尾関先生と下総さんを見かけたのは、それから数日後のことだった。
夏風邪をひいて寝込んだ母の代わりに買い物をすませた私は、たまたま文栄堂から出て来る二人を目にしたのだ。
肩を並べて歩く長身どうしの後ろ姿はあまりにもつり合いがとれていて、どうしても声をかけることができなかった。
私は二人のあとを息を殺して歩いた。
なぜだか気づかれてはいけないと思った。
二人はアーケードの外れにある公園へ入って行くと、四阿の下の木製のベンチに腰を掛けた。
ちょうど木陰になっているので二人の表情はよくわからなかったが、いつものように快活な尾関先生とは対照的に、下総さんは緊張しているというか、打ち沈んでいるように見える。
何を話しているのかわからないのが、本当にもどかしい。
蝉の鳴き声だけが私の耳を打つ。
ジジジジジジ ジジジジジジ
ジジジジジジ
ジジジジジジ ジジジジジジ
ジジジジジジ
ジジジジジジ ジジジジジジ
ジジジジジジ
ジジジジジジ ジジジジジジ
ジジジジジジ
しばらくすると尾関先生は立ち上がって、下総さんにじゃあなといった感じで手を振ると、反対側の門のほうから足早に去って行った。
私が尾関先生を見たのは、それが最後だった。
下総さんは陽が暮れかかる頃まで、じっとベンチに座ったままでいた。
2018年08月28日
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