☆まいごの地底人1F『stop making ABE』
作・演出:ピンク地底人3号
(2016年6月30日19時開演/元・立誠小学校TRAVELING COFFEE)
ピンク地底人の公演を初めて観たのが、2008年の8月10日。
次に観たのが、2012年7月1日。
そして、その次が今日、2016年6月30日だから、僕はほぼ4年ごとにピンク地底人の公演に接していることになる(ただし、C.T.T.での試演は除く)。
正直、彼彼女らのよい観客とはとうていいえないが、だからこそ、彼彼女らのこの間の変化がよくわかるようにも感じられる。
先月から12月にかけて、毎月30日に公演を行うというピンク地底人逍遥の地獄めぐり「まいごの地底人」の第二弾となる1F『stop making ABE』は、ピンク地底人5号(男)とピンク地底人2号(女1)、井戸綾子(女2)、九鬼そねみ(女3)が織り成す物語。
男と女1の間に、ABE(あべ)さんなる子供が生まれるが、男にはABEさんが見えない。
それでもABEさんは成長を重ね、一方で男は女1のもとを離れ、女2や女3との生活を始めるが…。
といった展開やABEさんに写真師といった設定が、先行する諸作品を踏まえたものであることは確かだろう。
加えて、妊娠のモティーフに僕はピンク地底人でいっとう最初に接した『サイケデリック妊婦症』のことをすぐに思い起こした。
あのとき、ピンク地底人3号は「ファルス」というものにこだわっていたはずだけれど、その伝でいけば、『stop making ABE』は、一層タガが外れて、しかしより洗練されたファルスと評することができる。
ただしそうした結構、意匠が単に表面的なものではなく、自己言及性というのか、自己のこれまでの経験を示すこととなっていることも忘れてはなるまい。
そして、過剰な滑稽さのそこここから、切るに切れない思い、切実さが現われていた点にも、僕は大きな刺激を受けた。
細かい傷はありつつも、3号君の演出に応えて、演者陣は振れ幅の大きい役回りをよく演じ切っていた。
ピンク地底人2号の強弱の細やかな切り換えや、ピンク地底人5号の生きるのに不器用そうな佇まいが印象に残ったのはもちろんのこと、これまでにはない台詞遣いや動作の井戸綾子にも目を見張ったし、逆に、九鬼そねみの激しい身体の動きや表情の変化はおなじみのものだったが、努力クラブでのようなちょっとした違和感を覚えることはなかった。
と、言うのも、努力クラブでの場合は合田団地君が求めるものと九鬼さんの演技との間にどうしても若干の齟齬が見受けられるのに反して、今回のピンク地底人では必然というのか、求められているものに巧く沿っている感じがしたからだ。
8ヶ月連続の公演というのは、なかなか厳しいものがあるだろうが、追い込まれれば追い込まれるほど、その集団の特性真価が発揮されるようにも思う。
この「まいごの地底人シリーズ」がどのような道を辿るのか、そして辿った先に何が待っているのか、本当に興味深い。
次回は29日に追加公演も予定されている。
ご都合よろしい方はぜひ!
2016年06月30日
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