今年3月でちょうど90歳を迎えるロジャー・ノリントンは、2021年に引退するまで、いわゆるピリオド楽器やピリオド・スタイルを用いた演奏の牽引者であり続けた。
彼の業績の一つは、ロンドン・クラシカル・プレイヤーズを率いてピリオド楽器による初期ロマン派、さらにはワーグナー、ブラームス、ブルックナーといった後期ロマン派の演奏に先鞭をつけたことだろう。
今となっては全く特別なことでもないけれど、ノリントンが後期ロマン派を取り上げだした1990年代初頭、特に日本ではまだキワモノ扱いだったように思う。
ちょうどそんな時期、30年前のヨーロッパ滞在中にノリントンが指揮する2度のコンサートに接することができたのは非常によい経験であり体験だ。
とにかくスピーディーで歯切れがよくて。
ヨーロッパ室内管弦楽団とのケルンでのコンサートのときなど、あまりに速過ぎて素っ気ないと思ったのか、モーツァルトのフリーメイソンのための葬送音楽をもう一度演奏したほどだ。
ただし、ノリントンの場合は、ニコラウス・アーノンクールやフランス・ブリュッヘンのようなプロテスト的な過剰さは感じない。
一方で、同じイギリス出身のクリストファー・ホグウッドやトレヴァー・ピノック、ジョン・エリオット・ガーディナーらのオーソドックスな行き方とも違う。
あえて言うなら、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」とでもなるか、軽やかでなおかつ刺激的といった趣の音楽づくりだった。
ノリントンで印象深いのは、早々にロンドン・クラシカル・プレイヤーズを手放し(同じピリオド楽器オーケストラのエイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団に吸収される形になった)、モダン楽器のオーケストラに活動の軸足を移したことだ。
今回聴いたモーツァルトのセレナード第5番とディヴェルティメント第10番<SONY>を演奏しているチューリッヒ室内管弦楽団は、ノリントンの指揮活動の中ではもっとも後期に属するパートナーである。
一連の録音を残したシュトゥットガルト放送交響楽団に比べると、やはり機能性には不足しており、演奏者数の多い少ないではなく、音の細さを感じもする。
それでも、速いテンポで軽やか、ここぞというところでの音の強弱の変化は変わらない。
加えて曲のつくりもあって、緩徐楽章での室内楽的なインティメートさが記憶に残った。
2024年01月08日
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