2016年02月25日

クラウス・テンシュテットが指揮したワーグナーの序曲・前奏曲集

☆ワーグナー:序曲・前奏曲集

 指揮:クラウス・テンシュテット
管弦楽:ベルリン・フィル
 録音:1982年12月、1983年4月、ベルリン・フィルハーモニー
    デジタル/セッション
<EMI>CDC7 470302


 存命ならば、今年でちょうど90歳を迎えるクラウス・テンシュテットは、とうとう実演に接する機会のなかった指揮者であり、音楽家である。
 そういえば、25年以上前のヨーロッパ滞在時、イギリスを訪れた折、ロンドン・フィルのコンサートの当日券を買い求めようとして、窓口の男性に何度も「You know?」、「You know?」(この場合は、「あんた、わかってる?」というニュアンス)と連発されたが、それはテンシュテットが病気でキャンセルして、ロジャー・ノリントンが代役に立つことをわかっているのかという念押しだった。
 ケルンでのヨーロッパ室内管弦楽団とのコンサートでノリントンに魅せられたこちらは、そのノリントンこそが目当てだったため、すかさず「I know」と重々しく返答したのだけれど、窓口の男性はそれはそれで怪訝そうな表情を浮かべていたっけ。

 このCDは、テンシュテットが次代を担う指揮者として、ポスト・カラヤンの下馬評にも上がっていた頃にベルリン・フィルと録音した2枚のワーグナー・アルバムのうち、序曲・前奏曲を収めたほうだ。
 歌劇『タンホイザー』序曲、歌劇『リエンツィ』序曲、歌劇『ローエングリン』第1幕と第3幕への前奏曲、楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲と、おなじみの作品ばかりが集められているが、テンシュテットは細部を細かく整えることよりも、音楽の内実をしっかりと掴んで直截に再現してみせることに重点を置いている。
 概して、ゆったりとしたテンポをとりつつ、鳴らすべきところは十分に鳴らし、抑えるべきところはきっちりと抑え、音楽の劇性を巧みに表していく。
 『タンホイザー』では官能性、『ローエングリン』の第1幕への前奏曲では静謐さと神秘性、『マイスタージンガー』では祝祭性と、曲の持つイメージもよくとらえられており、中でも『リエンツィ』序曲の強奏部分(打楽器!)が示す野蛮さ、暴力性は強く印象に残る。
 2016年現在はもとより、このアルバムがリリースされた1984年においても、ドイツの巨匠風というか、時代を感じさせる解釈であるだろうことも含めて、テンシュテットという不世出の音楽家の本質を識ることのできる一枚だろう。
 なお、このCDは初出時のイギリス・プレスの輸入盤で、じがつきもやつきの多いEMIレーベルの録音ということにデジタル初期ということもあってか、音に相当古さを感じさせる。
 こちらは初出時の輸入盤コレクターなのであえて購入したが(中古で500円だったし)、一般的には、現在廉価で再リリースされているCDをお選びいただいたほうが無難かもしれない。
(ただし、比較的大きめの音量で聴くと、弦、管、打と各楽器の分離の良い録音であることもわかる。大音量で鳴らすときこそ真価を発揮するという、LP時代の流れがこの頃まではまだ続いていたのだろう)

 余談だが、テンシュテットは手兵ロンドン・フィルとともに、1984年4月と1988年10月に来日していて、後者のワーグナー・プログラムの東京公演(1988年10月18日、サントリーホール大ホール)をNHKが録画したものはDVD化もされていた。
 そして、10月25日には、大阪のザ・シンフォニーホールで同じプログラムのコンサートが開催されていたのだけれど、すでに京都に住んでいたにも関わらず、僕はそれをパスしてしまった。
 今思えば、本当に残念なことだ。
posted by figarok492na at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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