2019年04月26日

ほそゆきのパイロット版11

☆ほそゆきのパイロット版11


 Uバーンを降りて会館に向かう沙織の横を、牧野の車がゆっくりと通り過ぎた。助手席には同じ館員のパウルが乗っている。博物館の搬入を確認してきたのだろう。ちょうど玄関のところで牧野とかち合った。
「お疲れ様です」
「おそようさまです」
 いつもの如く慇懃無礼、ならぬ慇懃有礼とでも呼びたくなるような牧野の物腰だ。本省の面々とは、やはりどこか色合いが違う。
「展示ですか」
「そうそう、一応こっちの人間がチェックしておかないと」
 牧野はそう言うとドアを開け、沙織を促した。
「ありがとうございます」
 と言って、沙織は中に入った。
「グーテンターク」
 窓口に詰めるマリアが沙織に声をかける。
「グーテンターク」
 軽く右手を上げた沙織に、マリアは微笑んだ。マリアは今年で二十五歳、ケルン大学の大学院で行政学を学んでいる。
「グーテンターク」
「グーテンターク」
「こにちは」
「こんにちは」
 沙織は館員たちと挨拶を交わして、二階の執務室に向かった。ガラスの仕切りを挟んで約六畳ずつと、一階の事務室に比べると少し手狭だが、沙織にはこのぐらいの広さがちょうどいい。
「こんにちは」
「こんにちは」
奥のスペースでノートパソコンに向かっていた栃尾が顔を上げた。
「デュッセル、どうでした」
「相変わらずですね」
 沙織の言葉に、栃尾が苦笑する。
「佐橋君がよろしくって」
「彼、元気にしてます」
「ええ」
「なら、よかった」
 佐橋は栃尾のゼミ出身で、この春デュッセルドルフの総領事館に配属になった。
「そうそう、ケルンの駅で金井さんに会いました」
「彼女、戻って来てたんですね」
「そうみたいです」
「今度は落ち着くのかな」
「ううん、どうでしょう」
 栃尾に応じながらノートパソコンを開きかけたところに、内線電話が入った。
「はい、野川です」
「ああ、私です。今、ちょっと大丈夫」
「はい、すぐに伺います」
 沙織はノートパソコンをそのままにして立ち上がった。
posted by figarok492na at 11:20| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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