☆ほそゆきのパイロット版19
「あかん、こんなん読んでられへん」
詠美が用紙の束を放り投げた。どんという音がして、テーブルが軽く揺れる。
「やっぱりそっか」
佐田が頷く。
「なんやのんこれ」
「だよね」
「だよねやないわ。どないせいっちゅうの、こんなん」
「俺らで映画にして」
「こんなんできるわけないやろ」
佐田の言葉を遮って、詠美は言った。
「シナリオ書いた人間がどんな考え方してようが、それはまあしゃあないよ。私は大っ嫌いやけど、そんなん本人の勝手やし。やけど、これはないやろ、これは。映画撮るって、自主やんなあ」
「たぶん、俺らに頼んでくるくらいだから」
「東映とか角川の昔の映画やあるまいし。こんだけのキャスト、どこから集めてくるつもりなん。その他大勢ってなんやの」
「いっぱい出演者がいるってことだよ。全部読めばわかる」
「あんた全部読んだん。ほんま、物好きやなあ」
「一応、仕事だし」
「仕事って」
詠美はアイスカフェオレを飲み干した。
「このモノローグもひどいでえ。声が低くなってるって、ニュースとかワイドショーでよう使ってるやつやろ。いやあ、まさかあんなことになるとは思ってもみませんでしたねえ」
詠美の声真似に反応して、佐田があははあははと大きな笑い声を上げる。
「何笑ってんねん」
「だって、のがちゃんのそれ、だめだ、ツボに」
あははあははと、佐田はしばらく笑い続けた。
「それや」
「えっ」
「観る人の反応、つくりもんの声で、広大な宇宙の燈台、母の夢を、やとか、守よ、早く覚醒せよ、とかだらだら続けてみ、コントやでコント」
「ああ、確かに、ああ、やばい」
詠美が再び声真似をしたものだから、佐田はまたもあははあははと笑い声を上げ始めた。
「笑ってる場合ちゃうで。なあ、この綾波悟郎か平原平次って、どういう人間なん」
「どういうって、まあ、町家の夜通し映画祭で知り合ったんだよね」
「佃さんたちのやってる」
「そう。もともと慎澄社に勤めてたらしいんだけど、今は京大の院目指して実家に帰ってるんだって。向日とか、あっちのほうに住んでるはず」
「映画の経験は」
「ああ、それはない。観るのは好きで、年に三百本は観てるらしいよ。あと、高校で放送部やってたって」
「観るのとやるのとではなあ」
「まあね。なんか、町家に通ってるうちに、創作意欲がむくむく湧いてきたんだって」
「それがこれか。だいたい、京大の院目指してんとちゃうん。ゆっこちゃんだって、毎日熱心に勉強してはんで」
思わず詠美は顔を顰めた。
2019年05月11日
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