2013年04月22日

小山明子といえば、やっぱり『あかんたれ』でしょう(CLACLA日記)

 晴天。
 いいお天気、いい青空になる。

 気温はあまり上昇せず。
 特に、夕方以降は冷え込む。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけくださいね。

 それでも花粉は飛んでいるようで、目の周りの痒みやくしゃみの連発が時折起こる。
 やれやれ。


 ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したモーツァルトのセレナードによる交響曲集<SONY>2枚組の1枚目を聴いたりしながら、明け方5時過ぎまで仕事関係の作業を進める。
 途中息抜き代わりに、小林信彦の『昭和が遠くなって』<文春文庫>を読み進め読了し、同じく小林信彦の『映画×東京とっておき雑学ノート』<同>の再読を始める。


 トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラが演奏したモーツァルトの交響曲第40番&第39番<ERATO>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 豊崎(崎は、本当は大ではなく立)由美の『ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る!篇』<本の雑誌社>を読了する。
 豊崎さんの一冊一冊、作品作品に対する強い想いがよく表わされているとともに、その勘所、肝が巧くつかまれていることもあり、ここで評されている多くの本をすぐにでも読んでみたくなる。
 まさしく見事な書評集だ。
 ただ、ちょっと残念だったのは、カルロ・E・ガッダの『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』<水声社>の項で、この小説を原作としたピエトロ・ジェルミ監督の『刑事』に関する記載が為されていないことだ。
 こうした場合、たぶん小林信彦であれば、限られた字数の中で、きっとそうしたつながりを指摘するのではないか。
 むろん、それでこの本の価値が落ちることは全くないのだけれど、マルカム・ラウリーの『火山の下で』の項で小説の映画化の問題が指摘されている分、ガッダの作品と『刑事』の関係について触れてもらえたらなあと思わずにはいられなかったのである。


 一度外出し、郵便局や銀行、クリーニング店で用件をすませる。


 いったん帰宅して雑件を片づけたのち、再び外出し、仕事関係の打ち合わせを行う。
 いろいろと考えることあり。
 実り多い企画となるよう、少しでもお手伝いできれば。

 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅する。


 帰宅後、ヴァイル&ターフェルムジークが演奏したモーツァルトのセレナードによる交響曲集の2枚目を聴きながら、雑件を片づける。


 夕飯後、ラルキブデッリが演奏したモーツァルトの大6重奏曲他<SONY>、コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラが演奏した同じくモーツァルトのディヴェルティメントK.136~138、K.251<ERATO>を聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、小山明子の『女として、女優として』<清流出版>や『映画×東京とっておき雑学ノート』を読み進めたりする。
 『女として、女優として』は、先頃亡くなった大島渚の夫人で女優の小山明子が神奈川新聞に連載した自伝をまとめたもの。
 大島渚との出会いなどが、小山さんの演技を観るような直截で簡明な文体で綴ってある。
 ところで、小山明子といえば、当然夫であり盟友でもある大島渚の作品での演技を第一に挙げるべきだろうが、僕自身はなんと言っても東海テレビ制作のお昼のドラマ、花登筐原作脚本の『あかんたれ』(ある種のカルト・ドラマで、KBS京都をはじめ、いたるところで再放送されている)でのご寮(りょん)さん役に指を折る。
 沢本忠雄演じるあほぼん可愛さもあって、志垣太郎演じるてかけの子秀松に辛くあたる、あのドラマでの険の強い雰囲気が、僕の中で小山明子という女優に対するイメージの核となっているのだ。


 今日は、太陽食品株式会社のココアロールケーキを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円びきだったもの。
 ココア地のロールケーキ(一切れ)で、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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