2019年05月04日

ほそゆきのパイロット版14

☆ほそゆきのパイロット版14


 帰宅した沙織は、ライ麦パンと作り置きのグラーシュ、野菜サラダで手早く夕食をすませると、フォルテピアノのオルガ・トヴェルスカヤが弾いたメンデルスゾーンの無言歌集を聴きながら、手紙を書き始めた。

拝啓
都築正臣様

 秋も徐々に深まり、肌寒さを覚える今日この頃ですが、如何お過ごしでしょうか。ここケルンでも木々がめっきり色付いてきて、まるで冬の足音が聞こえるようです。
 先日は丁寧なお手紙をいただき、誠にありがとうございます。ゼミOB会のお写真、とても懐かしかったですよ。永富先生がお元気そうで何よりでした。都築君はじめ、近藤、目加田、稲葉、網代の諸兄姉、皆々これぞ大人といった感じで、私など未だに学生気分をどこかで引きずっているような。そうそう、目加田君からは来月ベルリンを訪問する旨のメッセージがありました。残念ながら、ベルリンとケルンでは相当距離があるので、急な出張でもないかぎり、まあ、たぶんないですね。
 それと、新しい集まりのお誘いもありがとうございます。官、政、財にメディアを横断する同世代の会とのことで、コンペティションの書記長時代の都築君をすぐに思い出しました。もし都築君の狙い通り会が結成されれば、たぶん十中八九そうなると思いますが、さぞ熱の入った議論が続出することでしょうね。
 都築君の手腕は重々承知していますし、今は基金に出向しているとはいえ、私も本来は外務省の職員ですし、現在の諸状況を「憂いて」いることに違いはありません。ですから、会の趣旨、都築君の真情には首肯する部分も少なくありません。
 ただ、国榮会という会の名称や、国を愛し国を憂うといったスローガンを前面に押し出すこと、会の同質性を貴ぶという姿勢には、やはり大きな違和感を覚えてしまうことも事実です。
 コンペティション時代を振り返れば、確かに毎回異論反論続出で、徹夜もざら。都築君ならずとも、お前らええかげんにせいよと内心いらいらが募ったものでした。お互い、感情が爆発したこともありましたよね。ですが、そうしたうっとうしい議論を重ねたことで、私も、都築君も、他の面々も、徐々に確実に鍛えられていったのではないでしょうか。
 いえ、都築君が私にどのような役割を期待しているかも理解はしているのです。理解はしてはいるのですが、各自の思想信条の違いを認めた上で、それぞれの課題に対しコンセンサスを得ていくコンペティションと異なり、当初から会の同質性に重きを置く国榮会では、正直都築君の期待に応える自信を私は持てないのです。
 それに、もう一つ付け加えるならば、私は出向が終わっても、もう外務省には
posted by figarok492na at 13:18| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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