2015年10月27日

人の努力はその人の努力として認められるべきだ(早めのCLACLA)

 晴天。
 から、どんよりとしたお天気へ。

 気温はだいぶん上昇したが、それでも涼しい感じが強い。
 皆さん、くれぐれも風邪など召しませんように。


 昨夜、予定通り外出して錦湯さんへ。
 ネオ落語・セントラル(3回目)を観聴きする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 ああ、面白かった!

 終了後、交流会に参加して出演の月亭太遊さんをはじめ、様々な方とおしゃべりを愉しんだ。

 で、買い物をすませて、24時過ぎに帰宅する。


 帰宅後、ネオ落語の常連さんに貸してもらったCDから、ピアノのコンスタンティン・シチェルバコフが弾いたリスト編曲によるベートーヴェンの交響曲第8番&第7番<NAXOS>、カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団他が演奏したヨハン・セバスティアン・バッハのカンタータ集<ドイツ・グラモフォン>2枚組の1枚目(第140番「目覚めよ、と、われらに呼ばわる物見らの声」、第56番、第51番)や、NKKのラジオ深夜便を聴いたりしながら、5時頃まで諸作業を進める。


 10時過ぎに起きて、バッハのカンタータ集から2枚目(第147番「心と口と行いと生きざまは」、第4番、第202番・結婚カンタータ)を聴いたりしながら、仕事関係の予定をすませたり、絲山秋子の『離陸』<文藝春秋>を読み進めたりする。
 リヒターが指揮したバッハのカンタータ集は、ピリオド・スタイル全盛の現在からすると、厚みがあって重たい足取りの演奏ではあるが、だからといって時代遅れ、大時代的といった印象はなく、真摯さ切実さを強く感じる。
 特に、第147番のコラール(主よ、人の望みの喜びよ)が聴こえ始めたとき、心を強く動かされた。


 午後、ABCラジオの『妹尾和夫のパラダイスkyoto』や、シチェルバコフのベートーヴェンを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『勝呂又吉のこと』について考えたり、『離陸』を読み進めたりする。
 ほかに、『花田清輝評論集』<岩波文庫>の拾い読みもした。


 あれはあいつの手下だから誉めてやろう、あれはあいつの仲間だからけなしてやろう。
 そんな姿勢ほど、表現者芸術家にとって唾棄すべきものもない。
 僕は、そんな恥知らずにはなりたくない。
 人の努力は、その人の努力として認められるべきだ。


 まもなく外出して、百万遍近辺で身体のメンテナンスをすませ、その後、同志社大学寒梅館北隣のRabbit Robotに行って、ふつうユニットの未来会議withネオラクゴに参加する予定なり。

 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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