2018年04月16日

ミロス・フォアマンとヴィットリオ・タヴィアーニが亡くなった(早めのCLACLA)

 どんよりとした感じは続きながらも、青空も見える。

 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 風邪など召しませんように。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 チェコ出身の映画監督、ミロス・フォアマンが亡くなった。86歳。
 プラハで学び、映画監督としての活動を始める。
 チェコ事件でアメリカに移り、ジャック・ニコルソン主演による『カッコーの巣の上で』で脚光を浴びる。
 その後も、ポルノ雑誌の発行人として知られたラリー・フリントを描いた『ラリー・フリント』や、伝説のコメディアン、アンディ・カウフマンの生涯を追った『マン・オン・ザ・ムーン』など数々の作品を遺した。
 だが、僕にとってミロス・フォアマンといえば、何はなくとも『アマデウス』である。
 もちろん、サリエリとモーツァルトの姿はあくまでもフィクションだ。
 さらに、ピリオド・スタイルが主流となった今となってはこの作品に使用されている音楽も、古臭さを感じずにもいられない。
 けれど、高校生の頃、この作品を観て受けた衝撃は今も忘れられない。
 深く、深く、深く、深く黙禱。

 イタリアの映画監督、ヴィットリオ・タヴィアーニも亡くなった。88歳。
 弟のパオロと共にタヴィアーニ兄弟として活躍。
 『父 パードレ・パドローネ』や『サン・ロレンツォの夜』、『グッドモーニング・バビロン!』、『塀の中のジュリアス・シーザー』など、数々の作品を遺した。
 歴史性、虚構と事実、真実を強く意識した作品の作り手だった。
 深く、深く、深く、深く黙禱。


 のきなみ安倍内閣の支持率が落ちている。
 当然。
 というか、それでもまだ30パーセント前後あるのかと思ってしまう。
 因循姑息な安倍首相は、北朝鮮の拉致被害者問題やを日米首脳会談を道具に使おうとしているようだ。
 見え見えなやり口というほかない。
 目先鼻先口先舌先の徒には、早々にお引き取り願いたいものだ。
(それにしても、小泉進次郎に期待する人の多さにもうんざりする。見てくれで騙されて大失敗のパターンではないか…)


 記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対騙されまい。


 昨夜、YouTubeでジェイムズ・フェデック指揮フランス放送フィルが演奏したラフマニノフの交響曲第2番(2018年1月25日、パリ・オーディトリウム・メゾン・ド・ラ・ラジオ)、デトロイト交響楽団のサイトでニコライ・ズナイダー指揮デトロイト交響楽団が演奏したエルガーの交響曲第2番(同年同月27日、デトロイト・オーケストラホール)、YouTubeでユーリ・テミルカーノフ指揮サンクト・ペテルブルク・フィルが演奏した愛の挨拶、NHK・FMのラジオ深夜便(高田渡の特集)を聴いたりしながら作業を進めたのち、3時40分過ぎに寝床に就く。
 寝床に就く前に、加藤秀行の『海亀たち』<新潮社>と濱田研吾の『脇役本』<ちくま文庫>を読了した。


 8時台に起きる。

 午前中、YouTubeでボリス・ギルトブルクが弾いたスクリャービンのピアノ・ソナタ第5番、メトネルのピアノ・ソナタ第10番、ピアノ編曲版によるショスタコーヴィチの弦楽4重奏曲第8番、ラフマニノフのコレッリの主題による変奏曲、ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』からの3楽章他(2017年11月4日、パリ・オーディトリウム・メゾン・ド・ラ・ラジオ)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、いとうせいこうの『小説禁止令に賛同する』<集英社>を読み始めたりする。


 午後、YouTubeでジョヴァンニ・アントニーニ指揮イル・ジャルディーノ・アルモニコが演奏したハイドンの交響曲第12番と第70番、第60番「馬鹿愚か」を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、新しい作品について考えたり、『小説禁止令に賛同する』を読み進めたりする。


 仕事関係の予定をすませる。


 まもなく外出の予定。
 26回目となる座錦湯なり。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 18:53| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。