2018年12月17日

『ほそゆき』のパイロット版10

☆『ほそゆき』のパイロット版10





 熱して赤茶色に変わったフライパンのグラニュー糖にバターを溶かし込んだ苑子が、そこに棗の実を入れていった。
 皮と種とを取り去った棗の実は、ちょうど半分ずつに切り分けられている。
「こうやってしっかり絡めていくの」
 苑子が木べらを動かす。
「カラメルに絡めるんですね」
 という佳穂の言葉に、苑子が小さく笑った。
「えっ、どうかしました」
「だって、カラメルに絡めるって」
「ああ」
 佳穂はようやく自分の言葉が駄洒落になっていたことに気が付いた。
「わざとじゃないんです」
「わかってるわよ。だから、面白いの」
 大きく手を横に振る佳穂を見て、苑子がまた小さく笑った。
「すいません」
「謝ることはないじゃない」
「でも。あっ、いい香り」
 カラメルと棗の実の香りが混ざり合って、佳穂の鼻腔を刺激する。
「このまま食べたいくらい」
「我慢我慢」
 苑子が木べらを再び動かしながら言う。
「焦がさないように気を付けてね」
「はい」
 佳穂は苑子から木べらを受け取ると、棗の実をゆっくりと転がした。
「そういうちょっとした手間が大事なの。ついつい忘れがちだけど」
「忘れちゃいますね、確かに」
「柔らかさが出てきたら、火を止めて」
 木べらで軽くつつくと、ちょうどよさそうな頃合いだ。佳穂はコンロを止めた。
「しばらく置いて、熱をとる。その間に、生地と型のほうを用意しましょ」
 苑子の動きには、全く無駄がない。それでいて、いや、だからここそか、少しも焦っている感じがしない。
「どうしたの」
 不思議そうな表情で、苑子が佳穂に訊く。
「いえ、苑子さんの所作が美しいので」
「何言ってるの」
 泡だて器を手にした苑子が言う。
「羨ましいです」
「どこが」
「だって、苑子さんみたいにてきぱきと動くことはできないもの」
「いつも言ってることだけど、無理してできないことをやる必要なんてないじゃない。佳穂さんは佳穂さんにあったやり方をすればいいの」
「わかってはいるんですけどね」
 佳穂はボウルの中にバターとグラニュー糖を入れた。
「ねえ、佳穂さん」
「はい」
「あなた、私の娘になってくれない」
「えっ」
 突然の苑子の言葉に、佳穂は思わず手にした卵を落としそうになった。
posted by figarok492na at 13:24| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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