2013年12月28日

年末進行 そして、笑の内閣の忘年会の二次会へ(深夜のCLACLA)

 雨。
 どんよりとしたお天気の一日。

 気温も低く、寒さがとても厳しくとても激しい。
 寒い寒い寒い寒い。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。


 沖縄県の仲井真知事が、在日米軍普天間飛行場の辺野古移設のための埋め立てを承認した。
 いろいろと考えることあり。


 昨夜、KBS京都でナインティナインのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、3時40分頃まで仕事関係の作業を進めたり、被害者学のレポートの手直しを行ったりする。


 午前午後と、KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』、シュテファン・ザンデルリンク指揮ロイヤル・フィルが演奏したハイドンの交響曲第100番「軍隊」&第94番「驚愕」他<Tring>、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮リヨン歌劇場管弦楽団が演奏したビゼーの交響曲&『アルルの女』抜粋<ERATO>、レオポルド・ストコフスキー指揮ナショナル・フィルが演奏した同じくビゼーの『アルルの女』第1&第2組曲より<SONY/BMG>、バリー・ワーズワース指揮BBCコンサート管弦楽団他が演奏した『ザ・ラストナイト・オブ・プロムス』<PHILIPS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
 年末進行だ。


 金原ひとみの『マザーズ』<新潮社>を読了する。
 様々な感情と思考を喚起させられる作品だった。
 そして、金原ひとみと綿矢りさの「違い」についても考えたりした。
 読んでおいて、本当によかった。

>母性愛は人間的感情にほかならない。
 あらゆる感情と同様に、不安定で、もろく、不完全なものである。
 一般的に浸透している考えとは反対に、おそらく母性愛は、女性の本性に深く刻みこまれているわけではない。
 母親の態度の変遷を観察すると、子どもにたいする関心や献身があらわれたり、あらわれなかったりすることが、また愛情がある場合とない場合があることが、認められる。
 母性愛は、プラスになったり、マイナスになったり、あるいはゼロになったりというふうに、さまざまな形となってあらわれる<

>子どもは母性的な配慮と世話なしには生存も成長もできないというのは明らかだとしても、すべての母親が、子どもが必要としている愛情をあたえるようあらかじめ決められているかどうかは明らかではない。
 子どもの要求と母親の反応のあいだには、あらかじめ確立された調和や必然的な相互作用などまったく存在していないように思われる。
 この領域では、一人ひとりの母親が特殊例なのである。
 子どもの要求をうまく聞き取ることのできる母親もいれば、あまりうまくない母親も、まったく聞き取れない母親もいる。
 おそらくそこに、形而上的な病、人間の不幸の本質的原因の一つがある。
 しかしだからといって、その存在を否定すればそこから逃れることができるなどと考える人がいるだろうか<
(エリザベート・バダンテール『母性という神話』<ちくま学芸文庫>より)

 ほかに、吉田秀和の『世界の指揮者』<ちくま文庫>の拾い読みもした。


 夕方外出し、仕事関係の予定や用件をすませたのち、笑の内閣の忘年会の二次会に顔を出す。
 で、高間響上皇をはじめ、関係各氏といろいろ話をし、1時台に帰宅した。
 ああ、面白かった!


 以上、12月27日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 03:16| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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