2017年08月12日

『ほそゆき』パイロット版5

☆『ほそゆき』パイロット版5


五の二


「お先」
 Tシャツと短パン姿の詠美はキッチンに現れると、雪子のグラスを掴んで麦茶を飲み干した。
「ああ、美味しい」
「あんたはもお」
「ええやない、姉妹なんやから」
「ちゃんとお風呂入ったの」
「シャワーだけ」
 詠美はそのまま居間に向かった。
「聖子さん、何観てるん」
「牡丹燈籠」
「うわっ、怪談やん」
「山本薩夫さんが撮りはった」
「山本薩夫って、あの山本薩夫」
 詠美が驚きの声を上げた。
「せや。太秦の大映で撮りはったんや」
「へえ。あっ、西村晃と小川真由美。濃いいなあ」
「なあ、お母さん、お風呂入る」
「お前の耳は節穴かあ」
 聖子が芝居風な口調で応えた。
「はいはい。入る」
「うん」
 雪子が頷くや否や、
「ちょっと待って、歯あ磨くわ」
と俊明が洗面所に駆けて行った。
「ほんま、あの人せわしない」
 聡子が再び麦茶を口に含んだ。
「なあ」
「何」
「ゆっこちゃん、どないすんの」
「ううん」
「研究続けるんやったら、それはそれでかまへんのやけど」
「うん」
「まあ、まだ一年はあるしな。そや、街中に出るんやったら、化粧ぐらいしといたほうがええんやないの。いつまでもわこないんやから」
「わかった」
「おまっとさん」
 俊明が戻って来たので、雪子は立ち上がって洗面所へ向かった。
 しばらく鏡の中の自分を見つめてから丁寧に歯を磨くと、雪子は着ている物を全て脱いだ。詠美のソックスの片方が落ちていたので、洗濯機の中へ一緒に放り込んでおいた。
 もう一度鏡に目をやると、丸みの少ない裸の姿がそこには映っていた。
 身体を洗い髪を洗い終えた雪子は、ゆっくりと湯舟に浸かった。
 はあとため息を吐いたとたん、急に涙が零れ出た。
 なかなか涙が止まりそうになかったので、雪子は目を閉じ左手の親指と人差し指で鼻を摘まむと、思い切ってお湯の中へと全身を潜らせた。
posted by figarok492na at 13:33| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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