2017年08月12日

『ほそゆき』パイロット版4

☆『ほそゆき』パイロット版4


五の一


「それで、そのあとどないなったの」
 冷蔵庫に千枚漬けの入ったタッパーを収めた聡子が、俊明の隣の椅子に腰掛けて尋ねた。俊明は妻と娘の会話を聴くとはなしに聴きながら、お茶漬けを流し込んでいる。
「サイン会には並ばれへんかったけど、イベントには参加してはった」
 雪子はそう言って麦茶を口に含んだ。
「なあんや」
 と、つまらなさそうに応じると、聡子も麦茶を口に含んだ。
「なあんやてなんや」
 お茶漬けを食べ終えた俊明が口を挟む。聡子は俊明の茶碗に麦茶を注いだ。
「だって、もっとなんかおかしなことになるんやないのかなあて」
「おかしなことなんて、それ以上起こるわけないやないか」
 という俊明の言葉に、雪子は黙って頷いた。
「それで、ごはんはすませてきたの」
「うん。詠美ちゃんと二人で」
「何食べたん」
「シェーキーズのピザとかパスタ。ついでにカレーも」
「ふうん」
 聡子が菓子盆から胡桃の柚餅子を摘まんだ。聡子につられて雪子も菓子盆に手を伸ばした。
「まあだ食べるんか」
「ええやないの、別腹別腹」
 野川家の女性は皆、健啖家であるにも関わらずスリムな体系を維持している。
「ほんまに母娘やなあ」
 そう言って立ち上がった俊明に向かって、
「どこ行かはるの」
と聡子が尋ねた。
「どこて、歯磨きやないか」
「詠美がお風呂に入ってるやない」
「あっ、そうやった」
 俊明は自分の使った食器類を器用に重ねて手にすると、シンクで軽く水洗いしてから備え付けの食洗機に並べた。
「おおきに」
「滅相もない」
 俊明はそのまま居間に足を向けると、テレビで衛星放送の邦画を観ている聖子に、
「ごっつぉはんでした」
と声をかけた。
「よろしゅうおあがり」
 と返事をした聖子は再びテレビに視線を移した。俊明は俊明でテーブルの上の夕刊を手に取り、老眼鏡をかけてそれを捲り始めた。
posted by figarok492na at 02:32| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。