父滋の死でよくも悪くもタガが外れたか、さらには辻仁成との絡みもあってか、城山三郎ばりの仰々しい題名も加わってしばらく敬遠気味だった江國香織だけれど、去年刊行された『去年の雪』<角川書店>には、やられたと強く思った。
様々な登場人物による短いエピソードの中にエロス・タナトス・クロノスが絶妙に盛り込まれており、一冊読み終えたときには感傷とも感慨とも言えない、曰く言い難い感情に捉えられる。
もちろん彼女の一連の作品と共通する「不思議ちゃん」(読み巧者の友人の言葉。だいたい江國香織自身が類まれなる不思議ちゃんだ)ぶりも健在だし、ウェットにならない、じめらない、ねばねばしない抒情性にも欠けていない。
そう、江國香織の作品の魅力を要約すれば、滑稽さすらためた「不思議ちゃん」ぶりと粘らないリリカルさということになるのではないか。
梨果は、長年同棲関係にあった健吾から急に家を出て行くと告げられる。
そんな梨果の下にやって来たのは、健吾が好きになったはずの女性華子だった。
あまりの展開に驚きつつも、梨果は摩訶不思議な魅力を放つ華子との生活を徐々に受け入れていく。
そこに、健吾も加わって…。
といった展開の『落下する夕方』は、冒頭に掲げた江國香織の大きな変化の直前に発表された作品で、「不思議ちゃん」ぶりと粘らないリリカルさが実に適切なバランスで共存している。
(なので、ある演劇関係のワークショップである女性が感情たっぷりに『落下する夕方』を読み始め、しまいには感極まって泣き出したとき、あなたがそうなってしまう気持ちは十分に理解するけれども、演技者によるテキストの読解としてそれは如何なものなのだろうと心底思ってしまったものだ)
その『落下する夕方』の映画をDVDで観た。
監督・脚本は合津直枝で、基本的な部分は原作にそいながらも、構成や季節の設定等、映像化のための工夫が随所で為されている。
で、しょっぱなのノイズが加わった映像と健吾を演じる渡部篤郎の例の間が多い、ためが多い台詞に「リカ」を演じる原田知世のナチュラルっぽい台詞の掛け合いの食い合わせの悪さで、ううん、これはと途中下車しようかと思ったんだけれど、「イグアナの娘」かつ「富江」の菅野美穂=華子の乱入に別の面白み(黒沢清的というのかな、菅野美穂、原田知世、渡部篤郎のアンバランスのバランスは、『リング』や『らせん』なんかよりよほど怖い)を感じてしまい、結局最後まで観終えてしまった。
例えばラストなど、監督の意図は理解しつつも、より簡潔であってもよいのではないかと思える箇所があったり、ある部分とある部分の間に必要以上のぎくしゃくとしたものを覚えたりしたのだが、原作の持つ「不思議ちゃん」ぶりと粘らないリリカルさがよりいびつな形で表現されていたとも思う。
(リカと華子が鎌倉を訪れる辺り、合津監督は成瀬巳喜男の『山の音』を意識しているかもしれない。そして、二人の砂浜での場面がいい。そういえば、是枝裕和監督の『幻の光』をプロデュースしたのが合津監督なんだった。この前観た『海街diary』との鎌倉繋がりで、そのことを思い出した)
菅野美穂と渡部篤郎の間に挟まれた原田知世は常人。
かというと、さに非ず。
やはり彼女は時をかける少女(誉め言葉)。
華子だけではなくリカにも、「不思議ちゃん」の血が流れていた。
それと、リカの母親を演じた木内みどりがいい。
父親の墓参りのシーンでの原田知世とのやり取りには安心する。
また、台詞はほとんどないものの、大好きな村上冬樹が何度も出てきて嬉しかった。
ほかに、大杉漣、中井貴一、国生さゆり、日比野克彦らが出演。
あと、最後のほうで川越美和(初瀬かおる名義)が出てるんだけど、劇中の華子と彼女の人生が重なって、どうにも辛かった。
2021年05月21日
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