☆モーツァルト:オペラ・アリア集&交響曲第36番「リンツ」
独唱:クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)
管弦楽:フライブルク・バロック・オーケストラ
録音:2015年1月16日〜19日、フライブルク・コンツェルトハウス
デジタル・セッション
<SONY/BMG>88875087162
現在のドイツを代表するバリトン歌手、クリスティアン・ゲルハーヘルが歌ったモーツァルトのオペラ・アリア集だが、選曲歌唱ともに、王道中の王道とでも呼ぶべき充実した内容となっている。
まずは歌われているのが、いわゆるダ・ポンテ三部作の『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コジ・ファン・トゥッテ』、そして『魔笛』というモーツァルトを代表するオペラの中から、おなじみのアリアばかり。
加えて、シューベルトやシューマンのリートで聴かせてきたように、ゲルハーヘルの歌いぶりも一切くせ球なし。
深みがあって張りと伸びのある声質と、口跡が良くて緻密に計算された歌唱でもって全曲をバランスよく歌い切る。
『フィガロ』の「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」や伯爵のアリア等、ピリオド・スタイルの演奏にありがちな大きな装飾も、見事に避けられている。
しかも、このアルバムが今年1月のコンサートのライヴ録音というのだから、その精度の高さには驚く。
むろん純然たる一発録りとは違って様々な加工はあるだろうし、ゲルハーヘルの畳みかけや伴奏の楽器のほんの僅かな音のずれにライヴ録音を感じたりもするのだけれど。
機械的に拍手がカットされている分、若干物足りなさを覚えたりもした。
(例えば、『魔笛』の「パパゲーナ!パパゲーナ!パパゲーナ!」が、パパゲーノが打ちひしがれて首をくくろうとするところで終わっているのなんて、やっぱりさびしいものだ。一応、「リンツ」の第3楽章で気分は変わるものの。そういえば、ヘルマン・プライのアルバム<DENON>が同じ形で全曲を閉めていて、レコード芸術か何かで、それはあんまりだろうと評されていたのではなかったか。逆に、オラフ・ベーアのアルバム<EMI>では、しっかり三人の童子とパパゲーナが登場し、パパパの二重唱で愉快に終わっている)
昨年の来日コンサート(2014年2月14日、京都コンサートホール大ホール)で巧みにコントロールされつつインティメートな暖かみに満ちたバッハのブランデンブルク協奏曲全曲を披歴した、ヴァイオリンのゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ率いるフライブルク・バロック・オーケストラも、そうしたゲルハーヘルにぴったりのクリアで歯切れのよい伴奏を行っている。
モーツァルト時代のコンサートを模してか、アリアの間にばらばらに挟まれた「リンツ」シンフォニーだって、それだけ取り出して聴いても十分十二分に愉しめる優れた演奏だ。
また、『フィガロ』の「もし殿さまが踊りをなさるなら」のレチタティーヴォでのフォルテピアノや、『魔笛』の「恋人か女房が」でのグロッケンシュピール(でいいのかな?)がとても機智に富んで魅力的だと思っていたら、なんとこれ、クリスティアン・ベザイデンホウトが弾いていた。
『ドン・ジョヴァンニ』のセレナードのマンドリンも、名手アヴィ・アヴィタルだし、贅沢極まる布陣である。
モーツァルトそのものというより、ゲルハーヘルの歌を聴いたという印象の強さは否めないけれど、76分一切だれない、何度聴いても聴き飽きない、よく出来たアルバムであることもまた事実であり、モーツァルトのオペラに聴きなじんだ方にも、そうでない方にも広くお薦めしたい一枚だ。
録音も非常にクリア。
そうそう、ゲルハーヘルが歌う『フィガロ』のアリアを聴いていて、僕はふと今は亡き立川清澄のことを思い出した。
ゲルハーヘルの歌唱をもっと古めかしくして、声量をおとし、声質を浅くしたら立川さんみたいになるのではないか。
*曲目
『ドン・ジョヴァンニ』〜カタログの歌
『ドン・ジョヴァンニ』〜窓辺においで(セレナード)
『ドン・ジョヴァンニ』〜シャンパンの歌
交響曲第36番『リンツ』〜第4楽章
『フィガロの結婚』〜もし殿さまが踊りをなさるなら
『ドン・ジョヴァンニ』〜半分はこっちへ、あと半分はあっちへ
『コジ・ファン・トゥッテ』〜そんなに取りすまさないで
『ドン・ジョヴァンニ』〜ああ、お情けを、おふたり様
交響曲第36番『リンツ』〜第2楽章
『魔笛』〜私は鳥刺し
『魔笛』〜恋人か女房が
『魔笛』〜パパゲーナ!パパゲーナ!パパゲーナ!
交響曲第36番『リンツ』〜第3楽章
『フィガロの結婚』〜すべて準備はととのったぞ
『フィガロの結婚』〜もう飛ぶまいぞ、この蝶々
『フィガロの結婚』〜訴訟に勝っただと?
『コジ・ファン・トゥッテ』〜多くのご婦人方、あなた方は
交響曲第36番『リンツ』〜第1楽章
『コジ・ファン・トゥッテ』〜彼に目を向けて下さい
2015年09月19日
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