加奈子と会った翌日、私は朝早くに家を出て、郊外の西部霊園へと向かった。
菊の花は昨日のうちに買っておいた。
昨夜遅くに降り始めた雨も朝には止み、青空には入道雲がむくむくと拡がっている。
「今日も暑くなりそうですね」
と、タクシーの運転手さんが口にした。
「そうですね」
と、私は応えた。
霊園は小高い丘の上にあった。
タクシーを降りて管理事務所を覗いたが、時間が時間だけにまだ誰もいない。
私は小さくお辞儀をすると、事務所横の木枠にかけてあるポリバケツと柄杓を手にして石段を上り始めた。
黒や灰色の墓石が目の前にいくつもいくつも整然と並んでいる。
眩暈を起こしそうになるのを我慢しながら、私は石段を上って行った。
石段には、うっすらと影のように雨のあとが残っていた。
ビルに直すと、三階分程度になるだろうか。
石段の三分の二まで上り切ったところで、私は備え付けの蛇口からポリバケツに水を汲み、そのまま左側の通路に足を進めた。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ目が尾関先生のお墓だ。
墓石の横の墓誌には、戒名とともに平成二十年八月九日、尾関悟、二十七歳の文字だけが彫られている。
私は墓石に水をかけ、花立ての辺りを軽く濯いで菊の花を挿し、用意した線香に火をつけて線香立てに立てると、目を瞑って尾関先生に手を合わせた。
先生、今年もご挨拶に来ました。
とうとう先生よりも年上になってしまいました。
あっと言う間に二十八です。
だけど、あの頃の先生に比べればまだまだ子供です。
ただただ恥ずかしい。
日々迷って、迷って、迷ってばかりです。
仕事はけっこうハードだし。
直の上司がパワハラ気味で、早朝出勤や残業しろってねちねちねちねち繰り返して。
先々月も一人退社しちゃって、本来ならば五人で回すところを三人で回してます、二人足りません。
もう我慢の限界です。
すぐにいーってなります。
恋愛だってなかなかうまくいかないし。
付き合っても、なあんか違うって感じですぐに別れちゃう。
智沙は贅沢だよって友達には言われるけど、違うもんは違うんだから仕方ないでしょ。
なのに、母は顔を合わせばすぐに結婚しろ結婚しろってうるさいし。
結婚したい相手なんてどこにもいない。
一人もいない。
ほんとは帰省なんてしたくないんです、でも、そうしないとこうしてご挨拶にも来れないから。
先生にお会いして、いろんなお話がしたいです。
木崎はよく頑張ってるよ、大丈夫大丈夫、ってまた言って欲しいです。
先生、どうして死んでしまったんですか。
2018年09月02日
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