監督:山田洋次
『男はつらいよ』から遡ること二年前、坂本九をメインに据えて山田洋次が撮影した1時間半程度の作品だ。
胃癌の宣告を受けた、横浜の場末の劇場で軽演劇の芸人をやっている源九太郎は、なんとか楽に死ねないものかと知り合いを通じて「自分を殺して欲しい」と殺し屋に依頼する。
ところが、なんと九太郎はスイスの大富豪の女性の30億円の遺産の相続人であり…。
といったストーリー展開で、原作は三木洋の短篇小説『殺しの動機』。
実は、この三木洋とは小林信彦のことで、当時作家を務めていた日本テレビのバラエティ番組『九ちゃん!』の関係で、坂本九のために松竹に原作を提供したのだけれど、一体どんな代物に仕上がるかわからないため、仮名を使うことにした。
山田洋次が手掛けるとわかって実名にしておけばよかったと、のちに後悔する。
と、ここら辺の事情については、小林信彦自身の『テレビの黄金時代』<文春文庫>の229頁あたりから234頁あたり、原作については『読書中毒』<同>の「オリジナルなプロットを求めて」が詳しい。
(ちなみに、三波伸介、戸塚睦夫、伊東四朗のてんぷくトリオが出演しているのも『九ちゃん!』繋がりだ)
「山田作品唯一のスラップスティック・コメディー」と惹句にはあって、確かに細かいくすぐりはあるし(九太郎を胃癌と誤診する犬塚弘のくだりは、前年の『白い巨塔』のパロディだろう)、終盤どたばたが置かれてもいるのだが、そこは山田洋次のこと、気のいい男が恋に破れるというなんともおかかなしい結末を迎える。
だいたい、坂本九が主人公なんだもの、そりゃウェットにもなるさ。
(九ちゃんが歌う、浜口庫之助作詞作曲の『街角の歌』と『夢はどこにある』がまたウェットだ)
その坂本九は、「器用さ」を随所で披露(その器用さを、のちに大きな弱点になると『テレビの黄金時代』で小林信彦は指摘している)し奮闘。
ヒロイン役の倍賞千恵子もウェットさではひけをとらない。
ほかに、ジェリー藤尾、E・H・エリック、谷幹一、佐山俊二(彼の情けなさがよく出ていて嬉しい)、桜井センリ、石橋エータロー、大泉滉といったテレビで活躍中のタレントや軽演劇勢、やってる勢、それから渡辺篤や左卜全(胃癌=『生きる』!)、有島一郎らベテラン勢が出演している。
中でも最後の映画出演となった齋藤達雄のさり気ない存在感が実にいい。
この齋藤達雄を観ることができただけでも儲けものだ。
音楽は山本直純。
終盤の追いかけっこでは、『海ゆかば』が聞こえてきた。
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