2016年08月14日

バーナード・ハーマンとニーノ・ロータの映画音楽のCDを聴く(CLACLA日記)

 晴天が続く。
 ただし午後、激しく雷鳴が轟き、雨も降った。

 気温は今日も上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 暑い暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。
 特に、熱中症にはお気をつけのほど。


 両耳の不調が続く。


 昨夜遅く、SMAPの年内解散が報じられた。
 いろいろと考えることあり。


 政治的経済的な事象のみならず、文化的芸術的芸能的事象全てが権力の側によってコントロールされていると考えることは、確かにいわゆる陰謀論に強く影響されていると思われても仕方あるまい。
 しかしながら、古今東西の歴史を振り返ってみれば、権力の側がなんらかの形でメディア・コントロールをはかってきたこともまた否定できない事実だ。
 ただ、すでに何度か繰り返してきたように、僕自身はそうしたコントロールは権力の側にとって当為のものであるとも考えている。
 もちろん、そうしたコントロールを自らにとって快いもの、支持するものとは到底思えないけれど、コントロール自体はいついかなるときも行われるものであると認めているということだ。
 要は、そうしたコントロールとどう「対峙」していくかということである。
 陰謀論に振り回されるのも問題だが、長い歴史の中で今この国のこの政権のみがそうしたコントロールを行うはずがないと信じることほどナーバスに過ぎることもあるまい。
 もしくは、あえてナーバスを装って手を貸しているか。
 いずれにしても、与えられる情報への判断力が今後ますます問われていくことになると思う。
(むろん権力の側ばかりが情報をコントロールしているわけではないが)


 昨夜、1時50分少し前に寝床に就き、8時に起きる。


 アントネッロ・マナコルダ指揮カンマーアカデミー・ポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」<SONY/BMG>を聴きながら、仕事関係の作業を進める。


 9時半過ぎに外出して、下京図書館へ。
 村上春樹の『女のいない男たち』<文藝春秋>、辻村深月の『家族シアター』<講談社>、沼野充義の『チェーホフ』<同>、加藤元の『蛇の道行』<同>、フォルテピアノのクリスティアン・ベザイデンホウトとフライブルク・バロック・オーケストラが演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第17番&第22番他<ハルモニアムンディ・フランス>、クラヴィコードのクリストファー・ホグウッド他が弾いた『シークレット・モーツァルト』<DHM>を返却し、予約しておいた吉野孝雄の『外骨戦中日記』<河出書房新社>、町田康の『ギケイキ』<同>、重松清の『赤ヘル1975』<講談社>、宮下遼の『無名亭の夜』<同>、畑野智美の『ふたつの星とタイムマシン』<集英社>、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロスアンジェルス・フィルが演奏したバーナード・ハーマンの映画音楽集<SONY>、リカルド・ムーティ指揮ミラノ・スカラ・フィルが演奏したニーノ・ロータの映画音楽集<同>を新たに借りる。


 帰宅後、早速バーナード・ハーマンの映画音楽集を聴く。
 アルバムには「ヒッチコック映画音楽集」の題名が付けられているが、彼との『知りすぎた男』、『サイコ』(弦楽のための組曲)、『マーニー』、『北北西に進路を取れ』、『めまい』、『引き裂かれたカーテン』(ただし、実際には映画には使用されず。ハーマンとヒッチコックの共同作業が壊れる原因となった)のほか、フランソワ・トリュフォーの『華氏451度』とマーティン・スコセッシの『タクシードライバー』のための音楽が収録されている。
 もちろんメロディアスな旋律も含まれているが、サロネンとロスアンジェルス・フィルの精度が高くて機能的な演奏もあって、「現代音楽的」な鋭敏さを強く感じる。
 中でも、バルトークばりの『サイコ』の弦楽のための組曲などよい意味でキンキンキンキン弦楽器が鳴っていて面白い。
 好みとしては、ヒッチコックとの共同作業のスタートとなった『ハリーの災難』の音楽が含まれていないのが残念だけれど、まあ、サロネン&ロス・フィルの特性魅力とは若干ずれるかもしれないので、諦めるとする。

 仕事関係の作業を進めたり、『痾紅毛日記』の筆入れを始めたりする。


 午後、ニーノ・ロータの映画音楽集を聴く。
 「愛のテーマ」(ちなみに『犬神家の一族』の大野雄二の「愛のバラード」は、この曲を意識しているのではないか)が有名なフランシス・コッポラの『ゴッドファーザー』に始まり、名コンビであったフェデリコ・フェリーニとの『81/2』、『甘い生活』、『オーケストラ・リハーサル』、そしてルキアーノ・ヴィスコンティとの『若者のすべて』と『山猫』の音楽が収められたアルバムである。
 こちらは、抒情性とともに軽快さと諧謔性が持ち味の音楽だが、ムーティとミラノ・スカラ座のオーケストラは歌わせるべきところをしっかり歌わせ、鳴らすべきところはしっかり鳴らし、軽快な部分もそれなりに軽快にと、実に劇的に演奏し切っている。
 いずれにしても、耳馴染みのよい音楽であり演奏だ。

 続けて、NHK・FMの『きらクラ!』を聴く。
 今日が200回目の放送。
 松井咲子師匠、山ちゃんの不毛コンビもよいが、ふかわりょう・遠藤真理のほどよい緩さとインティメートな雰囲気の会話も「ながら聴き」にはぴったりだと思う。
 この調子で、300回、400回、500回と回を重ねて欲しい。

 さらに、バーナード・ハーマンの映画音楽集を再び聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『痾紅毛日記』の筆入れを進めたり、『外骨戦中日記』を読み始めたりする。
 『外骨戦中日記』は、甥(夫人の妹の子息)である著者が宮武外骨が戦中書き留めた日記について詳述考察したもの。
 外骨もまた、権力の側のメディア・コントロールと闘った人であった。


 夕方になって再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 帰宅後、ニーノ・ロータの映画音楽集を再び聴く。


 夕飯後、ウィーン・アルティス・カルテットが演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第1番&第16番<SONY>、サロネン指揮ロンドン・シンフォニエッタ他が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』全曲<同>、ポール・クロスリーが弾いたドビュッシーのベルガマスク組曲&2つのアラベスク<同>を聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『痾紅毛日記』の筆入れを進めたり、『外骨戦中日記』を読み進めたりする。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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