*犬神家の末裔 第11回
その談判中、凶事は起こった。
激しい怒りに襲われた月子が、青酸化合物の入ったウイスキーを恒猛らに飲ませ、三人を殺害してしまったのだ。
それは、関係者の証言をもとに、同夜午後十一時前後のことと類推されている。
この夜、珠世や小枝子とともに、那須市青年団主催の懇話会に参加していた恒清が帰宅したのは、日付が変わる午前十二時少し前。
はじめ、月子は自らの犯した罪を覚られまいとしたが、不穏な空気を察した恒清が詰め寄ると、観念したのか彼女は全てをありのままに告げた。
惨状を目にした恒清は、戌神家所有のモーターボートを利用して三人の遺体を那須湖へと投棄した。
翌二十二日午前一時過ぎ、恒猛が戻って来ないことを不審に思った星子(戌神家の別棟に滞在中)が月子を訪ねたが、月子は意味不明な言葉を繰り返すだけでらちが明かない。
しかも、珠世らと帰宅したはずの恒清もいない。
曰く言い難い感情を覚えた星子だったが、その夜は引き下がった。
同日午前六時頃、地元の漁師より那須湖で男性の遺体を発見した旨通報があり、那須警察署が出動する。
同日午前中、所持品等から発見された遺体が戌神恒猛であること、解剖の結果恒猛が薬殺されたことが判明、那須警察署捜査一課が戌神邸での捜査を開始する。
警察の聴き取り調査に対して知らぬ存ぜぬを繰り返していた月子だったが、応接間に残った異臭と夥しい血痕の跡を追及されるに到り、私が恒猛、達也、若槻の三人を殺したと自白して、月子は服毒自殺をはかった。
那須警察病院に搬送された月子は、手当ても虚しく同日午後三時過ぎに亡くなる。
同日夕刻、NHKのラジオが戌神邸での殺人事件を臨時ニュースとして伝える。
一方、三人の遺体を投棄後行方のわからなかった恒清は、捜査の末、同日午後十時過ぎに那須湖畔の豊端村にある戌神家所有の空き家で発見された。
二十三日、新聞各紙が朝刊一面で戌神邸での毒殺事件を報じ、以後しばらくの間那須市は、警察やマスコミその他入り混じった大きな混乱の渦に巻き込まれることとなる。
(以上、熊倉徹著「戌神月子の毒薬と帝銀事件」『日本の青い霧』上巻<文春文庫>所収を参考)
2016年04月13日
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