☆京都市交響楽団第620回定期演奏会
指揮:オリ・ムストネン
独奏:オリ・ムストネン(ピアノ)
座席:3階LB1列5番
(2018年2月16日19時開演/京都コンサートホール大ホール)
フィンランド出身のピアニスト、オリ・ムストネンの実演に接したのは2001年11月26日、というからもうすぐ20年前になる大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスでの来日リサイタルでだった。
DECCAからRCAにレーベルを移して録音が継続されていたベートーヴェンのピアノ作品のほか、ブラームスのヘンデルの主題による変奏曲とフーガがメインに据えられたリサイタルだったが、公演パンフレットの「透明を極めた天才的なピアニズム!北欧が生んだ驚異の鬼才…」という惹句に掛け値のない、クリアでクリティカル、非常に充実した演奏をムストネンは繰り広げた。
その証拠に、このリサイタルが直接の購入の契機ではないものの、DECCAレーベルのベートーヴェンの変奏曲集やRCAレーベルの同じくベートーヴェンのディアベッリの主題による変奏曲は愛聴盤の一つとなっている。
その後、指揮者としての活動を積極的に開始したムストネン(実際、yle=フィンランド放送のサイトでヘルシンキ・フィルを指揮したヒンデミットのウェーバーの主題による交響的変容を観聴きしたこともある)が、京都市交響楽団の第620回定期演奏会の指揮台に立つというので迷わず足を運んだ。
北欧の貴公子といった風貌は昔、若干恰幅のよくなった容姿を目にするに、これは甲羅を経て音楽が幾分丸くなったかと訝ったのが大間違い。
かつてのリサイタルと同様、いや、数々の経験を積み重ねたからこそ、なお音楽に対する姿勢は積極性に富んで刺激に満ちたものとなっていた。
そうしたムストネンの特性がわかりやすい形で発揮されていたのが、二曲目、ムストネン自身が弾き振りしたベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番だ。
(ちなみに、屋根を外したグランドピアノは、客席から見て左前側に鍵盤、右奥側に後尾という具合に斜めに置かれていた)
ピリオド奏法の影響が色濃い切り込み鋭い序奏部分を指揮棒なし(ほかの2曲もそう)で立って振り終えて、やおらピアノに向かったムストネン。
そうそう、これこれこの音だ、とかつてのリサイタルの記憶がぱっと脳裏に蘇った。
フォルテピアノを意識しているのだろう、ぴよんぴよんと弾き飛ばすというか、一音一音が強調された独特の音色が生み出されていく。
しかも、ぶつ切りになることなく音は繋がっていくし、激しく「強打」されても音が汚く濁ることはない。
結果、作品の持つ劇性、革新性、攻めの姿勢、強い表現意欲が明晰に示されていた。
特に、第1楽章のカデンツァ。
オーケストラと対峙してきたときと同様、激しい独奏が披瀝されたあとの一瞬の弱音の美しさ。
聴いていて強く心を動かされた。
一方、京都市交響楽団もムストネンの解釈にそうようよく心掛けた演奏で、第3楽章のラストのあおられっぷりが強く印象に残った。
アンコールはヨハン・セバスティアン・バッハのインヴェンション第14番。
ムストネンというピアニストが強弱の弱の部分の表現にも秀でていることを教えてくれる演奏だった。
メガネを忘れて途中で取りに戻るというアクシデントも、かえっていい熱醒ましになった。
一曲目は、ムストネンの自作で日本初演となる弦楽オーケストラのためのトリプティーク。
もともとチェロを愛した物理学者の亡き夫人に捧げられた3台のチェロのための作品を、弦楽オーケストラ用に編曲したものである。
弦楽オーケストラのためのトリプティークといえば、すぐに芥川也寸志の作品を思い出して、第2楽章のフリオーソにはそれらしさを感じないではないが、どちらかといえば、作品の成立過程を考えても武満徹っぽいか。
と、これは最近立花隆の『武満徹・音楽創造への旅』<文藝春秋>を読み終えたことが大きいかな。
ロマン派、国民楽派、後期ロマン派から無調、12音音階を経てなお、抒情性と旋律美を兼ね備えた弦楽オーケストラのための作品が北欧ではよく作曲されてきたが、ムストネンのトリプティークもその流儀に則って耳にすっと入りやすい。
シェーンベルクの浄められた夜なども想起する、祈りと美しさをためた音楽だった。
休憩を挟んだ三曲目は、今夜のメインとなるシベリウスの交響曲第2番。
基本は早めのテンポで鳴らすべきところを的確に鳴らす、非常に腑分けのはっきりした音楽づくりなのだが、一方で、ここぞというところではテンポを遅めにとって、明暗の暗の部分についてもしっかりと描き込んでいく。
例えば、第2楽章では、音楽の持つ切実さ、痛切さと結構の妙の双方を同時に聴き取ることができた。
それいけどんどんでもなく、しんねりむっつりでもない。
この交響曲の多面性に光を当てた、充実した演奏だった。
細部でライヴ特有の傷はありつつも、京都市交響楽団は全体的に精度の高いアンサンブルで濃密な音楽空間を造り上げた。
オリ・ムストネンの指揮者、ピアニスト、作曲家という三つの側面を通して、一人の音楽家・表現者としての魅力が浮き彫りにされたコンサートと評して過言ではないだろう。
ああ、面白かった!!!
2018年02月17日
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