*犬神家の末裔 第10回
「信州財閥界の一巨頭、犬神財閥の創始者犬神佐兵衛は、血で血を洗う葛藤を予期したかのような条件を課した遺言状を残して他界した。それをめぐって次々と奇妙な殺人事件が起こる……」
とは、今手元にある文庫本(角川文庫/一九九三年一月十日六十版発行)に付された『犬神家の一族』の梗概である。
『犬神家の一族』といえば、一九五〇年一月号から翌年五月号に渡って「キング」誌に掲載された横溝正史を代表する長篇小説の一つだ。
特に、市川崑監督、石坂浩二主演による一九七六年の映画作品は、角川春樹率いる角川書店の宣伝戦略と相まってセンセーショナルなブームを巻き起こしたほか、その市川監督によるリメイク版やテレビドラマなど、何度も映像化されている。
(角川映画より遡ること二十年ほど前の一九五四年に、『犬神家の謎 悪魔は語る』のタイトルで映画化されたのがその端緒だが、このときの金田一耕助役はスーツ姿の片岡千恵蔵だった)
「犬神家の全財産、全事業相続権を意味する三種の家宝、斧・琴・菊(よきこときく)は、犬神佐兵衛の三人の孫、佐清、佐武、佐智の中より配偶者を選択したときにかぎり、犬神佐兵衛にとって大恩のある那須神社の神官野々宮大弐の孫珠世に譲られるものとなり、結果としてそれが為されない場合は、佐兵衛と愛人青沼菊乃の間に生まれた青沼静馬に全財産の五分の二が与えられる。
という犬神佐兵衛の奇怪な遺言状が引き金となって、連続殺人事件が発生する。
遺言状の発表を前に依頼者を殺害された探偵金田一耕助は、調査と推理を重ねる中で、犬神佐兵衛の秘められた過去と、彼に纏わる複雑な人間関係が事件の背景にあることを知る」
『犬神家の一族』の大略を改めて記してみたが、実際に戌神家で起こった事件とでは、大きな相違点が幾つもある。
戌神家で実際に起こった事件のあらましは以下の通りだ。
一九四七年十月十八日の午後八時前後、同年八月に亡くなった戌神恒兵衛の遺産相続に関して、戌神恒猛(佐兵衛の次女星子の長男)、青柳達也(恒兵衛と愛人青柳喜久子との子息)、若槻修治(恒猛の学生時代からの親友でブローカー)の三人が、戌神月子(恒兵衛の長女)のもとを訪れる。
ちなみに、当時の戌神邸には、約五百坪の本屋敷のほか、別棟の住居が複数建てられており、月子と恒清(月子の長男)はもっとも那須湖に近い日本式の家屋に住んでいた。
恒兵衛の遺言状は、総額十二億円にのぼるという全財産のうち、その四割を恒清に、二割を野々村珠世(戌神恒兵衛の姉春世の孫で、恒清の許嫁)に、一割ずつを恒猛と小枝子(恒兵衛の三女陽子の長女)に、一割五分をその他の親類と戌神事業会に、残りの五分を青柳達也に、それぞれ与えるというもので、結果として恒清珠世が全財産の過半数を占めるという内容に恒猛は激しく反発し、青柳達也とともに分配の変更を求めていた。
恒清珠世の側も、変更自体については認めていたものの、その方法でどうしても折り合いがつかず、業を煮やした恒猛は、達也、若槻を連れて恒清の母月子に談判を申し入れたのだった。
2016年04月13日
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