2015年07月24日

鶴見俊輔さんが亡くなった メガネと身体のメンテナンスを行った(CLACLA日記)

 哲学者で評論家の鶴見俊輔さんが亡くなった。93歳。
 鶴見さんは政治家の鶴見祐輔の長男として生まれ(なお、子息は歴史学者の鶴見太郎、母方の祖父は後藤新平、姉は社会学者の鶴見和子、従弟は人類学者の鶴見和行)、素行不良な青少年期を送ったのち、アメリカに留学し、ハーヴァード大学で学ぶ。
 太平洋戦争開戦後、無政府主義者として逮捕されるも日米の交換船で帰国。
 敗戦後は、都留重人や丸山眞男らと『思想の科学』を発刊するなど、各種研究論考で活躍する。
 京都大学助教授や東京工業大学助教授、同志社大学教授を務めたが、その後は在野の研究者、思想家として活動を続ける一方、ベ平連や九条の会等、反戦平和、反権力的な市民運動にも積極的にコミットした。
 戦後リベラルを体現する人物の一人だった。
 著書も多数。

 直接詳しくお話をうかがう機会はなかったものの、様々な場で鶴見さんのお姿をよくお見かけした。
 そういえば、南座での前進座公演でも、鶴見さんをお見かけしたことがあったのだった。

 深く、深く、深く、深く黙祷。


 日本経済新聞社が、ファイナンシャル・タイムズを発行するイギリスのFTグループを買収することで合意したと報じられている。
 いろいろと考えることあり。


 参議院本会議で、参議院の10増10減が可決された。
 まさしく彌縫策の一語である。


 晴天。
 いい青空、いいお天気の一日。

 気温は一気に上昇し、暑さがとてつもなく厳しい。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 昨夜、KBS京都で岡村隆史のオールナイトニッポンを聴いたり、youtubeにアップされた『男はつらいよ』シリーズを拾い観したりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 祇園祭後祭の巡行の日。


 朝早くに起きて、仕事関係の予定をすませる。


 午前10時台に外出し、仕事関係の用件を片付ける。


 帰宅後、実家に電話をかけ、母と少し話をする。


 その後、KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』や、ヒュー・ウォルフ指揮セント・ポール室内管弦楽団が演奏したレスピーギのボッティチェリの3枚の絵、鳥、リュートのための古風な舞曲とアリア第1&第3組曲<TELDEC>、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したハイドンの交響曲第82番「熊」〜第84番<SONY>、フォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーが弾いた同じくハイドンのピアノ・ソナタ第35番〜第39番、第20番<DHM>、フォルテピアノのスタンリー・ホッホランドが弾いた同じくハイドンのピアノ・ソナタ第11番、第19番、第35番<BRILLIANT>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、イレーヌ・ネミロフスキーの『フランス組曲』<白水社>を読み進めたりする。
 『水の上で歌う』は、原稿用紙に換算して57枚分を超えた。
 ほかに、小林信彦の『おかしな男 渥美清』<新潮文庫>の拾い読みもする。


 17時半過ぎに外出したところ、ちょうど巡行の帰りの行列にぶつかる。
 で、なんとか迂回することができた。

 メガネ・ショップでメガネのメンテナンスを行う。
 あっという間に1年近くが経ってしまっていた。
 気をつけておかないと。

 それから百万遍方面へ移動し、身体のメンテナンスを行う。
 ああ、すっきりした!

 夕飯用の買い物をすませ、20時40分に帰宅する。


 帰宅後、シュタイアーが弾いたハイドンのピアノ・ソナタ第34番&第33番<DHM>を聴きながら、雑件を片付ける。


 遅めの夕飯後、フォルテピアノのアレクセイ・リュビモフが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」&第14番「月光」&第21番「ワルトシュタイン」<ERATO>を聴いたりしながら、『フランス組曲』を読み進めたり、『おかしな男 渥美清』の拾い読みをしたりする。


 今日は、グレインビスケット(ミックスナッツ)を食す。
 寺町の業務スーパーで、税込み83円だったもの。
 ナッツの入ったさくさくとした食感の全粒粉のビスケットで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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