2015年03月25日

横山清正の一人芝居『不気味』

☆横山清正の一人芝居『不気味』

 出演:横山清正
 脚本:作道雄、小川晶弘、丸山交通公園、月亭太遊
(2015年3月24日20時開演/人間座スタジオ)


 昨年2月のひとり芝居と落語「すてき」(AB両ブロックとも、2014年2月16日/壱坪シアタースワン)に続く、横山清正の一人芝居企画「不気味」が開催されるというので、迷わず観に行って来た。
 ついこの間まで、『カルデモンメのゆかいなどろぼうたち』の稽古で自分も絞られてきたばかりだからあえて記すのだけれど、正直横山君は器用な演者ではないと思う。
 その横山君が、一筋縄ではいかない四人の造り手の一人芝居に挑んだという点を、僕はまず高く評価したい。

 で、実は隣席の若い客人の不遜な態度に業を煮やして(東京裁判時の大川周明になりそうだった)、三本目からは客席端の地べたに座って観劇したものだから感想を書こうか書くまいか最後まで迷ったが、横山君の熱演に加え、脚本のほうも各々の魅力がよく示されたものだったこともあり、やはり書いておくことにする。

 で、まずは作道君の作品。
 三脚にセットされたビデオ(デジタルカメラ)を前に自殺しようかなどと口にする男、という設定で一瞬丸山君かなと思ったが、六角精二というワードの登場で、あっ作道君だと気がついた。
 どこに何を置いて、どこに笑わせ場を設けるかという見通しがよくつく脚本だ。

 続くは、小川君の作品。
 妻に子供ができたらしいが、それを素直に喜べない男の話。
 一例を挙げれば、「いやいやいやいや」といった言葉遣い、言葉の調子で、小川君の本であることがわかる。
 小物(チョコレート)を効果的に使ったりもして、小刻みに笑いを仕掛けていたが、器用でない横山君に「器用」でいたい、ありたいと言わせていることも僕には面白かった。
 終息のさせ方も小川君らしい。

 三本目の丸山君の作品は、予想通り自殺自死が重要な主題となるスケッチ。
 何度自殺に挑んでも死ねない男が、飛び降り(自殺)を見世物にする芸人となるが…。
 という展開には、ニール・サイモン/チェーホフの『名医先生』中の「水死芸人」をすぐに思い出した。
 一瞬生の輝きを覚えた男が、すぐに追い詰められていくあたりの苦々しさ、狂おかしさは、まさしく丸山印である。
 音声の使用も効果的だったが、より無機的というか、ドキュメント感が強くてもよかったかもしれない。

 さて、どんじりに控えしは月亭太遊。
 社交ダンスの先生あたりにぴったりのフリルつきのシャツを身に着けた男が紡ぐ、不思議で切実な物語。
 ゲイという言葉が飛び出しつつも、それがギャグのネタなどではなく、話の重要な鍵となっているあたり、当然のことながらネオラクゴの世界観と大きく結び付いている。
 表現することの意味、表現することによって何と向き合うかについてもしっかりと言及された内容で、とてもしっくりときた。
 公演のラストに演じられるに相応しい作品だったと思う。

 と、こうした四者四様の脚本に、横山君は真摯に対峙していたのではないか。
 一つ一つのテキストの要所急所の的確な再現という意味では、技術的にも精神的にも課題は少なくないし、作品によっては横山君の本質特性と書き手のそれとの齟齬を強く感じたりもしたが、まずは二回の公演を演じ切ったことを労いたい。

 残念だったのは、丸山君や合田団地、鯖ゼリー、中西みみずによるアフターイベント「すてごろ演芸会」つきのお昼の回を観ることができなかったこと。
 こちらにしておけば、不快な想いをしなくてもすんだのかもしれなかったわけだし。

 それにしても、横山君の声って千葉繁(『うる星やつら』のメガネ)の声にそっくりだなあ。
posted by figarok492na at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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