2016年05月02日

犬神家の末裔 第31回

*犬神家の末裔 第31回

「ただね、犬神家の一族にはモデルとなった事件があるわけでしょ」
 早百合は、再びどきりとした。
「関係者の中にはご存命の方もいるっていうじゃないですか。那須の生まれだったら、早百合さんもご存じなんじゃないですか」
「ええ、有名な人たちですから」
 早百合は何気ない口調で応えた。
「その方たちがあの小説を読んだら、一体どう思うんでしょうね。あんな風に書かれてしまったら」
「ううん、難しい質問ですね」
 早百合は首を傾げてみせた。
「ほら、僕のところも三島由紀夫のお芝居になってるでしょう。あれも大概なものだけれど、うちの場合は伯父、父の兄が三島さんと親友で、書け書けってそそのかしたのも伯父のほうだから、仕方ないといえば仕方ないわけだけど」
 経康は眼鏡をかけ直すと、
「でも、細雪も犬神家の一族も三島さんのも、この国の家族のありようを描いていることに違いはないんですよね。三島さんは美化、というか極端に文学化して、谷崎はソフトタッチで意地悪く、横溝正史は身も蓋もなくグロテスクに描いたってだけで。そういえば、横溝正史自身、成長期にいろいろとあったみたいですよ」
と言った。
 早百合は黙って頷いた。
「そうそう、僕は犬神家の一族を読んでいると、あの作品が日本の象徴のように思えて仕方がなくなるときがあるんです」
「この国の家族の象徴ですか」
「それもそうですが、ほら三種の神器繋がりで」
「ああ、象徴」
 早百合はようやく合点がいった。
「僕のところなんて、あのご一家に比べたらなんてことありませんからね。あのご一家は本当に大変でしょうね」

「お客さん着きましたよ」
「あんた、早く降りてよ。ずっと待ってんだから」
 運転手に続いて、初老の女性の図太い声が轟いた。
posted by figarok492na at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬神家の末裔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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