2019年05月12日

ほそゆきのパイロット版20

☆ほそゆきのパイロット版20


「これ読むのに、いくらもろたん」
 詠美が用紙の束を右手の人差し指で軽くつつく。
「二千円」
「やっす」
「お金ないっていうから、まあ、しょうがないと」
「何がしょうがないん。お金ないなら、こんな映画撮れるわけないやろ。どうやって電車の脱線するとことか撮んねん」
「あっ、それは大丈夫。なんだっけ、えっと、松なんとか事件とか、昔の鉄道事故の写真使えばいいからって、ネットにあるのを」
「こいつが言うたん、こいつが」
 詠美が用紙の束を連打する。
「そう」
「あほとちゃうか」
「ごめん」
「あんたちゃう、綾波平次や」
「綾波悟郎、平原平次」
「わかってるわ」
 詠美はアイスカフェオレのグラスに残った氷を頬張ると、がりがりと噛み砕いた。
「相手が学生やと思って、なめてんとちゃうん」
「そういう感じじゃないけどね」
「やったら、なおのことあかんわ」
「まあ、そう言われてもしょうがないかな」
 佐田がお冷を口に含んだ。
「言われて当然や。ほんま、しょうもない」
 と、詠美が口にしたとき、からんころんとカフェのガラス戸が開く音がした。
「ああ、佐田君、やっと見つけたあ」
 佐田と詠美が声のほうに顔を向けると、そこにはアーミージャケットを着込んだこけしのような頭の形をした男が立っていた。
「高原の学舎に行ったら、ちょうど通りかかった宇野君がどっか出かけたって教えてくれて」
 宇野も町家の夜通し映画祭の常連だ。
「ほんと、あちこち探したで。これで十八軒目。はじめ、高原の近くのお店をあたったんやけど、どこにもおらへんやろ。しゃあないから百万遍のサイゼにマクド、京大のルネカフェまで足伸ばしたで。まさか高野のほうに隠れてるとは思わんかったわ。まあ、僕も約束せずに来たのは悪いんやけど、佐田君も一言どこに行くかぐらい友達には断っておいたほうがええんやないかな、そういうとこ社会に出たとき大きく問われると思うから。あっ、これ説教やないよ、人生の先輩からの助言やと思うてな」
 男はねちゃねちゃとした声で話し続ける。
「なあ、誰なん」
 詠美が小声で尋ねると、佐田は無言でシナリオの表紙を軽くつついた。
「まじかあ」
 思わず詠美は声を上げた。
posted by figarok492na at 22:45| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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