グレン・グールドが弾くワーグナーのピアノ・トランスクリプション集<SONY>を聴いた。
収録曲は、楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲、楽劇『神々の黄昏』から夜明けとジークフリートのラインへの旅、ジークフリート牧歌の3曲で、いずれもグールド自身の編曲による。
音楽的効果を考えて、マイスタージンガーのラストでは二重録音が用いられているというが、と言って、自らの高い技量、ヴィルトゥオーゾぶりを発揮するためのアルバムでないことは言うまでもない。
そして、音色そのものでは当然大管弦楽の持つ華々しさにかなわないことは、グールドも十分承知していただろう。
ここでもグールドは、メロディーやリズムといった音楽的構成、音楽的構造を明瞭に腑分けする。
マイスタージンガーの中間部や、ラインへの旅あたりの音の細かい動き、対位法の強調はグールドの本領発揮といってもよい。
ただ、23分をかけてゆっくりと演奏されたジークフリート牧歌では、グールドのロマンティシズム、リリカルさが全面に押し出される。
後半の高揚する部分も抑制が効いて、うるささを感じない。
特に、繰り返しあらわれる冒頭の主題の愛しむような表現が忘れ難い。
今、晩年のグールドがトロント交響楽団の団員を指揮して録音した初演時の編成によるジークフリート牧歌を聴いているが、ピアノ独奏版の録音がこの演奏のための予行演習のように思えてならない。
実に美しい演奏だ。
2024年03月03日
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