2019年05月06日

ほそゆきのパイロット版16

☆ほそゆきのパイロット版16


「まるでドラマだなあ」
 チーズケーキを切り崩しながら佐田が言う。
「あの人、そういうとこは何やらかすかわからへんねん」
 そう言って、詠美はアイスカフェオレを口に運んだ。
「いつもはおしとやかなんだよね」
「おしとやかっていうか、なんていうか」
「どっちにしても、のがちゃんとは正反対」
 佐田がチーズケーキの欠片をこぼした。
「あんた、ほんまきったない食べ方するなあ」
「しゃあないやんか」
 嘘くさい関西弁で答えて、佐田はあははと笑った。答えはするが、応えてはいない。毎度のことだ。
「帰って来たの」
「一昨日な」
「てことは、ひと月近く」
「そんなもん。なんか院の大事な発表があるんで、しぶしぶ帰って来たんやて」
「へえ」
「ケルンやろ、ウィーンやろ、プラハやろ、ザルツブルクやろ、ミュンヘンやろ、ニュルンベルクやろ、ドレスデンやろ、ライプツィヒやろ、ベルリンやろ、ハンブルクやろ、アーヘンやろ、ブリュッセルやろ、ブリュージュやろ、カレーやろ、ロンドンやろ、バーミンガムやろ、パリやろ、リヨンやろ、あっ、あとアムステルダムにユトレヒトもや」
 詠美が指を折りながら、雪子の旅路を辿る。
「よく覚えてんなあ」
「記憶力なら任せて。台詞覚えも完璧や」
「ほんまかいな」
「ほんまや」
「にしても、お金あるんだね」
 佐田がチーズケーキの残りを一気に頬張った。
「ゆっこちゃんは吝嗇家やからな」
「りんしょく」
「しぶちんのこと」
「しぶちん、ちんちん」
「だほ、いねぼけかす」
 詠美はストローの紙の包みを丸めて、佐田に投げ付けた。
「ごめんごめん、でもしぶちんって」
「ほんまに知らんの」
「知らん、知りません」
「ようそれで映画監督なんか志望できるなあ、佐田啓一君は」
「まあ、そこはそれ、インスピレーションで補うということで」
 黙ったままの詠美に、佐田は首をすくめてみせた。
「けちってこと」
「ああ、けち」
「やけど、ここぞというときはぱっと身銭を切らはんねん、ゆっこちゃんって人は」
 詠美が自慢げにそう言った。
posted by figarok492na at 19:35| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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