2017年02月28日

オットー・クレンペラーが指揮したベートーヴェンの交響曲全集

☆ベートーヴェン:交響曲全集他

 指揮:オットー・クレンペラー
 管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

<Warner>50999 4 04275 2(10CD)


 1950年代の全集をはじめ、オットー・クレンペラーが手兵フィルハーモニア管弦楽団、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団とともにEMIレーベルに録音したベートーヴェンの交響曲、並びに序曲等管弦楽曲をまとめた10枚組のCDボックスである。

 まずメインとなる全集、第1番第1楽章の悠然とした歩みに始まり、英雄という名に相応しい第3番、力感にあふれた第5番、ゆったりとして美しい第6番を経て、深々としたハンス・ホッターの独唱も印象的な第9番の第4楽章に到る9曲の交響曲の演奏は、ベートーヴェンという作曲家の特性魅力を十全に示した充実した内容となっている。
 ただ、この全集は、「スタンダード」ではなく「スペシャル」な演奏であることもまた事実だろう。
 なぜなら、遅めのテンポでじっくり歌わせ、鳴らすべきところを鳴らした、単に劇性に富んで鳴りのいい演奏ではないからだ。
 クレンペラーの全集の特徴は、遅めのテンポ設定であるにもかかわらず、というか遅めのテンポ設定だからこそか、細部にまでよく目配りの届いた演奏に仕上がっているのである。
 本来ならばより緩やかに演奏されるはずの第3楽章よりも第2楽章のほうに演奏時間がかかっている点などその好例だろう。
 また、第4番第3楽章の弦の軽い動きをはじめ、これまで聴き落とされがちだった主旋律を支える部分の細かい仕掛けを強調している点も忘れてはなるまい。
 いずれにしても、聴けば聴くほどベートーヴェンの交響曲の持つ多様な側面を再認識することのできる録音であることに間違いはない。

 加えて、この10枚組のセットには、1955年に録音されたモノラル録音の第3番と第5番、同じく1955年にモノとステレオ別個に録音された二つの録音のうちステレオのほうの第7番、さらには1968年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団と録音された第7番も収められていて、クレンペラーの演奏の変容と連続性を確認することが可能である。
 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団との第7番など、それ一曲だけ聴けばその遅さばかりが印象に残りかねないが、他の2種類と比べることで、生理的なものも含めたクレンペラーの変化と音楽的な意図を想像することができた。

 同一曲の複数回録音といえば、『レオノーレ』序曲といった序曲集もそう。
 交響曲同様、遅めのテンポであることに違いはないが、こちらのほうでは、かつてベルリン・クロール・オペラでならしたクレンペラーだけに、劇場感覚に満ちた勘所をよく押さえた演奏ともなっている。
 『エグモント』の音楽の抜粋など、ビルギッテ・ニルソンの堂々としたソプラノ独唱とともに実に聴き応えがある。

 そして、強く印象に残ったのが大フーガの弦楽合奏版。
 大きな編成でたっぷり分厚く響かせられながらも、音楽の動きは細かく再現されていて、ロマン派のさきがけどころか、もっと先の音楽の変化を預言させるかのようなこの曲の持つ異様さがよく表現されている。
 ついつい何度も繰り返して聴いてしまった。

 フィルハーモニア管弦楽団(ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)は、クレンペラーの解釈によく沿ってソロという意味でもアンサンブルという意味でも精度の高い演奏を披歴しているのではないか。
 すでに録音から50年以上経っているが、モノラル録音も含めてまず音質に不満はない。

 このような密度の濃い10枚組のセットが、いくらセールとはいえ税込み1400円弱だったというのには申し訳なさすら感じる。
 ピリオド・スタイルに慣れ親しんだ方々にも大いにお薦めしたい、音楽を聴く愉しみに満ち満ちたCDである。
posted by figarok492na at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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