監督:関川秀雄
脚本:新藤兼人
かつて長崎に生まれ育った人間にとって、飛行機や新幹線よりもなお夜行寝台特急「さくら」は、東京への上京や長崎への帰郷を強く感じさせたのではないだろうか。
今から30年以上も前になるか、大学受験の行き帰りに「さくら」を利用した際、僕もそのことを痛感したものだった。
加えて、飛行機や新幹線以上に同じ時間を過ごすこともあるからだろうか、夜行列車の旅では見知らぬ人と一期一会の会話を愉しむことも少なくない。
僕自身、行きの「さくら」では大学の名誉教授の先生と芸術談義に華を咲かせてコーヒーや甘いものをご馳走になったし、一転帰りの「さくら」では企業の労務担当の中間管理職の中年男性から「おいは、共産党の言うことは正しかと思うとっとやけど、正しかことだけじゃ会社は成り立たんとさ、だけんしょんなか、民社党ば応援しとっとたいね」といった嘆きの言葉を缶ビールにちくわのセットとともにいただいたものだ。
そんな濃密な空間だけに、当然人間ドラマには誂え向きということで、瀬川昌治監督の『喜劇急行列車』や山本薩夫監督の『皇帝のいない八月』と、「さくら」は何度か映画の舞台となってきた。
関川秀雄監督の『大いなる驀進』は、その「さくら」を舞台にした映画の皮きりである。
早く結婚したいが、今のままではうだつが上がらないと悩む車掌の矢島(中村賀津雄=当時)は、今回の「さくら」への乗車を最後に仕事を辞めると恋人の君枝(佐久間良子)に言い放つ。
だが、矢島に車掌を辞めて欲しくない君枝は、彼の心を変えようと思わず「さくら」に飛び乗ってしまう。
二人をはじめ、専務車掌の松崎(三國連太郎)や矢島に恋心を抱く食堂車の乗務員(中原ひとみ)、憲政党の政治家(上田吉二郎)とその秘書(大村文武)、政治家から懐中時計を掏り取るスリの名人(花澤徳衛)、闇の世界の男(波島進 特別機動捜査隊!)と彼を付け狙うチンピラ(曽根晴美)、自殺を図る元炭鉱経営者(小川虎之助)と彼を救う医師(小沢栄太郎)、長崎医大へ血清を届けねばならない大阪医大の女性(久保菜穂子)といった様々な人々が集う「さくら」は、長崎に向けて驀進するが、途中台風の直撃にあって…。
といった、いわゆるグランドホテル形式の作品なのだけれど、肝は雨風に打たれながらも土砂崩れの岩やら石やら土砂やら枝木やらを押しどけようと一丸となって必死に作業を続ける国鉄職員たちの姿ではなかろうか。
(フィクションとはいえ、佐久間良子や中原ひとみ、久保菜穂子といった女性たちも思わず復旧作業に加わっている。その点も忘れてはなるまい)
1時間半ほどの尺でもあり、正直、予告編や惹句で煽るほどには激しいスリルを感じさせる内容ではないが、観て嫌な気分になることのない向日性に富んだ作品であることも確かだろう。
それと、関川監督の実兄が国鉄の幹部だったということもあってだろうが、国鉄の全面協力を受けている分、鉄道好きにはたまらない映像が多数含まれていて、それも見物だ。
屈折した感じ、翳りが持ち味の中村賀津雄と、自分の想いに正直に行動する佐久間良子のほか、上述の如く、俳優陣も多士済々。
ただし、その要は、同じく国鉄の全面協力で撮影された関川秀雄監督の前作『大いなる旅路』同様、三國連太郎か。
ところどころ腹に一物を秘めた様子もあって、ついつい『皇帝のいない八月』で演じた陸上自衛隊の警務部長役での怪演を思い出してしまったが。
それにしても、若いころの三國連太郎って、やっぱり佐藤浩市に似ているなあ。
(ちなみに、自衛隊員がクーデターを起こそうとして「さくら」を乗っ取り、おしまいには大銃撃戦を巻き起こしてしまうという政治サスペンス劇『皇帝のいない八月』は、国鉄の協力を得ることはできなかった…。そういや、三國連太郎のほか、小沢栄太郎も両方の作品に出ているんだった)
あと、印象的だったのが、朝焼けの中に黒く浮き上がる原爆ドームだ。
もちろんそれは、「さくら」の停車駅広島をイメージさせる映像であることに間違いはないのだけれど、関川秀雄が『ひろしま』の、新藤兼人が『原爆の子』のそれぞれ監督であるだけに、いろいろと感じ、想い、考えてしまった。
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