2013年08月10日

劇団しようよ この胸いっぱいの朗読劇『アンネの日記だけでは』

☆劇団しようよ この胸いっぱいの朗読劇『アンネの日記だけでは』

 作・演出:大原渉平
(2013年8月9日19時開演/KAIKA)


 皿いっぱいに盛られたメレンゲを、ひたすら口に入れている気持ち。
 劇団しようよの「この胸いっぱいの朗読劇『アンネの日記だけでは』」を観ての感想を簡単に記せば、そういうことになるだろうか。
 素材は悪くないし、お皿のデザインはいいし、スプーンはきらきら光ってるし、メレンゲの盛り方だってとてもきれいだ。
 だけど、他には何もない。
 食べさせてもらえるのは、ただただメレンゲだけなのである。

 『アンネの日記だけでは』は、アンネの日記(アンネ自身)を一方の軸に置きながら、現代を生きる女性どうしの友情を物語の中心に据えた作品だ。

 で、吉岡里帆、小林由実(映像での経験がよく表われていた)、石川佳奈、西村花織、森麻子、クリスティーナ竹子、期間限定の劇団員である西端千晴、山中麻里絵といった演者陣の個性特性に合わせた配役は全く悪くない。
 特に、森さん、西村さんの役のふり方は、これまでの月面クロワッサンの公演ではありえなかった適切なものだし(二人も、その配役に応える努力をしていた)、竹子さんの使い方もしっくりとくるものだった。
 それに、シルエットの活用をはじめとした、作品の造形(そこには、美術音楽も含まれる)は美しくなじみやすい。

 しかしながら、語られる物語がまるきり心に響いてこない。
 雰囲気はとてもいいのだけれど、ただ表面を撫で回されているだけで、奥の奥までぐぐっと刺さってこないようなもどかしさを覚えるのだ。
 と、言っても、『アンネの日記』だからもっとずっと社会的なメッセージを盛り込めと言いたいわけでは毛頭ないが。
(なにゆえ、『アンネの日記』かという疑問は最後まで残りつつも)
 例えば、奇しくも同じ『アンネの日記』を題材に選んだ赤染晶子の『乙女の密告』は、女性どうしの閉塞しきった関係性をいーっとなるほどに細かく記すとともに、そこからの主人公の開放を読者に明示する。
 また、成瀬巳喜男の『流れる』や『晩菊』は、女性たちの弱さ愚かさとともに強さしたたかさを描き込む。
 ところが、この『アンネの日記だけでは』は、きっと女性どうしの関係に伴うはずの、悪意やあけすけさ、えぐさ、身も蓋もなさが一切捨象されていて、どうにも物足らないのである。
 むろん、そうしたいやごとは見たくないし見せたくないという大原君の姿勢、気持ちもわからないではない。
 だが、それならそれで、北村薫の一連の作品(『ひとがた流し』など)のような一層の細やかな筋運び、それより何より「きれいごと」に徹する覚悟が必要であろう。
 もう一つ付け加えるならば、アンネにとっても、現代を生きる登場人物たちにとっても、結婚こそが最良の選択であるかのように見えてしまう展開は、あまりにもナイーヴに過ぎるように僕は思う。
 優れた、そしてとても魅力的な演者陣と共同作業をできることへの大原君の多幸感がしっかり伝わってくる作品だけに、観て不快さを感じることは全然なかったのだけれど。

 上述した演者陣は、技術的な巧拙の差(台詞のみを聴いていると、その差がはっきりとわかる)はありつつも、各々の特性魅力をよく発揮していたのではないか。
 中でも、吉岡さんや石川さん、山中さんの美質を改めて確認できたことが収穫だった。
posted by figarok492na at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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