昨日、マウリツィオ・ポリーニが亡くなった。82歳。
1942年にイタリアのミラノで生まれ、ヴェルディ音楽院で音楽を学び、僅か18歳のときにショパン国際ピアノ・コンクールで優勝して一大センセーションを巻き起こしたが、その後しばらくは世界的な音楽活動を自粛し、1968年になってようやく復帰。
その後は、コンサート・レコーディングの双方で大活躍し、昨年10月末まで演奏を続けていた。
そうそう、ポリーニといえば盟友クラウディオ・アバド同様、かつてイタリア共産党員であったという情報も伝わっていて、だからばりばりの活動家であるノーノの作品を積極的に取り上げるのかと腑に落ちたものだ。
僕がクラシック音楽を聴き始めた1980年代半ばは、ホロヴィッツやリヒテルがまだ存命だったとはいえ、勢いという意味ではポリーニとマルタ・アルゲリッチがピアニストの頂点に立っていた。
実際、ドイツ・グラモフォン・レーベルのピアニストの二大看板もこの二人だった。
先日亡くなった同年生まれの寺田農や山本陽子と同じく、自分自身がちょうど芸術芸能に慣れ親しみ始めた頃に輝かしい存在であった人だけに、ポリーニの死は本当に残念でならない。
などと書きながら、実は僕は彼のあまり良い聴き手ではなかった。
そうする機会が皆無でなかったにもかかわらず、結局ポリーニの実演に接したことはなかったし、今手元に一枚も彼のCDを持っていない。
ずいぶん昔、名盤として有名なショパンの練習曲集を買いはしたが、LP時代にサンソン・フランソワの歌い崩したショパンにどっぷりつかった人間には、ポリーニのショパンは辛口硬派に過ぎた。
しかも、そもそもオーケストラ音楽が好きだった上に、JEUGIA四条店のクラシック音楽担当になって他のジャンルに手を伸ばしだしたときも、フォルテピアノにはまってモダン楽器のピアノを聴く機会はそれほど増えなかった。
加えて、ちょうど30年前のケルン滞在中、同地に暮らすピアニストとギタリストの日本人夫妻と会食した際、「録音はもちろんのこと、来日公演でもポリーニはミスしないように気をつかっている。こっちで実演を聴いておいたほうがいい」という言葉をいただいたのも大きかった。
それで、ポリーニを積極的に聴く機会はこれまでほとんどなかったと言っていい。
返す返すも実演に接することができなかったことを悔やむ。
けれど、今となってはポリーニを偲ぶには録音に触れるしかない。
協奏曲をひとまず置くと、ポリーニの録音上のレパートリーはバッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、リスト、シューベルト、シューマン、それからシェーンベルクやベルク、ウェーベルンらを含む20世紀に作曲された作品あたりに限られるのではないか。
一つには、上述したアルゲリッチとの兼ね合いもあったかもしれないが、やはりポリーニ自身の好み、強い意志の反映であることも確かだろう。
レーベルでは、初期のEMI以外では、正規のリリースはほとんどドイツ・グラモフォン。
ただ、ペーザロのロッシーニ音楽祭でロッシーニの歌劇『湖上の美人』という超マイナーなオペラを指揮したことがあって、そのライヴ録音*がCBS(現SONY)からリリースされたことがあった。
今、それをながら聴きしている。
午前中、シェーンベルクのピアノ曲作品33のaとb、ウェーベルンのピアノのための変奏曲を聴き、今さっきシューベルトのアレグレット、シューマンのアラベスク、そしてドビュッシーの前奏曲集第2巻と『白と黒で』<いずれもDG>を聴いた。
ドビュッシーの前奏曲集第2巻は、2016年の録音。
第1巻他が録音されたのは1998年なので、約20年後の録音ということになる。
74歳だからポリーニにとっては晩年の演奏だが、若い頃に比べれば当然技術的な面で多少の変化は否めないものの、それでも高いテクニックを維持している。
ドビュッシーというと、印象派云々という言葉が付き物だけれど、ポリーニの演奏だと、単なる気分頼みではなく、音の組み合わせによる音色の変化であるとか、リズム進行であるとか、そうした印象を与えるプロセスが的確に把握され、結果明快に示されている。
それとともに、この前奏曲集第2巻では、第5曲の「ヒース」のように耳なじみのよい音楽はありつつも、ポリーニが得意とした同時代、「現代音楽」の先駆者としてドビュッシーが位置づけられるべきであることも改めて教えられる。
それでいて、これはアラベスクにも通じるが、音楽の持つ情感、美しさが退けられるわけではない。
非常に聴きがいのある演奏だ。
なお、ピアノ2重奏のための『白と黒で』は、子息のダニエレ・ポリーニとの共演。
第一次世界大戦中に作曲されたこの作品の時局性について、前奏曲集第2巻でのイギリス国歌やラ・マルセイエーズの引用とも絡めて、NHK・FMの『クラシックの迷宮』で片山杜秀が語っていたはずである。
2024年03月24日
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