2021年02月22日

尾高惇忠が亡くなった 京野ことみの演技に目を見張る 花粉めが!(CLACLA日記)

 晴天が続く。

 今日も気温が上昇し、春めく一日。
 その分、花粉の勢いが激しい。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 花粉のせいで、頭がぼわっとし、目の周りが痒く、鼻がむずむずする。
 花粉めが!
 これは花粉のせいではないかもしれないが、頭ばかりよく汗をかく。
 やれやれ。


 作曲家の尾高惇忠が亡くなった。76歳。
 父は作曲家で指揮者の尾高尚忠、弟は指揮者の尾高忠明、夫人も声楽家の尾高綾子という音楽家一家の一人。
 また、曾祖父は今年の大河ドラマ『青天を衝く』の主人公渋沢栄一と、同じく登場人物の一人で同名の尾高惇忠。
 法哲学者の尾高朝雄と社会学者の尾高邦雄は伯父にあたり、俳優の長岡輝子は母方の伯母、チェリストの倉田澄子は母方の従姉にあたる。
 東京芸術大学の出身でパリに留学、作曲家として活躍する一方、母校東京芸大の教授の職にもあった。
 父親の名を冠したNHK交響楽団による尾高賞を二度受賞している。
 深く、深く、深く、深く黙禱。


 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、23時過ぎに寝床に就く。


 7時過ぎに起きて、YouTubeでウィリアム・ハワードが弾いたメンデルスゾーンの歌の翼に(リスト編)、シューベルトのセレナード(リスト編)、シューマンの献呈(リスト編)、リストの愛の夢第3番、きたやまおさむ、加藤和彦、坂崎幸之助が歌ったあの素晴らしい愛をもう一度、あいみょんが歌った愛を伝えたいだとかを聴いたりしながら朝の準備をすませ、8時17分に外出する。


 で、夕方までアルバイトに勤しみ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 アルバイトのお昼休み、テレビで弁護士高見沢響子シリーズ(11)の再放送の最後のほうを観たら、京野ことみが市原悦子に伍して目を見張るような演技をやっていた。
 撮影=本番だから本息で当然なんだけど、あえて本息という言葉を使いたくなる表情だった。
 ほかに、米倉斉加年やあめくみちこも好演。
 全体を観ていないので竹山洋の脚本はひとまず置くとして、監督・堀川とんこうのクレジットに大いに納得した。


 夕飯後、YouTubeでハワードが弾いたスメタナの愛、ドヴォルザークのセレナード、フィビヒの気分、印象、思い出から3つの小品、ノヴァークのセレナード、スークの愛の歌、ヤナーチェクの散りゆく木の葉、フォーレのロマンスと無言歌から第3番、グラナドスの嘆き、またはマハとナイチンゲール、クライスラーの愛の悲しみ(ラフマニノフ編)、リヒャルト・シュトラウスの明日に(レーガー編)、尾高忠明指揮札幌交響楽団他が演奏した尾高惇忠のオルガンとオーケストラのための幻想曲、武満徹の『乱』、細川俊夫の記憶の海へ -ヒロシマ・シンフォニー-、アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカが演奏したハイドンの交響曲第9番と第10番、ヴィラーズ・カルテットが演奏したディーリアスの弦楽4重奏曲、同(1916年版)から第1&第2楽章、エルガーの弦楽4重奏曲、エカテリーナ・リトヴィンツェヴァが弾いたラフマニノフの7つのサロン小品集、マレイ・ペライアが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、多和田葉子の『星に仄めかされて』<講談社>を読み始めたりする。


 今日も、少しずつ甘いものを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:44| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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