2019年02月02日

後付け第5回公演『めだまやきくん大集合(再演)』

☆後付け第5回公演『めだまやきくん大集合(再演)』

 作・演出:高嶋Q太
(2019年2月2日16時開演の回/スタジオヴァリエ)


 後付けなんて、なんて思わせぶりな。
 なんて思わせて、北川啓太君も出てたからどうせ麻雀から来てるんじゃないの。
 と、思ったり思わなかったり、最初からこう書いてやろうと思ってたり。
 信頼する人たちから薦められていながら、なかなか観ることができないでいた後付けの第5回公演『めだまやきくん大集合(再演)』を観たんだけれど、ちっとも思わせぶりなんかじゃなかった。
 確かに、「幕間」を挟んで演じられた10の小品は、一筋縄じゃいかない。
 突然あんなこと言い出したり、何やらわけわからんちんのままフェイドアウトしたり。
 あえて「説明」を排した行き方だ。
 だけど、演劇的な先達からの影響もそうだし、それより何よりそれぞれの小品が自分たちの身近な出来事、実感から生み出されたものであることは、それこそくどくど口にする必要もないほど明らかなことだろう。
 シュルレアリスムが現実/リアルの反映であると定義するなら、『めだまやきくん大集合(再演)』はシュルレアリスムと…。
 いやいや、そんな風に訳知り顔に後付けされても…。
 と、もしかしたら高嶋君たちは苦い笑いを浮かべて両手を前に出して小刻みに振りながら困ったような困っていないようなふりをするかもしれないな。
 いずれにしても、強引さや臆面のなさ、教条主義的な決めつけとは正反対の含羞、引き、微妙な間合いが後付けの身上であり魅力特性なのではないか。
(というか、自分自身の体験経験に基づく実感から、特に『バルサン』や『青』などそっと匕首を突き付けられたみたいな曰く言い難い気持ちになったことも事実だ)
 「マクドナルド」をぶつけて、「Go to hell」で〆る結構にも感心した。

 訥弁の雄弁というか、不器用さの器用さが印象に残るじゅういちはじめ、アパ太郎(笑の内閣の『そこまで言わんでモリエール』とはまた違った感じ。ところで、余計なお世話だけれど、彼女はこのままアパ太郎の芸名で通すんだろうか)、山根悠の演者三人は、そうした作品世界によく副って、演じることとリアルに見せることとの間のバランスをとる努力を重ねていた。

 笑いに笑って幕が閉じたあと、はて今日は一体どんな話だったっけといったシャンペンの泡のようなコメディーもいいが、この『めだまやきくん大集合(再演)』のような終わったあとで何かがもやもやと残るコメディーもやっぱり悪くない。
 次回の後付けの公演も愉しみだ。
 ああ、面白かった!!
posted by figarok492na at 19:47| Comment(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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