2016年08月24日

笑福亭笑利独演会「独利-HITORI-」

☆笑福亭笑利独演会「独利-HITORI-」

 出演:笑福亭笑利さん
(2016年8月23日19時開演/恵文社一乗寺店COTTAGE)


 京都大阪で開催される笑福亭笑利さんの独演会「独利-HITORI-」のうち、京都の会のほうに足を運んだ。
 会場は、叡電一乗寺駅近くにある書店兼雑貨店の恵文社一乗寺店内のアートスペースCOTTAGEで、狭すぎず広すぎずのほどよい空間に高座が組まれていた。
 お客さんも40人ほどで満員の大盛況。
 笑利さんが日頃から親しくされているらしい若い世代の人たちに、ネオ落語・セントラルでもお見かけする人たち、そしてご年配の人たちと幅広い層のお客さんが集まっていたのだけれど、いずれの方々からも笑利さんを応援しようとする暖かい空気を感じることができた。
 と、言っても身びいき内輪受けの嘘臭い笑いとは全く無縁。
 笑利さんの笑いの仕掛けに敏感に反応するノリのよいお客さんたちで、実に心地がよい。
 また、例えばネオ落語・セントラルでの笑利さんといえば、笑いのために前へ前へ攻めていく姿勢が印象深いが、今夜は、笑いへのあくなき貪欲さはそのままに、前口上代わりのトークやマクラを含めた自作三席を通して自らの笑いや落語への想いがしっかりと語られており、まさしく「ひとり(一人、独り)」に相応しい内容となっていた。

 まず、今回の独演会のことや落語家としての自分自身について語って沸かせたところで、一席目の『鯉つかみ』へ。
 旅の途中、ある村へ滞在することになった侍と遊び人らしき男の二人連れ。
 と、遊び人らしき男のほうがひょんなことから女に誘われて、夜な夜な大魚湖(おおうおこ)なる村の大きな湖へと遊びに出かける。
 ところが、この大魚湖には…。
 という展開の、もはや笑利さんにとっては十八番といってもいい作品だ。
 肝はもちろん、市川染五郎の歌舞伎に影響されてつくったという鯉と侍の決闘の場。
 ここでは、お師匠の鶴笑さんへの敬意の念もよく示されている。
 錦湯さんでのネタおろしを皮切りに、笑利さんの『鯉つかみ』を観るのはこれで三度目だが、回を重ねるごとに、練りが必要な場所はきちんと練り上がり、逆に即興性が必要な箇所ではさらに即興性に富むといった具合に、面白さがどんどん増してきた。
 これからも笑利さんの『鯉つかみ』を愉しみにしていきたい。

 続いて、お師匠さん、そして笑福亭一門に入門したからこそ、自分自身の落語があるといったことをマクラで述べたのち、『千鳥の香炉』に入る。
 舞台は安土桃山時代末、太閤秀吉が朝鮮征伐に血道を上げ始めた頃。
 大泥棒の石川五右衛門は、ある人物の依頼を受けて伏見のお城まで千鳥の香炉を盗みに行くが…。
 と、時代劇好きの笑利さんらしいストーリー展開だが、史実に囚われることなく巧い具合に今様の崩しが入っているし、それより何より、登場人物のぎりぎりすれすれなキャラクターがとってもおかしい。
 いやあ、笑った。

 休憩を挟んだ三席目、世阿弥の言葉を引いたりしつつ今夜のお客さんへの深い感謝の気持ち(「ひとりはひとりにして成らず」)を表してから、河童と少年のひと夏の想い出を描いた新作を演じる。
 夏休み、田舎の祖父母のもとへ遊びに来た少年は本物の河童と出会う。
 祖母の言葉と違って河童はとても親切だったが…。
 夏の終わりに相応しい筋立ての作品で、大きな笑いを交えながら少年と河童の心の通い合いが語られていく。
 もちろんそこは笑利さんだけに、ちょっとした苦味があるというか、ただただ「いいお話」では終わっていないけれど。
 加えて少年と河童の姿に、笑利さんなりの線の引き方、筋の通し方を観(識)る思いもした。

 と、笑福亭笑利というひとりの落語家の今を存分に愉しむことのできた会だった。
 次回が心から待ち遠しい。
 ああ、面白かった!!

 なお、大阪での会は、8月31日に福島の八聖亭で開催される予定です(18時半開場、19時開演。前売1200円、当日1500円)。
 ご都合よろしい方は、ぜひ!!
posted by figarok492na at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語・ネオ落語記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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