2016年04月11日

アトリエ劇研 創造サポートカンパニーショーケース 居留守『ベルナルダ家』

☆アトリエ劇研スプリングフェスVol.1
 創造サポートカンパニー ショーケース Bプログラム
 居留守『ベルナルダ家』

*出演団体
 居留守、笑の内閣、ハウプトバンホフ、努力クラブ
(2016年4月10日19時開演の回/アトリエ劇研)


 京都コンサートホールで京都市交響楽団のスプリング・コンサートを愉しんだあと、カナート洛北で時間を潰してから、今度はアトリエ劇研へ。
 アトリエ劇研のスプリングフェスVol.1 創造サポートカンパニー ショーケースBプログラムを観劇した。
 この企画は、劇研の創造サポートカンパニーに選ばれた団体が30分の短篇作品を上演して各自の手見せを行うという、まさしくショーケースとなっている。


 まずは、居留守の『ベルナルダ家』(ガルシア・ロルカ作、山崎恭子演出)から。
 「スペインの詩人であり劇作家でもあるガルシア・ロルカの『ベルナルダ・アルバ家』の読み直しをはかるために戯曲を解体し再構築しながら作品を制作します」と公演パンフレットにはあって、付け加えれば、昨年元立誠小学校での公演(1時間もの。未見)をはしょって再演するのではなく、今回のショーケース用に新たに組み直したバージョンだという。
 『ベルナルダ・アルバ家』といえば逆『犬神家の一族』、と評するとちょっと違うか。
 スペインの田舎の因襲的な家族下で起こるドラマを通して、スペインの風土とそこに生きる人(女性)たちが置かれた状況を透かせて見せた作品だ。
 演出の山崎さんは、そうした原テキストの持つ核となる部分や雰囲気を演者陣の動きや言葉、姿を通じて再現するとともに、彼女たちの手によって今現在演じられる意味もはっきりと示していた…。

 と、これは「公式見解」。
 正直、上演が始まってすぐ、彼女たちが椅子の昇り降りをやりだしたところで、ああ、自分は「演劇」を観る耐性が本当になくなってきているのだなあ、ということを思い知らされた。
 いや、山崎さんの意図は十分伝わってきたし、随所に仕掛けられた目配せも気づかないではない。
 気づかないではなかったが、それが微妙というか、あと0.8(レイ・コンマ・ハチ。まるまる1ならやり過ぎになるかもしれないから)は余分に仕掛けて欲しい、といったもどかしさにとらわれたことも事実だ。
 言い換えれば、そのもどかしさは、本来は理智によって計られるべきところが感性(センス)で押し進められ、感性で動かされるべきところが理智に任されたちぐはぐさ、ということになるだろうか。
 実は、そのことは演者陣の演技、のみならず身体性にも繋がっている。
 降矢菜採、野村明里、重実紗香は、それぞれ明確な個性と魅力を持った演者であり、山崎さんの意図に沿う努力もしっかりと重ねていた。
 山崎さんもまた、彼女たちのそれをきちんと踏まえた演出を行っていた。
 けれど、彼女たちと作品の結構心性の間には、どうしても想定された以上の齟齬がある。
 その齟齬を活かしきるためには、やはりあと0.8の目配せが必要で、その齟齬を埋めきるためには、0.8以上では留まらない配慮が必要ではなかったか。
 その中で、単に技術面だけではなく、シリアスさと独特のフラ(おかしみ。エロキューション!)を兼ね備え、些細な動きも含めて作品に沿った演技と身体を見せていた仲谷萌が強く印象に残った。


「別にあなたを責めようというんじゃないんですよ、ベルナルダ。
ただ、あたしの言いたいのは、大きく目を見ひらけばわかるってことです」
(ガルシア・ロルカ『ベルナルダ・アルバの家』から、岩波文庫『血の婚礼』他二篇所収より)
posted by figarok492na at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック