2014年06月09日

努力クラブ8『魔王城』

☆努力クラブ8『魔王城』

 作・演出:合田団地
(2014年6月8日19時開演の回/アトリエ劇研)


 筒井康隆の短篇小説の中に、『天の一角』(『家族場面』<新潮文庫>所収)という作品がある。
 「芝居の看板絵で、その場面に出ない他の場面の出演者が、絵の上の片隅、紙を少しめくり返らせたうしろから、その場面の出演者を見おろしている描法」を筒井は、「天の一角」と称し、その「天の一角」を効果的に織り込むことで死刑問題(当然、筒井康隆が深く関係した永山則夫のことも思い出す)を徹底的に茶化しのめした、モラリストの筒井康隆らしいスラプスティックで痛切な作品に仕上がっている。
 努力クラブにとって8回目の本公演となる『魔王城』はさしずめ、そうした「天の一角」を舞台上に平面化、立体化させたものではないか。

 ある高い場所から下界を覗く登場人物の台詞の積み重ねによって、「魔王城」という何やら曰くありげな建物と、それを取り巻く都市や人々の変遷変容が次第に浮き彫りにされるとともに、アクチュアリティやアトモスフェアと呼べば陳腐だけれど、僕(ら)自身が直面している今現在のあれやこれや、閉塞感、不安感、暴力性、諦念、その他諸々へと想い考えは進んでいく。
 加えて、「魔王城」のあり様をはじめ、合田君の試行や嗜好がふんだんに盛り込まれているのも実に興味深い。

 また、努力クラブの九鬼そねみ、佐々木峻一(残念ながら、無農薬亭農薬は出演せず)、客演のピンク地底人2号、稲葉俊一、大石英史、川北唯、キタノ万里、笹井佐保、長坂ひかる、新谷大輝の演者陣も、技術的な長短というよりもテキストとの向き合い方という点で個々の差はありつつも、そうした合田君の意図によく沿っていた。
 発音、発語のコントロールという部分も含めて、その努力は評価されてしかるべきだろう。

 ただ、意図され計算され尽くしたものであることは充分承知しながらも、ヤナーチェクの室内楽曲や器楽曲が、あるはモートン・フェルドマン流に、あるはエリオット・カーター流に加工されているような退屈さと過剰さを感じたことも事実で、合田君の攻めの姿勢は大いに買うとして、彼が求めているだろうより広範囲な支持や人気の獲得とどう折り合いをつけていくかが今後の大きな課題となるとも強く思う。
 そして、演者陣の現時点でのモチベーションや持てる力と、合田君の作劇、作品の結構との齟齬を如何に縮めていくかも改めて検討される必要があると、僕は考える。

 いずれにしても、今回の『魔王城』は、合田君や努力クラブの面々にとって、よい契機、好機となる作品だ。
 京都での最終公演と大阪での公演の盛況成功を祈るとともに、今回公演に参加した全ての人たちのさらなる活躍と研鑚を祈りたい。
posted by figarok492na at 03:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック