☆喪服の似合うカサンドラ(パイロット版)
下総明日香という名前を耳にして、私はすぐに色白で背が高くてショートカットの彼女のことを思い出した。
同じクラスになったことは一度もなかったものの、高校の三年間、彼女と私はずっと図書委員仲間だった。
「下総さんがどうしたの」
無花果入りのジェラートをひと舐めした目の前の近藤加奈子に、私は訊き返した。
「あのひと、おかしくない」
「おかしいって」
「だから、なんか感じが、変」
「そうかなあ。ていうか、卒業以来ずっと会ってないし。加奈子は会ってるの」
「会ってるっていうか、会ったっていうか」
まどろこしい加奈子の話をまとめると、先週の木曜日、仕事帰りに駅前のアーケードをぶらぶらしていたら、下総さんに出くわしたそうだ。
「文栄堂からちょうど出て来たとこで、ああって声かけられて」
文栄堂は老舗の書店兼文具店である。
「下総さんって加奈子と仲良かったっけ」
「良くも悪くもない。てか、よく知らない」
加奈子は、下総さんと高校時代同じクラスになったこともなければ、ろくに話をしたこともないと言う。
ただ一度を除いては。
「三年生の夏休み、尾関先生が亡くなったじゃない」
尾関悟先生は国語の担当で、私と加奈子にとっては二年生のときの担任でもあった。
「尾関先生が亡くなって、今年で十年なんだよね」
「もう十年か」
「そうだよ。あのときは本当にショックだった」
「確かに」
尾関先生は愛車のバイクで北海道をツーリング中、対向車線から急に飛び出して来た飲酒運転のトラックと正面衝突し、亡くなってしまったのだ。
「ちゃんとお別れできなかったんだよね、私たち」
尾関先生の柩の蓋はずっと閉じられたままだった。
「智沙は尾関先生のこと好きだったから」
「そういうんじゃないよ」
私は、半ばとけてしまった宇治金時を匙で掬うと口に運んだ。
「それで、下総さんがどうしたの」
「お葬式のときね、ほんとたまたまなんだけど、傍に彼女がいて」
そこで、加奈子はジェラートを口に含む。
じれったい。
「たまたま、彼女のほうに顔向けたら、あれだけだめだって言ったのにって」
「加奈子に言ったの、下総さん」
「違う、ぼそぼそって独り言。なんか気持ちが悪かった」
「聞いたことなかったな」
「言わなかった。言うのも不謹慎な感じがしたし。気持ち悪いし。彼女のことよく知らないし」
加奈子らしいといえば加奈子らしい反応だ。
「声かけられたとき、誰だかわかんなかったくらい。でも、すぐに思い出して、お葬式のときのこと。やじゃない。こっちも、ああって頭下げて、それじゃあって別れようと思ったんだけどさ」
加奈子が急に黙り込む。
「何かあったの」
「何かって、ことじゃ、ない。ないけど」
また黙り込む。
「もう、なんなんだよ」
思わず私は口にする。
「あのひとね、あたしのこと見て、何か言いたそうにしてた。お葬式のときみたいな目で」
「思い込みじゃないの」
「違う、あのひと、ここんとこじっと見てた」
そう言って、加奈子は左手の薬指を突き出した。
フィアンセの高遠君が奮発したというダイヤのリングが、小さく光る。
「ううん、それって考え過ぎだよ、加奈子の」
「考え過ぎ」
「そうそう、考え過ぎだって」
けれど、私は自分で自分の言葉を今一つ信じ切ることができないでいた。
そんな私の心を見透かしたかのように、うそでしょ、と加奈子は口にした。
結局、そのあとも十一月の挙式に関して盛り上がらないまま、加奈子とは別れた。
2018年08月25日
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