*犬神家の末裔 第40回
早百合は、目の前の小枝子の言葉を待っていた。
そんな早百合の気の焦りをいなすかのように、小枝子はしばらく黙っていたが、瑞希の入れた緑茶を啜るとようやく唇を動かした。
「うウちのうウらのせんざいにイ
すずめが三匹とオまってエ」
「おばさん」
小枝子の悪い冗談に、思わず早百合は大きな声を上げた。
小枝子はぺろっと舌を出すと、あんたもまじめだね、と再びお茶を啜った。
「だって」
言葉が続かず、早百合は横溝正史からの手紙の束を小枝子のほうに突き出した。
「あんたの気持ちはよくわかるよ。そんなもん、急に読まされたんだから」
「だったら」
「だけどさあ、いくら慌てたところで、起こっちまったことなんだから仕方がないじゃないか」
そう言うと、小枝子は今度はカステラを口にした。
カステラは、小枝子の子供の頃からの好物だ。
「でも、慌てるなって言われたって」
「まあね、あたしもいつまで生きていられるかわからないし、あんたのお母さんだって具合もよくないみたいだから。話しておくなら今かなとも思ったんだ。あんたも戌神家のことを書くつもりなんだろう」
早百合は黙って頷いた。
「瑞希、灰皿持って来て」
小枝子が声をかけると、瑞希はぶすっとした表情で、それでもすぐにやって来た。
「身体の毒」
瑞希が炬燵の上に灰皿を置きながら言った。
「あたしにとっちゃ薬だよ」
小枝子は、使い込んで飴色に変わった文机の引き出しの中から煙草とライターを取り出した。
そして、煙草に火を点けて大きく煙を吐き出した。
「あんたも吸うかい」
「吸わない」
とだけ言って、瑞希はぶすっとした表情のまま小枝子の部屋を出て行った。
「あの子、昔のあんたにそっくりだね」
「そうかな」
「そうだよ」
小枝子は微笑むと、
「あたしも耄碌してるから、どこまであんたの気持ちに応えられるかわからないけど、あたしが知ってることを話しておくよ」
と続けた。
2016年05月16日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック