☆京都映画百景 等持院「はりま」
年に一回か二回、どうしても急に食べたくなるものがある。
烏丸今出川・まろみ屋のコンビーフカレー、西院・三番食堂のとん汁と焼き鯖定食、百万遍・チックタックのボロネーゼ、そして等持院・はりまの豆腐丼。
学生時代、はりまには何度となく通ったものだ。
おつゆがしっかりしみ込んだ厚揚げ、玉子、牛すじ、こんにゃく、大根、ちくわのおでん定食。
わらじ大のチキンカツがどんと鎮座したビッグチキンカツ定食。
けれど、やっぱり一番先に選んでしまうのは、はりま名物の豆腐丼だった。
大ぶりの丼鉢にあつあつのごはん、その上に刻み海苔を敷き、絹ごし豆腐を一丁載せてじゃこと薄切りのおくらを散らし、かつぶし、みりん、薄口醤油で味付けした出汁をたっぷりかける。
竜安寺商店街の名店の絹ごしと代々秘伝の出汁が絡み合って、これがもう本当に美味いのだ。
特に夏の暑い盛り、めっきり食欲が落ちている時分でも、はりまの豆腐丼ならぺろりといける。
先日、映画関係のシンポジウムで母校を訪ねる機会があったので、せっかくだからとはりまに足を伸ばした。
文学部棟前の門を出て、等持院横の小さな道を嵐電の駅に向かってぶらぶらと歩く。
しばらくすると、年季が入った建物が見えてくる。
濃紺に白地で右斜め上からはりまと染められた暖簾をくぐって、ガラス戸を開けると、
「いらっしゃい、おお」
と、ご主人が声をかけてきた。
ご主人の播磨和夫さん、などと書いてしまうとなんだかこそばゆい。
と、言うのも、播磨と私は学生時代、同じサークルに所属していた同回生なのである。
久しぶりやな、一年ぶりやね、どうしてまた、映画のシンポジウムがあって、にしても立命に映画の学部ができるなんて思わんかったよな、という毎度のやり取りをすませたのち、一番奥のテーブルに腰を下ろした。
お茶を持ってくるのは、播磨のお嫁さん登美子さん。
「豆腐丼やんね」
登美子さんともかれこれ三十年近くの付き合いだ。
「もちろん。ああ、ゆっくりで構わんし」
「わかってるよ」
厨房から播磨が応える。
ルイボスティーを口に含みながら、店内を見回す。
あるべきものがきちんとそこにある、そんな些細なことがとても嬉しい。
はりまでは、今は亡き川谷拓三さんや有川博さんといった映画演劇関係の諸兄姉をお見かけしたことがあったが、軽く会釈をする程度で、話しかけるなんて無粋な真似は一切しなかった。
だいたい、はりま自体があれだけ映画人の通う店だというのに、サインの一枚も貼り出してはいない。
ただ、播磨の高祖父にあたる先々々々代の弥太郎さんと勝見善三が肩を組んだセピア色に変色した写真が一葉架けてあるだけだ。
それも、店の片隅にひっそりと。
よほどの映画ファンでも、勝見善三の名をご存じの方は少ないのではないか。
勝見善三。
大正の末から昭和の初めにかけて離合集散を繰り返した等持院撮影所(そう、等持院には映画の撮影所が設けられていた)の中で、大きく異彩を放った映画監督が彼である。
よし、はい、いいよ、でついたあだ名は早撮りの勝見、韋駄天の善さん。
それでいて、出来上がった作品に全く隙はない。
盟友中村辨之丞と組んだ一連のチャンバラ作品は中辨物として大いに人気を博した。
『七転八倒起ノ介』、『天下泰平碁盤の目』、『大流鏑馬』その他諸々。
けれど、実は勝見善三の作品は数多くの無声映画がそうであるように、一本たりとて現存していない。
今から二十五年ほど前になるか、コレクターとして著名な神戸のO氏が香芝市の旧家で『天下泰平碁盤の目』の保存状態のよいフィルムの一部を発見し大きな話題となったが、さあこれから公開するぞという折も折、阪神大震災が発生し、その他の貴重なコレクションと共に失われてしまった。
しかも、等持院撮影所が閉鎖されて以降の勝見善三の消息も不明だ。
東京に移った、満洲に渡った、アメリカに渡ったなどと、巷間様々に噂はされているのだけれど、実際のところは謎のままなのである。
そんな勝見善三は、はりまの豆腐丼を愛した。
と、言うより、そもそも勝見善三のために弥太郎さんは豆腐丼を考案したのであった。
「勝見さんは早撮りの人やろう。食事もささっと取りたがったそうやねんけど、あいにく細長いものは苦手とかで麺類が大嫌い。おまけに、肉や魚もほとんど食べん人で、豆腐がやたらに好きやったとか。それで、弥太郎さんが考え出したんがこの豆腐丼やねんな」
とは、当代主人の播磨の言。
そうそう、豆腐丼におくらが使われているのも、勝見善三がネギを嫌っていたからだとか。
彼は相当な偏食家だったようだ。
それにしても、はりまの豆腐丼がこうして残ったことは非常に嬉しい反面、結局勝見善三の名を現在に伝えるものがこれだけだとすると、なんとも哀しい。
そういえば、先ごろ亡くなった母校の恩師が、芸術は長く人生は短しという言葉を好んで口にしていたが、ときにそれは生活は長く芸術は短しと言い換えなければならないのではないか。
勝見善三に倣って七味をたっぷりとかけた豆腐丼を頬張りながら、私はそう思わずにはいられなかった。
2017年09月15日
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