2014年08月06日

二晩続けて落語を聴いた

 突然ががっと揺れて、「誰がこんなぐるぐる回ってるマンションなんかいるもんかあ!」、なんて剛毅なことは言わず、おいおい地震かい、おまけに余震ときたか、こりゃ困ったなとびくつきながらラジオを聴いている。
 で、大地震とまではいかなかったので、地震速報は入ったもののNHKのラジオ深夜便では、予定通り古今亭志ん生の『寝床』が放送された。
 1966(昭和41)年の口演だから、志ん生にとっては引退間際の録音ということになるか。
 脳出血からの復帰後ということで、元来あんにゃもんにゃの気があったものが、さらにその気を強めているのだけれど、その分ぞろっぺいな味わいも増して、会場もわきにわいている。
 ところどころ織り込まれるくすぐりのおかしさ面白さ。
 そして通常のサゲまでいかず、旦那に義太夫を無理から聴かされた番頭が「書置きをおいて行方不明になった」「今はドイツにいる」で終わる突拍子のなさ(確か、これは師匠柳家三語楼譲りのものだ)。
 解説役の当代の金原亭馬生も言っていたが、これは真似しようたって真似のできない藝である。

 昨夜は、その志ん生の長男、先代の金原亭馬生の『たが屋』が放送されていた。
 1968(昭和43)年の録音で、渋さも渋しの語り口を、そうそうこれこれとうんうん頷きながら愉しんだ。
 ところどころつっかえるのも味のうちだ。
 ただ、自分自身口跡が悪いこともあってか、落語に親しみだした小学校から中学校の頃は、先代の馬生に限らず、先代の文治とか、つっかえる落語家はあまり好みじゃなかったんだよなあ。
 だから、古今亭志ん朝とか若き日の春風亭小朝とか、すらすら流れるような語り口の落語家が大好きだった。
 それでいて、志ん生や可楽といった人たちにも魅かれていたのは我ながら不思議だが。
 そうそう、昨夜は馬生の声がときに志ん生に、ときに志ん朝に聴こえたりして、ちょっとだけ哀しくなったりもした。
posted by figarok492na at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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