*犬神家の末裔 第20回
朝食をすませた早百合がなす市民総合病院へ向かうと、母はすでに意識を取り戻していて、早百合の言葉に黙って頷き返した。
和俊の言葉では、母の状態は今のところ安定しているとのことだった。
マンションに戻った早百合は、ちょうどパートに出かけるところという睦美の車に同乗して那須市の中心街まで行った。
睦美がこぼしていた通り、この二年の間に、那須の街はますます寂れてきているようで、全国チェーンのドラッグストアや百円ショップ、カラオケ店、牛丼屋、コーヒーショップの派手派手しい看板がやけに目についた。
中高生の頃足繁く通った老舗の古本屋が取り壊されて、ブックオフに変わっているのには、早百合は本当に哀しくなった。
那須市長選はカドワキダイサク
地域活性化の旗手カドワキダイサク
那須再生化計画のカドワキダイサク
をよろしくお願いいたします。
そんな早百合の前を選挙カーが通り過ぎて行った。
那須市の中央図書館は、アーケード街を北向きに進み、緩やかな坂道を登り切った小高い丘の上、旧那須城跡にある。
早百合が東京に出るまでは、中央図書館は、レンガ造りの平屋だったが、十五年ほど前に小ホールを併設した五階建てのビルディングに生まれ変わった。
自動ドアの正面玄関を入ったちょうど左手に、那須の作家たちという大きなコーナーがあって、萬代耕造や金庭圓内といった文豪たちとともに自分の著書が何冊も並べられているのが遠目にも面映ゆく、早百合は思わず駆け足で通り過ぎてしまった。
早百合が図書館を訪れたのは、戌神家での事件が起こる前々日前日の新聞のマイクロフィルムを目にしておこうと思ったからだった。
昔の図書館の司書といえば、どうしてああも無愛想な物言いができるのかと思うほどに居丈高な態度をとる、それも初老の男性が多くて、早百合は何度も泣かされかかったものだが、早百合よりも一回り近く若く見える女性の司書は、とても親切に対応してくれた。
一つには、早百合が那須の作家たちの一人であることも大きかったのだろうけれど。
2016年04月21日
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