2015年02月16日

ルサンチカ『楽屋〜流れ去るものはやがてなつかしき〜』

☆ルサンチカ(第36回Kyoto演劇フェスティバル特別企画)
 『楽屋〜流れ去るものはやがてなつかしき〜』

 作:清水邦夫
演出:河井朗
(2015年2月15日17時20分開演/京都府立文化芸術会館ホール)


 昨年の京都学生演劇祭の『星の王子さま』(寺山修司脚本。2014年9月1日、元・立誠小学校音楽室)で鮮烈な印象を遺したルサンチカが、京都演劇フェスティバルの特別企画で清水邦夫の『楽屋』をかけるというので迷わず足を運んだ。

 緞帳が上がって、京都府立文化芸術会館ホールの広い舞台宙間全面に吊られた色とりどりの衣装にまずは目を奪われる。
 視覚的効果がよく考えられている上に、作品世界によく沿った舞台美術だと感心した。

 そして、舞台横一杯の長椅子で模された鏡台前では四人の「女優」たちが、滑稽さを醸し出しつつも、演じることの業や、虚と実、生と死のあわいを克明に描き出した切実で痛切な物語を演じ切っていた。
 特に、この世の者ならぬ三人の「女優」が客席へと下り立ち台詞を口にし始める幕切れに、より乾いた表現を求める人間でありつつも、やはり心を動かされた。
(清水さんの夫人で昨年亡くなった松本典子が演じたベテラン女優を片山将磨に、空襲で亡くなった戦前の女優を地道元春に配したのも、そうしたことと深くかかわっているのではないか。単純にキャスティングの妙というだけではなく)

 また、演者ごとの見せ場がしっかりと織り込まれたテキストは、演じることの快楽や役者の性をよく知る河井君らしい選択であるとともに、チェーホフの『かもめ』で始まり、三好十郎の『斬られの仙太』を挟んで、再びチェーホフの『三人姉妹』の引用で終わるという展開は、表現者としても一個の人間としても、今現在とどう向き合っていくかという意味で納得のいく選択だった。

 上述した片山君と地道君のほか、永井茉梨奈(この人の達者さはfukui企画の二本立てで承知している。そうそう、『楽屋』を観ると、小澤栄太郎との恋愛関係も引き金になって自殺した俳優座の堀阿佐子のことをいつも思い出すんだった)、中村彩乃(今後ますます目を離せない存在になると思う)の演者陣も、ホールの間尺に負けることのない密度の濃い演技を行っていた。
 当然、よく考えられた配役であることも忘れてはなるまいが。

 残念だったのは、今回の公演が今日一回だけだったことだ。
 公演を重ねることによって、さらに練られ、さらに調整される部分もあるはずだろうから。
 そのことが、僕には本当に残念でならない。

 ああ、面白かった!
posted by figarok492na at 04:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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