☆モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番、第16番、第15番他
演奏:グレン・グールド(ピアノ)
(1965年〜1972年/アナログ・セッション録音)
<SONY/BMG>8697148242
昔の人は言いました いやよいやよもすきのうち。
とは、畠山みどりのヒットナンバー『恋は神代の昔から』(星野哲郎作詞、市川昭介作曲)の一節で、今のご時世、セクハラすけべい親父でさえ口にしづらいフレーズではあるが、グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ集を耳にしていると、ついそんな言葉を口にしてみたくなる。
と、言うのも、このグールド、なんとモーツァルトが好きではない、嫌いだと公言していたからである。
(許光俊『世界最高のピアニスト』<光文社新書>の「第11章 グレン・グールド」等)
で、確かにそんな自らの好悪の感情もあらわに、このアルバム(ちなみにLP初出時と同じカップリングで、ブックレットのデザインもLPのオリジナルジャケットによる)でもグールドはやりたい放題をやっている。
未聴の方もおられるだろうから、あんまりネタは割りたくないが、例えば有名なトルコ行進曲(第11番の第3楽章)なぞ、そのあまりのテンポの遅さ、ぎくしゃくとした感じにげげっと驚くことは間違いなしだ。
(一音一音、音の動きつながりがよくかわるので、僕は思わず斎藤晴彦が歌っていた『トルコ後進国』の歌詞を口ずさんでしまったほどである)
一方、ソナチネでおなじみ第16番(旧第15番)など、速さも速し。
省略もあったりして、あっという間に曲が終わってしまう。
ただ、そうしたあれやこれやから、これまで見落とされがちだった別の側面が巧みに描き出されていることも事実で、幻想曲ニ短調K.397の展開の独特さと美しさ、ソナタ第15番(旧第18番)におけるバッハからの影響等々は、グールドの楽曲解釈だからこそ鮮明に表わされているものだとも思う。
モーツァルトが好きな方にもそうでない方にも、一聴をお薦めしたい一枚。
ところで、グールドはイギリスのポップシンガー、ペトゥラ・クラークの歌(『恋のダウンタウン』他)の分析を通してアイデンティティ論を展開したことがあるそうだが*、冒頭の『恋は神代の昔から』をもしグールドが聴いていたら、モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』や大好きな夏目漱石(特に『草枕』がそうだったそう)を絡めつつ、一種独特な恋愛論を展開したかもしれない。
(んなこたないか…)
*宮澤淳一「グレン・グールドとその周辺」より(『クラシック輸入盤パーフェクト・ガイド』<音楽之友社>所収)
2014年04月10日
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