリリシズムと幾ばくかのユーモアを交えてウェットに描いたいわゆる松竹大船調の佳品だが、実はそのラストが非常に印象的だ。
 あえてネタを割ると、河村黎吉演じる主人が「あと4年だ、みていろ」と意気軒昂に語るのである。
 だが、1937年から4年後の1941年が一体どんな年だったかといえば、それこそ真珠湾攻撃によって太平洋戦争が開戦した年なのだ。
 当然そのことを、映画の作り手たちや公開と同時にこの作品に接した人々のほとんどは予想していなかっただろう。
 そして、彼彼女らのその後を考えるとき、僕はどうにもたまらない気持ちになってしまうのだ。
 いや、『花籠の歌』に関係する人々だけではない、生身の人間であるかぎり、時の流れを超えることは出来ない。
 だからこそ、時よお前は美しいとばかり、少なくともフィクションの世界では時の流れに逆らい時をかけようと僕たちはする。
 するのだけれど、そこに人は一定のルールを持ち込もうともしてしまう。
 そうしてあるは悲劇が生まれ、あるは喜劇が生まれ、僕たちの前にはタイムトラベル物とでも呼ぶべき作品が山積みにされて来た。

 アガリスクエンターテイメントにとって23回目の公演となる『時をかける稽古場2.0』(2014年に初演された作品の「リメイク」)もまた、その名の通り時をかけた人々が登場する作品だ。
 舞台はとある若手小劇団の稽古場。
 本番2週間前というのに、劇団の作家はほとんど台本を執筆することが出来ていない。
 ところがひょんなことから彼彼女らは、タイムマシンとでも呼ぶべきものを発見し…。
 と、ここから先はぜひとも劇場で確認してもらいたい。
 題名のもととなった『時をかける少女』など先行する諸作品のネタをそこかしこに織り込みつつ、バーバルギャグにサイトギャグをふんだんに盛り込んで、なんとしてでも公演を成功させたいと願う人たちのときに狂おしくときに哀しくときに意地の悪い姿を笑いも豊かに描き切っていて、2時間強全く飽きが来ない。
 歌舞伎もかくやと思わせる趣向も嬉しいかぎりだし、この集団の特性となっているある種の「屁理屈」も要所要所で見事に決まっている。
 加えて、『ナイゲン』でも重要なモティーフとなっていた集団と個人の関係や集団に発生する無意識の悪意がここでもこれ見よがしにではなく表されている点や、『笑の太字』の終盤でも描かれていた自己予測というか自己確認が明らかに示されている点は、やはり忘れてはなるまい。
 というか、着実に受賞を重ね、劇団員も増え、『ゴッドタン』に劇団として出演するなどメディアへの露出もこれからさらに増してくるやに思えるアガリスクエンターテイメント(冨坂さん)がこうした自己予測と自己確認を見せている部分こそ、(実は同様の予測、予感を抱いていた)僕にはこの作品の大きな肝のように思えてならないのである。
 むろん、そうでありながら、いやそうだからこそ、諦念断念に終わらず、「それじゃあ今をどうするのか?」という彼彼女らの姿に強く心を動かされるのだけれど。
 それに、「我々の作品に対するノスタルジーとか、我々の(3年ばかし延びた)演劇人生に対する考えとか、ついついしんみりしてしまいそうになりますが、時をかけると大抵のものは勝手に切なくなるので、感傷につかまらない速度でふざけていこうと思います」との公演パンフレットの冨坂さんのご挨拶に全く偽りはない。
 まさしく一粒で何度も美味しい作品だ。

 さいとう篤史に代わって突然の出演となった古屋敷悠をはじめ、劇団員の淺越岳人、榎並夕起、鹿島ゆきこ、熊谷有芳、甲田守、塩原俊之、沈ゆうこ、津和野諒、前田友里子、矢吹ジャンプ、客演の斉藤コータ、ハマカワフミエは、登場人物のキャラクターに沿いつつ均整のとれたアンサンブルを生み出すとともに、個々の魅力をよく発揮していたのではないか。
 お芝居の観方としては邪道かも知れないが、台詞を発していないときの役者の皆さんの表情演技にも僕はとても魅かれた。

 演劇を信じる人はもちろんのこと、そうでない人にもお薦めしたい作品であり公演である。
 日曜まで、残り6公演。
 ご都合よろしい方はぜひ!
 ああ、面白かった!!!
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2017年03月31日

丸山交通公園ワンマンショー 第4回定期公演

☆丸山交通公園ワンマンショー 第4回定期公演

 出演:丸山交通公園
(2017年3月31日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 ぜん息の発作という危機的状況で横山清正君が援助に入った前回とは一転、丸山交通公園ワンマンショーの第4回定期公演(このカウントは当方独自のもので、オフィシャルなものではありません)は新ネタ三題が披露された。

 で、今回はネタが詰まっているということで、恒例の近況報告はパスし、早速『地下アイドル探訪の発端』が始まる。
 ひょんなことから地下アイドルのショーに接する機会を得た丸山君だったが、地下アイドル自身よりも、奇矯な行動に走る彼女らのファンのほうにどうしても目が行ってしまった。
 その一種異様な雰囲気を面白おかしく説明したのち、それではアイドルの側はどう思い、ファンの側はどう思っているのか、これから詳しく迫っていきたいと丸山君は今後の方向性について語った。
 清水富美加ネタ同様の丸山君の取材力に期待したい。

 続く二題目は、『街場の妖怪論』。
 妖怪といっても、水木しげるや荒俣宏、京極夏彦のあれではない。
 笑福亭鶴瓶のいう、街でよく見かけるちょっとおかしくちょっと危ない人たちのことだ。
 まずは、周囲で見かけた「妖怪」のスケッチで丸山君は笑わせる。
 が、マクドで居合わせた中年の男性と高齢の母親のやり取りから徐々に話は陰りを帯びていく。
 てか、その男性と同世代な上にぶらりひょうたん的な生き方を送っている当方にとっては笑いつつも、身につまされることである。
 そして、動画で有名になった「性の喜びおじさん」(「性の喜びを知りやがって」と怒りの声を発する男性)のエピソードに至って、一気に話は死に近づく。

 そして、ラストの『くたばれ!エイプリールフール』は、自らを仮託したと思しき男性が主人公の寸劇。
 はじめはエイプリールフールをくさしたあるあるネタかと思っていると、逃げ場がなくなった男性が自殺願望を口にするなど、またもや死の気配が濃厚となって…。
 その笑うに笑えない、でも笑ってしまうところが、丸山君らしい。
 友達図鑑などの一連の作品をついつい思い出してしまった。
 ぜひともこれは、もっとじっくりと見たいネタだった。

 まさしくワンマンショーと名乗るに相応しい内容の三題で、次回も非常に愉しみだ。
 ああ、面白かった!!
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2017年03月18日

BokuBorg vol.2『幸のナナメ』

☆BokuBorg vol.2『幸のナナメ』

 脚本・演出:川本泰斗
(2017年3月18日14時開演の回/スタジオヴァリエ)


 川本泰斗が主宰する演劇カンパニーBokuBorgの第2回公演『幸のナナメ』は、劇中の台詞ではないけれど客入れの音楽からして昭和の香りが強い。
 そして、きっと川本君は自覚してのことだろうが「妊娠小説」(by斎藤美奈子)ならぬ「妊娠戯曲」とでも呼ぶべき展開ともなっていた。

 『幸のナナメ』は、扇の要となるハルコと彼女を取り巻く周囲の人々の関係を通して、公演パンフレットにも記されているような「親子の話、家族の話、そして恋人の話」を描いていく。
 その人間関係のあり様、物語の運び様は、観ていて「いーっ」となったり「いりいり」したりする部分も含めて線がはっきりしているというか、実にわかりやすいもので、冒頭にも記した通り、強く昭和を感じさせる。
 また、あえて女性を物語の中心に置くことで、逆に川本君の意図や意識、切実さが浮き彫りにされているようにも思われた。
 と、こう書くと、何やらべたで古めかしいホームドラマを想像する向きもあるだろうが、結構配役等々、そこはそうならないような演劇的な仕掛けも随所に施されている。
 で、そうした仕掛けが巧く決まってすとんと腑に落ちる部分があった反面、無理から細工を弄してしまったような、ぎくしゃくとした感じを覚えた部分がところどころ観受けられたことも事実だ。
 しかしながらそれは、単に技術的な問題ばかりではなく、川本君の嗜好や志向の問題と密接に繋がっているようにも僕は考える。
 べたを恐れず一層オーソドックスな方向に筆を進めていくのか、自らの良い意味での歪み偏りをひと際デフォルメして破天荒を極めるのか、もしくはバランス配分にさらに留意するのか。
 川本君の今後の作品に注目していきたい。
(実は、この『幸のナナメ』は今から4年前、川本君がまだ学生劇団に所属していた時期に書かれた作品なのだそうだけれど、学生劇団時代の彼が何をどのように吸収したかがよくわかる台本であると思った)

 それこそ万華鏡のように変化に富んだピンク地底人2号をはじめ、藤居里穂、土肥希理子、勝二繁、野村眞人、堀内綜一郎の演者陣は、川本君の意図によく沿って与えられたキャラクターを演じ分ける努力を重ねるとともに、個々の特性魅力もよく発揮していたのではないか。
 川本君自身が演者であることもあってだろう、作中演じがいのある場面が多々設けられていた。
 ただ一方で、過去の役回りに引きずられていたり、類型の表現が過剰であるように感じられたりする箇所もいくつかあり、その点は川本君の今後の演出面での課題のように思われた。

 いずれにしても、vol.3、vol.4…とこれからのBokuBorgの公演が愉しみである。
 月曜までの公演。
 ご都合よろしい方はぜひ。
 ああ、面白かった!
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2017年03月13日

M☆3文化庁京都移転記念特別公演『かえりのかい』

M☆3 文化庁京都移転記念特別公演『かえりのかい』

 作:ブルーバード
 演出・美術:杉原邦生
(2017年3月12日18時開演/元・立誠小学校音楽室)


 文化庁京都移転記念特別公演と銘打ったM☆3の『かえりのかい』を観たが、これは足を運んで本当に大正解。
 あえて文化庁云々などと名乗る意味が何重にも感じ取れた、作品・演出・演技諸々、すこぶる充実した出来の芝居を観る愉しみに満ちた公演だった。
 ああ、面白かった!!!

 と、こう記してしまえばそれで十分だと思うのだけれど、それではまあちょっぴり不親切か。

 とある小学校の教室。
 少々エキセントリックな先生のもと、これまた少々エキセントリックなクラスの面々がかえりのかいを始めるが…。
 といった展開で、元・立誠小学校の音楽室という場所ありきと終演後のアフターイベント「かえりのかい」でも作者のブルーバードが語っていたから、なんだ機会音楽ならぬ機会演劇か。
 と思ったら大間違い。
 いや、機会演劇的側面は多分にありつつも、元・小学校が舞台であることが大きな意味を持った結構内容となっている。
 で、前半はあるあるネタを盛り込んで笑いをとりながら、今現在の諸状況を指し示すようなエピソードを積み重ねていく。
 伏線・含みとしても、作品の瑕疵としても、時折小首を傾げたくなるところはいくぶんあるものの、そこはメリハリ強弱が効いて(シャウトシャウトシャウト)スピーディーな杉原君流儀のスタティックでスタイリッシュな処理がよい具合にカバーする。
 ただその分、変拍子や不協和音の多い巧緻な曲をよくコントロールされた合唱団で耳にしているような感じというか、本や演出の計算の高さ、役者陣の演技の達者さ健闘ぶりにまず関心がいったことも事実で、それほど心は動かない。
 だが後半、物語が大きく跳躍を果たし、それまで単に指し示されていたものが、より深く抉られるというか、ぐっと刺し示されるようになって、その切実さ痛切さに強く魅かれ囚われた。
 いやあ、こういうことがあるから芝居を観るのはやめられない。
 むろん、ここでもグロテスクな笑いがふんだんに仕掛けられていたことは言うまでもないが。

 良い意味でのグロテスクさといえば、12人の役者たちもそう。
 緑川史絵(存在感と柔軟さ)、熊川ふみ(『ありがとう』の頃の水前寺清子のはっちゃけ感とドライないやらしさ)、森田真和をはじめ、御厨亮、松岡咲子、金子仁司、稲森明日香、長南洸生、合田団地(くせ球隠し玉を要所要所で決めてホールド達成)、九鬼そねみ、石原慎也、丹羽菜緒という東京勢と関西勢混成の座組みだが、均整がとれてまとまったアンサンブルを生み出す一方で、なべて個々の特性魅力を見事に発揮しており、一人一人の登場人物と集団(社会)の関係を描いたこの作品によく沿った演技を披歴していたのではないか。
 当然そこには、杉原君の役者のチョイスと目配りのよく届いた演出が大きく寄与していることも忘れてはなるまい。
 そうそう、この作品では衣装その他細かい部分も見落とすことなく愉しんでいただければ。

 いずれにしても、足を運んで大正解。
 ああ、面白かった!!!
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2017年03月10日

丸山交通公園ワンマンショー 第3回定期公演

☆丸山交通公園ワンマンショー 第3回定期公演

 出演:丸山交通公園
 ゲスト:横山清正
(2017年3月10日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 会場をJR二条駅近辺のフリースペース、K’s office-京都二条の館-に移して三回目となる丸山交通公園ワンマンショーだが、今夜は主役の丸山君が持病のぜん息の発作に見舞われるという危機的状況!
 と、いうことで、盟友である「じゃがまさ」こと横山清正のゲスト出演が決まった。

 で、お約束の近況報告から始まったワンマンショーだが、息せき切って丸山君がべしゃりに乗りかかったところで早速咳込みが。
 と、横山君がスクランブル発進。
 丸山君のべしゃりをなんとか受けたあとは、用意された「お題」に挑戦する必死のぱっちぶりが横山君らしくおかしい。
 ひとしきりして、丸山君が復活。
 前回披露したネタの清水冨美加がらみの話題で盛り上げる。

 さて、今回の本題は『サッカーが世界を滅ぼす』。
 高校時代、スクールカーストの上位にあったサッカー部の連中と下位も下位の自分とのおかかなしいエピソードをマクラにしつつ、サッカーなんてものが人気だとろくなことがないとおなじみ丸山節が炸裂する。
 が、炸裂すると、どうしても気管に負担がかかって小休止。
 そこを横山君がどうにかアシストしていって、無事丸山君はゴールを決めた。
 一方、一捻りどころか二捻り三捻りほどはあるお題に四苦八苦していた横山君も最後のお題で大きな笑いを生んでいた。

 なかよきことはよきことかな。
 ではないが、こうしたワンマンショーもまたよきかな。
 体調快復を期す次回は、新ネタ3題を披歴するとの言葉も丸山君よりあり。
 定期公演化が実現した丸山交通公園ワンマンショーの第4回を心待ちにしたい。
 ああ、面白かった!!
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2017年02月24日

丸山交通公園ワンマンショー

☆丸山交通公園ワンマンショー

 出演:丸山交通公園
(2017年2月24日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 体調は今一つだったが、家から自転車ですぐという地の利もあって、JR二条駅近くのフリースペース、K’s office-京都二条の館-まで足を運び、丸山交通公園ワンマンショーを愉しんだ。
 今夜もなかなかの集客で、まずは重畳重畳。

 冒頭の近況報告は、終電を逃して入った吉野家での出来事でぐっと笑いを掴む。

 で、前半の『ルサンチマン太郎』に入る。
 どうやら、ここのところ丸山君は哲学をワンマンショーの題材にしようとしているようで、この『ルサンチマン太郎』はニーチェが主題。
 ニーチェが唱えるところのルサンチマンとは何かということを噛み砕いて説明したのち、そんなルサンチマンの持ち主ルサンチマン太郎の日常を描いてみせる。
 男のルサンチマンがふつふつと募っていき、一気に爆発する展開は丸山君の真骨頂で、大いに笑う。
 中でも、声の音量の変化が巧妙だった。

 小休止を挟んだ後半は、『清水富美加ちゃん』。
 芸能界引退と幸福の科学への出家で世情を賑わしている清水富美加だが、丸山君はtwitterの騒ぎで初めて彼女のことを知った、どストライクの女の子だった、ところが出家をするという、なんでなん?という体で話を進めて行く。
 ここでは、まず丸山君の取材っぷりに驚く。
 これがあるのとないのとでは、ネタのリアリティが大きく変わってくるからだ。
 もちろん、それだけではなく終盤の妄想ぶりにも丸山君らしさが発揮されているが。
 いやあ、これまた笑わされた。

 休憩を除けば、正味40分強。
 こうやって客前でワンマンショーを重ねて行うことで(今月2回目)、上岡龍太郎ばりのおしゃべりが着実に練れてきていると感じた。
 丸山君が語っていた制作のお手伝いをするワンマンショー(丸山交通公園)・ギャルズと共に、ネタのブレーンというべき人材も加われば鬼に金棒、一層充実したワンマンショーが出来あがっていくと思う。
(上岡龍太郎には、盤石なブレーン集団が控えていたはずだ。なかなか丸山君の面白さに匹敵する人材は見つけにくいかもしれないが、ぜひ一考願いたい)

 いずれにしても、ああ、面白かった!!
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2017年02月09日

丸山交通公園ワンマンショー

☆丸山交通公園ワンマンショー

 出演:丸山交通公園
(2017年2月8日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)


 先月下旬に自らが主催するオール京都の『沼楽屋大爆発』を無事終えた丸山交通公園が、本業とでも呼ぶべきワンマンショーを開催するというので迷わず足を運んだ。
 会場のK’s office-京都二条の館-は二条駅から歩いてすぐ、千本通北向きを小さな道に入ってすぐの三階建ての瀟洒な住宅の二階、もとはダイニングキッチンと思しき場所をフリースペースに活用した部屋である。
 本寸法の公演を打つことは難しいだろうが、今回のようなソロライヴや小ぶりな一人芝居二人芝居、ワークショップには使い勝手のよいスペースではなかろうか。

 で、冒頭の近況報告のトークは、twitterの宣伝では一切触れなかった今日が誕生日という「カミングアウト」から。
 自らの免許証をお客さんに回して見てもらい、それが事実であることを確認してもらう。
 丸山君、お誕生日おめでとうございます!
 これからの一年が今まで以上に幸多く充実した一年となりますように!
 その後、『沼楽屋大爆発』のことやワンマンショーのお手伝いをする人材募集などを話したのち、前半のネタ「プラトンのイデア」に突入する。
 どうしても賢ぶりが持て囃される傾向に小劇場界隈、ここは哲学、プラトンのイデアでも題材にして見返してやろうという趣向。
というのはもちろん前口上だけど、それでも『饗宴』を引用しつつプラトンのイデア論をネタにトークを展開していく。
 中でも就職面接の寸劇、面接を受けに来たイデア論を体現した青年の妄想暴走ぶりが肝となっていた。

 小休止を挟んだ後半は、「でぶ」の話。
 かつては痩せていた丸山君も今は身長181センチの体重98キロ。
 まごうことなき「でぶ」ではあるが、痩せたり明るいでぶになったりするのは社会に屈するようでそんな真似は是が非でも避けたい、自分は思索するでぶでありたい、それではどんな手があるか。
 ということで、再び妄想が暴走し始める。
 上岡龍太郎ばりの流れるおしゃべりで、語る語る。
 特に、でぶが着々と勢力を拡大し遂には国政に打って出ることになった国民の生活が第一ならぬ国民の食生活が第一の選挙演説は、丸山君のバーバルセンスも十分に発揮されて大いに笑わせられた。
 とともに、丸山君の一連の作品、公演に共通する差別される者、迫害される者の弱さと強さ、卑しさと美しさがその根底に垣間見えたことも事実で、その点笑いつつあれこれと感じ考えたりもした。

 しめて45分。
 丸山君の怒濤の如きおしゃべりを愉しんだ。
 ああ、面白かった!!

 さて、今度はどんなネタが飛び出してくるか。
 次回のワンマンショーが待ち遠しい。
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2017年01月21日

オール京都『沼楽屋大爆発』

☆オール京都『沼楽屋大爆発』

 脚本・演出:丸山交通公園
(2017年1月20日19時開演/元・立誠小学校音楽室&音楽準備室)


 丸山交通公園率いるオール京都の『沼楽屋大爆発』は、元・立誠小学校の音楽室と音楽準備室の二部屋を使った同時進行のお話。
 どうやら演劇公演の舞台と楽屋という設定で、出演者が二つの部屋を行き来すれば、お客さんも行き来自由。
 というから非常に大胆で意欲的な試み…。

 てな書き方をすると、なんだか演劇的趣向と志向の強い作品のように聴こえるかもしれないけれど、それより何より僕が感じたのは、彼彼女らの稽古場、それも余所行きの公開稽古なんかじゃなくて本息真剣勝負の素の稽古場の姿をじっくり眺めることができたというものだった。
(前に何度か記したことだが、演劇にせよオーケストラにせよ、僕はそうした素の稽古場をほわんと眺めているのがとても好きなのだ)
 もちろん、そこは丸山君を皮きりに石田達拡、小林欣也(久しぶり。稀有な「フラ」の持ち主)、西村花織(これまた久しぶり。「がばい」の片鱗が窺えた)、ピンク地底人2号、山下ダニエル弘之、横山清正という手だれ足だれ病だれのおもろおかしい連中が揃っているから笑いどころは要所要所にたっぷり仕掛けてあるし、逆に静謐さに裏打ちされたタナトスへの憧憬(タナトスそのものでなく、あくまでも憧憬である)や切実さの反映も丸山君ならではのものだ。
 しかしながら、そうだとしても、そうであるからこそ、個々の演者陣がふとした隙に垣間見せる人柄特性本性が強く印象に残る。
 日頃はどうしても物語の筋や作品の結構精度を追いがちになるところを、何歩も距離を置いて接することができたのは、僕にとって大きな収穫だった。

 正直、同時進行ゆえ「笑い場」が重なって一方を観逃してしまったもどかしさを覚えたり、お客さんがうろちょろと動く様子にちょっとうっとうしさを感じたり(そう言いながら、ある場面でずっとお客さんのほうばかり見つめていた自分も相当うっとうしいが)、移動を続けることに疲れをためたりしたことも事実だが、丸山君という劇の造り手や一筋縄ではいかない七人の演者陣に興味関心好感愛情を抱く方々にはやはり一見をお薦めしたい。

 観方は100人100通り、周囲に流されず自分なりの愉しみ方を見つけてもらえれば。
(2500円はちょっとという方は、「応相談」らしいので迷わずご連絡のほど)
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2016年11月13日

N₂ Tab.1『水平と婉曲』

☆N₂ Tab.1『水平と婉曲』

 作・演出:杉本奈月
(2016年11月12日19時開演の回/人間座スタジオ)


 ルービックキューブという昔一世を風靡した玩具がある。
 実物を知っている人ならば、すぐさま、ああ、あれかと思い浮かぶはずのものだけれど、ご存じない方にはどう説明すればよいか。
 小さい立方体のピース9個で形成された正方形6面を有するリンゴ大の立方体形のパズルで、各面は白、橙、緑、青、赤、黄で彩色されている。
 で、ピース3個で構成された各列を縦横に何度も自由に回転させて本来の色をばらばらにした上で、再び各列を回転させることで本来の色に戻していく…。
 ええい、まどろっこしいわ(実際、まどろっこしいパズルなんだけど)。
 百聞は一見に如かず。
 こういう場合、言葉の不便さを本当に痛感するが、「書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み」と副題の付いたN₂にとって初めての京都公演となるTab.1『水平と婉曲 Horizontality and Euohemism』を観ながら、ああ、もしかしたらこれってルービックキューブみたいな仕掛けの作品であり、公演なんではないかとふと思ったりした。
 と、言うのも、アフタートークで前回の公演『居坐りの日』の出演者である木村聡太が語っていたように、個々のピースそれ自体はわかりやすいものであるにもかかわらず、総体としてなんともややこしい表現がとられているからだ。
 より詳しく述べれば、いくつかのモティーフ(思考の連なりや意識の流れ。今回の公演では女優陣が書いた作文も活用されてはいるが、杉本奈月の意識や意志、思考や志向、試行の反映という意味で、やはり私戯曲の要素が強い)が、台詞の分割や変奏曲的な場面のリフレインをはじめとした「役者」間のやり取りを重ねることによって絡み合い、交り合い、姿を変えていく。
 当然そこには杉本さんの演劇的計算も働いているのだけれど、「役者」陣を通過することで、良くも悪くも予想外の回転が加わるというか、新たなニュアンスも付加される。
 結果、ルービックキューブをばらばらにしたときのようなモザイク状態で作品は再現されるのである。
 ルービックキューブの喩えにこだわるならば、それはまた多面性多義性の提示とも言い換えることができるかもしれない。
 『居坐りの日』の記録用映像について少し触れたこともでもあるが、今回の『水平と婉曲』(まさに名は体を表わす)においても、開きながら閉じ、閉じながら開く、明かしながら隠し、隠しながら明かす、信じながら疑い、疑いながら信じるといったアンビバレンツな感情が担保されている。
 そこにはある種の挑発や諧謔も多分に含まれているのだけれど、しかしながら、創作、表現活動、演劇という行為そのものに対する杉本さんの根本的な信頼の表われであることも否めまい。
 そうした意味で、小説と演劇とジャンルは異なる(実は大きく異なる)といえども、同じ表現活動を続けている者にとって、この『水平と婉曲』に僕は強い刺激を受けたし、公演の途中、そうした作品の結構がぱっと目の前に見開けたかのような一点が存在したことを面白く感じた。
 ナカメキョウコ、南條未基、三村るな(こういうことを記すと「観劇おじさん」っぽくなるが、彼女は要注目ではないか)、浦賀わさびの「役者」陣は、こうした造りの作品だからこそ、その特性個性魅力をよく発揮していた。
 また作品世界に沿う努力も重ねていたが、ところどころ、実際はウェーベルンやブーレーズ流儀の手法で作曲された声楽作品なのに、林光や宇野誠一郎を素通りしてベルカント・オペラ風や浪花節風、福山雅治風といった具合に歌われているかのような齟齬や違和感を覚えたことも指摘しておきたい。
 むろん、そうした齟齬や違和感は個々の演者のフラ(おかしみ)ともなるわけだけれど、それが自覚化されているかそうでないかは彼女彼らの今後の演劇活動においても重要だろうし、そういった部分をどう馴らしていくかが杉本さんの演出面の課題であるようにも感じた。
 その意味でも、杉本さん(N₂)が自らの表現活動をどう収斂させていくのか、腕っこきのプレーヤーを揃えた精度の高いアンサンブルで勝負に出るのか、ベテランから若手が集まったバランスのよい座組みで演出演技両面の着実なステップアップを計るのか、それともあえて京都的なアマチュアリズム、「永遠の未完成」を大いに酌み入れるのか、僕には非常に興味深い。
 いずれにしても、杉本さんとN₂のこれからの活動に注目していきたい。

 なお、杉本さん、ナカメさん、木村君、ガトータケヒロ(『居坐りの日』に出演)によるアフタートークは、木村君、ガトーの秀逸な突っ込みもあって上演の緊張を巧く解きほぐしていた。
 事実、笑いも多かったし。
 もしかしたら『水平と婉曲』自体も、「難しいものを観るのだ」「演劇だ」と必要以上にしゃっちょこばるのではなくて、よりくだけた感じで向き合って観てもいいんじゃないのかな。
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2016年09月11日

ブルーエゴナク『ラッパーRapper』

☆ブルーエゴナク『ラッパーRapper』

 作・演出:穴迫信一
 演出助手:杉本奈月
(2016年9月11日15時半開演の回/アトリエ劇研)


 すこぶる面白くってめっぽう心を動かされたので、終演後あれこれ語りたい。
 と、ここまでは同じでも、さらに細かく書き連ねていきたいお芝居と、あえてくどくど書きたくないお芝居の二種類がある。
 昨日のアガリスクエンターテイメントの『七人の語らい(ワイフ・ゴーズ・オン)/心の太字』が前者の代表格とすれば、北九州の劇団ブルーエゴナクが第二の拠点とも呼ぶべき京都で今回上演した『ラッパーRapper』は、さしずめ後者の典型といえるだろう。
 題名が作品を象徴する、とは『心の太字』の劇中の台詞だけれど、その題名通り『ラッパーRapper』は、ラッパーから演劇に転じた穴迫信一の渾身の直球勝負。
 野村明里演じるラッパー、メイコと彼女を取り巻く人々を通してラッパー=ラップそのものが語られ、それと不可分のものとして人の一生、人の生き死にが描かれていく。
 劇が始まって、登場人物たちがラップで掛け合うそのリズム感、ビートにまずもってすっと惹き込まれる。
 そして、メイコをはじめとした登場人物たちの言葉や姿に強く心を動かされる。
 しかも、劇の途中では、登場人物の呼びかけに僕(ら)が応じる場面まであって、ラップのライヴさながら舞台と客席の一体感がひと際生み出されまでもする。
 と、こう記すと、「なあんだそういうことね」としたり顔の訳知り顔をする向きもあるかもしれないが、この『ラッパーRapper』が神頼みならぬ感性頼み、感情一直線とは一線を画す、どころかそれとは正反対の視座が保たれた作品であることはやはり指摘しておかなければなるまい。
 いずれ再演されるだろうから、わざと詳細は省くのだけれど、ちょうどよい頃合いで跳躍する展開や、あと一歩でお涙頂戴に終わるところをさっとかわして切り上げる捻りとくすぐりを見れば、穴迫信一が全体を見通しつつ細部に到るまで目配りを届かせることのできる冷静さを兼ね備えた創作者であることがよくわかるはずだ。

 当然のことながら、そうした穴迫君のバランス感覚は演出面、俳優の起用そのものや動かし方にも十全に発揮されている。
 また、野村(普通姓だけの場合は敬称をつけるんだけど、いろいろあって演劇に関係する前から彼女のことをよく知っているので、敬称略がどうにもしっくりくる)、鈴木晴海(ただ一人、九州からの来演)、しらとりまな、佐々木峻一、月亭太遊、楳山蓮の演者陣も穴迫君の意図や作品世界に沿うべく、彼女彼らにとって最良の、といえば言い過ぎになるかもしれない(し、これまでの経験が今回の演技に繋がっている)ので、それに近い演技を披歴していた。
 むろんラップ面での努力は言うまでもないが、そこに留まるのではなく、個々の特性を表しながら各々の役柄を演じ切っていた点、並びに限られた時間の中で非常にインティメートなアンサンブルを生み出していた点を高く評価したい。

 などと気がつけば長々と記してしまっていた。
 いずれにしても、本当に観ておいてよかったと思える作品であり、公演だった。
 これでラップに目醒める人も少なくないんじゃないのかな。
 ああ、面白かった!!
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2016年09月10日

アガリスクエンターテイメント 第22回公演『七人の語らい(ワイフ・ゴーズ・オン)/笑の太字』(大阪公演)

☆アガリスクエンターテイメント 第22回公演
 『七人の語らい(ワイフ・ゴーズ・オン)/笑の太字』

 脚本・演出:冨坂友
 文芸助手:淺越岳人
(2016年09月10日14時半開演/in→dependent theatre 1st)


 昨年の京都公演『ナイゲン(全国版)』(10月10日、元・立誠小学校音楽室)がすこぶる面白かったアガリスクエンターテイメントが大阪公演を行うというので、迷わずin→dependent theatre 1stまで足を運んだ。
 今回は、昨年の黄金のコメディフェスティバル2015で優勝した『七人の語らい(ワイフ・ゴーズ・オン)』と新作の『笑の太字』の二本立て(45+45分。間に休憩10分)だったのだが、いずれも「自分たちが今現在何ゆえシットコム(シチュエーションコメディ)を演じるのか」という姿勢がはっきりと示された興味深く刺激的な作品となっていた。
 もちろん、仕掛けが豊富ですこぶる面白かったことは言うまでもないことだけど。

 で、前半は『七人の語らい(ワイフ・ゴーズ・オン)』。
 舞台はロンドン。
 デヴィッド=スミス(矢吹ジャンプ・客演)は妻のメアリー(鹿島ゆきこ)と共に仲睦まじい生活を送っている。
 ところがこのデヴィッド、実はもう一人バーバラ(沈ゆうこ)という女性とも婚姻関係を結んでいたのだった。
 そんなバーバラがメアリーを訪ねてやって来る。
 なんと、二人は友人関係にあるらしく…。
 と、ここまでは、例えばノエル・カワードはちょっと古いかな、アラン・エイクボーン調の××××事務所が好んで取り上げそうな典型的なウェルメイドのシットコム。
 ただし、そこはアガリスク、そのまま幕切れまで進んでいくわけがない。
 明日まで公演中なので、詳しくはぜひとも劇場でご覧になっていただきたいが、シットコムの「お約束」のあれやこれやを逆手にとって次から次へと笑いを仕掛けていく。
 で、ありながら、というより、だからこそか、シットコムの長所や魅力を十分に踏まえた作品となっている。
 加えて、自己言及性に富むというか、結構、設定、展開、キャラクター、いずれにおいても自らが寄って立つものが明快に示されていることも忘れてはならない点だろう。
(もしかしたら、アガリスクの作品を観続けてきた人には嬉しいくすぐりも結構あったのでは)
 上述の面々に加え、客演の斉藤コータ(『ナイゲン』にも出演)、劇団員の津和野諒、塩原俊之、淺越岳人は作品世界によく沿ったアンサンブルを創り上げていた。
 特に、翻訳調の部分とそうでない部分の切り換えのよさが印象に残った。

 後半の二人芝居『笑の太字』ではひときわ自己言及性、てか、ぶっちゃけ三谷幸喜への想いが強く噴出する。
 舞台は、大学の演劇学科の劇作コースの教員の部屋。
 向い合うのは、教員と学生。
 問題となるのは、二人の間に置かれた一冊の戯曲。
 と、言うのも、学生が卒業制作として提出したこの戯曲というのが、ある有名な二人芝居をそのまま書き取ったもので…。
 劇中のある台詞ではないけれど、『笑の太字』というタイトルが全てを表している。
 もうあれは15年以上も前になるか、実は、僕も学生と同じ「作業」を手間暇かけてやったことがあって、学生の畳みかける台詞に、そうだそうだもっともっと言ってやれ、と思ったほどだ。
 まあ、これは冗談半分としても、シットコム、てか三谷幸喜に魅せられた表現を志す人間にとっては他人事とは言えない内容となっている。
 大いに笑いながら、でも、オリジナリティとは何か(これは『ナイゲン』でも触れられていた)といったことや、戯曲演劇はいったい誰のためのものかといったこと、そして創作表現そのものについて改めて考えさせられた。
 もう一つ付け加えるならば、『ナイゲン』がそうであったように、この作品にもまた冨坂友という劇の造り手の「私戯曲」的要素が強く盛り込まれていたように思う。
 ABCD4チームのうち、僕が観たのは、学生:沈ゆうこ、教員:鹿島ゆきこの女性二人組のDチーム。
 ライヴ特有の傷は若干ありつつも、先ほどまでのバーバラ、メアリーとは一転、「本家」さながらの人物像を演じ切る努力を重ねていた。
 中でも、沈さんからは、劇中にはそんな台詞一切ないにもかかわらず、「やってみなきゃあわかんねえだろう」というあの声が聴こえてくるような気がしてならなかった。

 と、二粒で何度も美味しくおかしい二本立てでした。
 来年の京都公演が本当に待ち遠しい。
 ああ、面白かった!!
posted by figarok492na at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする