☆空降る飴玉社『銀皮の中のY(M)は、88℃の熱さを知っている。』
脚本:加藤薫
演出:加藤薫
(2019年8月17日13時の回/人間座スタジオ)
ただより高いものはない!
個人情報抜き取られるぞ、とわかっていてもネットの無料配信の映画やテレビドラマを重宝している。
最近では、GYAO!一本鎗。
サンテレビで放映された島田角栄監督の超カルトドラマ『元町ロックンロールスウィンドル』が引き金になって、テレビドラマを観るわ観るわ。
何せ、テレビのない生活を送っているもので。
今季では、定番の『科捜研の女』に『サイン』(篠井英介とおかやまはじめの壮絶な争い!)、『刑事7人』(刑事たちの大仰な演技は好みじゃないけど、先日の大地康雄はすこぶるよかった)、『名探偵ポワロ』のオリジナル版なんかを欠かさず観ている。
中でも、黒木華や高橋一生、市川実日子らの『凪のお暇』は映像の感じも含めて大いにお薦めだ。
そして、映画も忘れちゃいけない。
ついつい敬遠してしまったメジャーどころの邦画を観ることができる。
一度とばし観して、これは全部きちんと観ておこうと観直したのが、深川栄洋監督の『洋菓子店コアンドル』だ。
正直、伝説のパティシェというのにどこがそんなに凄いのか今一つわからない等々、せっかく美しい映像に興味深い設定な割にあれあれと思う部分が少なくなかったのは残念なのだが、田舎もんのいやたらしさと図々しさ、強さと弱さを演じ切った蒼井優をはじめ、江口洋介、江口のりこ、戸田恵子、加賀まりこ、佐々木すみ江、鈴木瑞穂ら役者陣の演技が与えられた役回りに実にぴったりでそれを存分に愉しむことがきた。
さて、今回初めて足を運んだ空降る飴玉社の公演『銀皮の中のY(M)は、88℃の熱さを知っている。』の話。
常麻メイ子は、かつてコンクールで入賞した経験もあるバリスタ。
今は石川県でカフェを営んでいるが、祖母の敦津が怪我をしたとの連絡があり、急いで地元の京都へと戻って来る。
そんなメイ子を迎えたのは、弟の桔太や敦津のほかに、敦津が寮母を務める寮の一癖も二癖もある住人たちで…。
どうしても納得のいくコーヒーを淹れることができず葛藤するメイ子を中心に、登場人物たちが抱えた悩みや傷が徐々に明らかになっていく。
自分に誠実であろうとすればするほど息苦しく辛くて、それこそ一杯のコーヒーのようにほろ苦くもあるし、周囲の人々とときにはぶつかったりもするのだけれど、それでも人と人との関係がやはり救いにもなって、なんとか日々を生きていくことができる。
実に向日性に富んで、好感の持てる作劇であり、展開だった。
とともに、演劇だからこその仕掛けや表現は当然ありながらも、一方で丁寧に造り込まれた美術や、リリカルで効果的なBGMの使用には、上述した映画やテレビドラマの表現に近しいものを感じたりもした。
ただ、せっかく丁寧に造り込もうという意欲がはっきりしているからこそ、台詞の選択や小道具の処理など、一層細やかさを求めたい部分があったことも事実だ。
(これは舞台上の問題ではないけど、公演パンフレットでせっかく登場人物の設定が細かく書かれているのに、それを誰が演じているかがわからないのは、やっぱり不親切だと思う)
それと、約130分の上演時間には、どうしても長さを感じてしまう。
伝えたいことがいろいろとある上に、出演者一人一人に見せ場を与えたいという想いは十分十二分に理解がいくのだが、それがかえって物語が都合よく流れ過ぎる腑に落ちなさに繋がっているように思えてしまった。
少なくとも、登場人物間のやり取りやシーンごとのラストの処理等、よりテンポアップがはかられるべきではなかったろうか。
ベテラン中のベテラン菱井喜美子を筆頭に、谷内一恵、音蔵乙葵、大谷彩佳、青木琴音、出町平次、坂口弘樹、ナカメキョウコ、藤村弘二の演者陣は、各々の特性魅力を発揮しつつ、作品世界にそう努力を重ねていた。
特に、あちらで誰かがしゃべり、こちらで誰かがしゃべっているようなアンサンブルシーンでのインティメートな雰囲気は観ていてとても愉しかった。
反面、個々の登場人物の真情吐露のような見せ場になると、感情表現のギアのチェンジの難しさを痛感したりもした。
ただこれは、演者の技術技量の問題より以前に、一つ一つの役に求められるキャラクター、記号的要素、さらには内面の感情の動きと個々の演者の現時点でのあり様との齟齬がまずもって大きいように思われる。
言い換えれば、江口洋介なり蒼井優なり黒木華なり高橋一生なり江口のりこなり戸田恵子なりに求められている事が今回の演者陣に即求められているというか。
それでは、そうした齟齬をどう解決していくのか。
演者陣の「等身大」の特性魅力に寄せるのか、あえてワークインプログレスと割り切り作家の表出表現欲求を優先するのか、もしくは両者のバランスを慎重にとっていくのか。
いずれにしても、加藤さんにとっては本当に大変な作業だと思うが、脚本演出両面での今後の一層の研鑽とさらに精度の高い作品の上演を心より願ってやまない。
2019年08月17日
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