2016年04月14日

犬神家の末裔 第13回

*犬神家の末裔 第13回

 犬神佐兵衛の三人の娘松子、竹子、梅子は、それぞれ別の母親から産まれたことになっているが、実際の戌神家の三人姉妹月子、星子、陽子の場合、月子と星子の母親は恒兵衛の前妻依子であり、陽子の母親は後妻の彩子である。
 恒兵衛はこの時代の傑物にありがちな色を好む人物だったようで、依子と彩子以外の女性との間にも、複数の子供があったと噂されている。
(青柳達也以外、その実在は不明)
 それにしても、母親を異にする陽子とよりも、月子と星子との間のほうが非常に険悪な仲であったと伝えられているのは、とても興味深い。
 恒清珠世と恒猛の対立には、もしかしたら月子と星子の代理戦争的な色合いも強かったのではないか。

 さらに犬神家の一族には、竹子の夫で犬神製紙東京支店支配人の寅之助、その子佐武と小夜子、梅子の夫で犬神製紙神戸支店支配人の幸吉、その子佐智がいるが、戌神邸での事件が起こった際実在した戌神家の一族を記せば、恒清、星子の夫で戌神製糸大阪支店代表の辰巳、その子恒猛、陽子の夫で戌神製糸東京支店代表の織田宗吉、その子小枝子ということになる。
 ただし、小説とは異なり、月子恒清母子のほかに戌神邸に滞在していたのは、星子、恒猛、小枝子の三人だけだ。
 そのうち、星子恒猛母子は恒兵衛の遺産分配を巡って長らく那須に在ったが、小枝子のほうはのちに夫となる経済学徒仁科雅康の研究論文の資料収集のため偶然戌神邸を訪ねていたという。

 そして、『犬神家の一族』の野々宮珠世と同様、野々村珠世もまた戌神邸で暮らしていた。
 早くに両親を亡くした珠世は、恒兵衛の厚意で戌神邸に身を寄せていたのである。
 しかしながら、野々宮珠世とは異なり、恒兵衛の援助を受けて東京女子高等師範学校で学んだ(同校在学中は、宗吉陽子夫妻のもとで暮らしていた)野々村珠世は、那須市内の明涼女子学院で教壇に立っていた。
 また、恒兵衛が亡くなる前より、珠世と恒清の間には結婚の約束が交わされていたのだけれど、敗戦後恒清が極度に体調を崩していたため、それは長く延期されていた。
 事件が起きたのは、ようやく二人の挙式が決まったまさにその矢先のことだった。
posted by figarok492na at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬神家の末裔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック